第72話 招かざる客
クリス様は気味が悪そうに眉をひそめて私を見た。
「……神殿には狂信的なものもいるとは話に聞くが……。いくらなんでもそれはないと……、ないよな?」
いや、私に聞かれても。
狂信的な人の気持ちなんて分かるわけないよ。
そこで何かを思いついたらしいお兄様がポンと手を打った。
「そういえばさ、チェリーナのノートに、ラヴィエータっていう子が光魔法の使い手で聖女と呼ばれるとかなんとか書いてなかった? 本物の聖女はこの人ですってラヴィエータを紹介してみたらどう?」
お兄様……。
それで仮に私が助かったとしても、自分が助かりたいばかりにラヴィエータを身代わりに差し出すなんて。
人としてどうかと思います。
「ラヴィエータは今はまだ8さいですから、まだ魔法をつかえないかもしれませんよ。それに、子どもをころしにくるような人たちにラヴィエータのなまえを出すなんてできません」
「まあ……、そうだよね」
自分でもいい案だとは思ってなかったようで、お兄様はあっさりと引き下がった。
「そうだな。そのせいでラヴィエータが殺されたら寝覚めが悪いどころじゃない」
そうそう、ラヴィエータはあなたの真実の愛の相手かもしれないしね。
もしラヴィエータが神殿に行くことになれば、クリス様とラヴィエータが出会う未来がなくなるから、私が殺される未来もなくなるんだろうけど。
ラヴィエータを犠牲にして自分が生き残るのは違うと思う。
不安な気持ちで一日を過ごした翌日の昼前、ついに我が家に招かざる客がやってきた。
正面玄関がざわざわと騒がしい。
ちょうど授業の合間の休憩時間だった私とクリス様とお兄様は、騒ぎに気付いて2階の階段の踊り場にかがみこんで玄関の様子をうかがうことにした。
「ーー辺境伯様は多忙な身ですので、急にお越しいただいても困ります。事前にお約束をいただかなくては」
セバスチャンが何とか追い払おうと奮闘しているようだ。
セバスチャン越しに見える客は数人いて、みんな神官服を着ている。
「そこをなんとか!」
「はるばる王都からやって来たのです!」
「ぜひプリマヴェーラ辺境伯様にお目通りを!」
ここまで来てただでは帰れないとばかりに、神官たちはしつこく食い下がっている。
「本当に来たな……」
「きましたね……」
私たちの気配に気づいたのか、神官の一人が階段の上に目をやった。
覗いていた私とバッチリ目が合ったその人は、声を張り上げて私たちに話しかけてきた。
「やあやあ、どうもどうも! ちょーっといいですかぁー? 君たちの幸せを祈らせてくださーい!」
……たたた、たいへんだ!
詐欺師が来た!
これは、ありがたい壺とか、なんとかの水とか買わされるやつだよ!
早く追い払わないと、最後の銅貨1枚までとことん絞り取られることになる。
セバスチャン、頑張って!
……でも、詐欺師にしか見えないこの人たちが、本当に暗殺者なんだろうか?
殺意を持っているようには思えないけど、こう見えて実は演技派なのかな。
「どうした。騒がしい」
「おおー、もしやプリマヴェーラ辺境伯様でいらっしゃいますか? 私たちは王都のルナピエナ神殿から参りました。私はアクアーリオと申します。連れの者は、右からウラーノ、トーロ、ペッシです」
どうやらアクアーリオと名乗る神官がこの一行の代表者のようだ。
紹介された人たちは、自分の名前のところで順番にお父様に頭を下げて行った。
アクアーリオだけは30代に見えるけど、他の神官たちはまだ若く、10代後半から20代前半くらいに見える。
揃いも揃って痩せていて、お父様と比べると大人と子どもくらいの体格差があった。
「いかにも私がプリマヴェーラ辺境伯だが、何用だ?」
「突然の来訪、誠に申し訳ございません。実は私どもは、ベールの聖女と呼ばれるお方を探して旅をしているのです。噂では、あの摩訶不思議な治癒の魔法具は、プリマヴェーラ辺境伯領にいる魔法使いによって作られたというではありませんか。そこで私たちは、こちらにくだんの聖女様がいらっしゃるのでは思い、こうして馳せ参じた次第でございます」
「……」
はい、言い訳のしようもない程バレてますね……。
「プリマヴェーラ辺境伯様?」
返事をしないお父様に、アクアーリオが不思議そうな顔をしている。
「あーゴホン、そのベールの聖女とやらに会ってどうするつもりだ」
「それはもちろん、我がルナピエナ神殿に正式な聖女としてお迎えしたく存じます」
「ベールの聖女などという話は聞いたことがない。我が領にはそのような者はいないな。無駄足で残念だったが、早々に王都へ引き上げた方がいいだろう」
そうだそうだー!
帰れ帰れー!
わざと威圧感を出して、取り付く島のないお父様だったが、神官たちはひるむ様子もなく微笑を浮かべている。
「左様でございますか。それは残念ですが、せっかくここまで来たのですから、後学のためにマヴェーラの街などを見学させていただければと思います。しばらくこちらのお屋敷に逗留させていただけないでしょうか?」
えーっ、こっちは帰れって言ったのに、泊めてくれって返事なの!?
心臓の強さに驚くわ!
「今はあいにく客が多くてな。部屋が空いていないのだ」
嘘だけどね。
でも暗殺者をうちに泊められるわけないんだから、早く諦めて帰ってくれないかな!
「それでは、厩の片隅でも結構です。雨風さえしのげれば」
「……」
厩って……、そんなところに神官さんたちを寝かせるなんて……。
「お恥ずかしい話ですが、神殿から預ってきた路銀に限りがありまして。ぜひともお願いいたします」
神官たちは揃って頭を下げた。
うう……。
こんなモヤシみたいな神官たちが厩で寝たら病気になっちゃうよ……。
「……兵舎でよければ部屋を用意しよう」
やっぱりそうなったか……。
お人よしのお父様には断りきれないと思ったよ。
でもまあ、兵舎に泊まるなら少しは安心かな。
うちの騎士たちにみっちり囲まれて寝ることになるんだもんね。
「おお! さすがは慈悲深いと噂のプリマヴェーラ辺境伯様! あなたの幸せを祈らせてくださーい!」
「「「祈らせてくださーい!」」」
う、うさんくさ……。
「……いや、私は既に幸せなのでな。もし仮に万が一うちの領に不幸な者がいたとしたら、その者のために祈ってやってくれ」
「なんと民思いな! かしこまりました、プリマヴェーラ辺境伯様の命を受けた以上、必ずや私どもが不幸な者たちの心を救って見せましょう! 救えるまではこちらで過ごす覚悟です!」
「「「覚悟です!」」」
ええっ、誰も望んでませんけど!?
勝手にそんな覚悟されても困るよ。
「ちょっと待て。別に命令などーーー」
「して、お部屋はどちらですかな? お食事の時間は何時でしょうか? こちらの領の名物料理はどんなものか楽しみです」
ひいぃ、厩の片隅に泊まるだけで満足な筈が、ナチュラルに食事まで要求してきた!
どこまでもずうずうしいな。
そうか、こうやって人のいいアルジェント侯爵に付け入って屋敷に居座ってたんだね……。
「セ、セバスチャン……。兵舎へ案内してやってくれ……」
「か、かしこまりました」
セバスチャンに連れられて屋敷を後にした神官たちの後ろ姿を見送りながら、私たちは階段を下りてお父様のそばに駆け寄った。
「おとうさま! 本当にきましたね!」




