第7話 悪い知らせ
私の隔離期間もめでたく終わりを迎え、晴れて自由の身となった。
今日は隣のフィオーレ伯爵家の次女カレンデュラが、お見舞いを兼ねて遊びに来てくれることになっている。
カレンデュラは、金色がかったオレンジ色の巻き毛に、新緑のような鮮やかな緑色の目をした可愛らしい女の子だ。
私と同じ8歳で、領地が隣同士なこともあり、幼い頃から仲良くしている。
お昼には着くって手紙に書いてあったのに遅いなあ。
「おにいさま、カレンおそいですね。いつもならもう着いているころですよね?」
「うん……。僕もそう思ってたところなんだ。何かあったのかな……?」
お兄様と二人、玄関ホールのソファでカレンデュラの到着を首を長くして待っていると、何やら外がガヤガヤと騒がしくなった。
「外がさわがしいですね?」
「きっと何かあったんだよ、行ってみよう!」
お兄様は勢いよく立ち上がると、玄関扉を開けて外へと走り出した。
「あっ! おにいさまっ!」
私も遅れて立ち上がったところで、こちらに歩いて来たクリス様から声がかかった。
「おい。何かあったのか?」
「わかりません! クリス様もいっしょにそとへいってみましょう!」
私はそう言うと、クリス様の手を掴んで走り出した。
「お、おい、引っ張るなよ」
クリス様の抗議を無視してそのまま外へ出ると、刃物で切られたような傷を負った男の人を囲んで、うちの騎士や領兵たちが色めき立っているところだった。
「おにいさま! なにがあったのですか? あの方は?」
人垣の中にお兄様の姿を見つけた私は、何ごとかと尋ねた。
「チェリーナ……、カレンが……、カレンがっ!」
お兄様は蒼白な顔で、動揺するあまりうまく言葉が出ないようだった。
「おい、道を開けろ! 状況を説明しろ!」
そこへ険しい表情のお父様がやってきて、大声で何があったのかと問いただした。
「はっ。ご説明させていただきます。領境を過ぎた辺りでフィオーレ伯爵令嬢の乗った馬車が盗賊に襲われ、そのまま連れ去られたとのこと! 敵の数は約20名! 護衛騎士が戦っている隙に、御者のこの者が急を伝えにきました!」
「なんだと!」
お父様はギリッと歯を食いしばると、騎士たちに向かって素早く指示を出した。
「30名で討伐に向かう! 馬と武器を用意しろ、準備が出来次第出発する! 急げ!」
「「「「「はっ!」」」」」
その場に集まっていた騎士たちが散って行った。
あまりのことにガクガクと震えが止まらない。
気が付くと、私はクリス様と繋いだままだった手をぎゅっと強く握りしめていた。
「お父様! 僕も、僕も連れて行ってください!」
「駄目だっ!」
お兄様の言葉を、お父様は即刻切り捨てた。
「お父様! カレンが危険な目に遭っているのに、安全な場所でただ待っていることなど出来ません! カレンはっ! カレンは、僕の婚約者、僕が守りますっ!」
お兄様が必死にお父様に食らいついている。
婚約者……?
カレンが、お兄様の?
私は何か大事なことを忘れている、そんな気がしてならなかった。
ゲームのウィール オブ フォーチュンには、お兄様と同じ『チェレスティーノ・プリマヴェーラ』という名のキャラクターがいたことは覚えている。
チェレスティーノには、幼い頃に盗賊に惨殺されてしまった婚約者がいて、そのことが長い間トラウマになっていた。
主人公のラヴィエータ・エベラとの出会いで、チェレスティーノの心の傷が癒されていく、そんなストーリーだった。
それに、ゲームには第三王子の『クリスティアーノ・ディ・フォルトゥーナ』というキャラクターも登場する。
ーーーここは、まさか、ゲームの世界なの!?
そんな突拍子もない考えが、ぐるぐると頭の中を駆け巡る。
「お父様っ! お願いします!」
「……仕方ない、付いて来い。しかし、危険な真似は絶対にするなよ。それだけは約束してくれ」
「お父様……っ! はい、約束します。ありがとうございます!」
まだ幼いお兄様まで盗賊の討伐に向かうことになってしまった。
どうしよう、どうしよう?
私に何が出来る?
そうだ!
透明マントを使えば、敵から姿が見えなくなる!
怪我人のために治癒効果付きラップも持って行ってもらおう。
それから、使えるかどうかわからないけど、もしかしたらテグスで作った投網も役に立つかもしれない。
「クリス様! チェリーナもじゅんびにむかいます!」
そういってクリス様の手をパッと放して走り出すと、クリス様が慌てて後を追ってきた。
「待て! お前何をする気だ! まさか一緒に行く気じゃないだろうな?」
「いいえ! ですが、チェリーナの魔法がおやくにたてるかもしれません! そのじゅんびをします!」
「あ、ああ。俺も行く……」
クリス様は私がお父様たちに付いていくんじゃないかと心配しているらしく、否定してもなお後を付いて来た。
別にいいけど、もう時間がないから邪魔だけはしないでね。
口論の時間も惜しいので、クリス様をそのまま後ろにくっつけて自分の部屋へと戻って来た。
前に作ったラップとマント、そして投網を素早く抱えると、そのままお父様の元へと走った。
「おとうさまっ! これを持っていってください! こうやって着ると姿がかくせます!」
実演する方が早いと思い、バアンと扉を開けてお父様の前に躍り出るなりマントを羽織った。
「お、おおっ!? なんだっ!?」
お父様は驚きのあまり、緊迫した場面に似つかわしくない間の抜けた声をあげた。
「チェリーナの魔法で出しました! ミエナインという名前のマントです! もっとひつようなら、もっと出せます! それからこれは、トアミンと言って、とうめいな線で作ったあみです。ぞくに向かってなげると、くうちゅうで広がってからめとります!」
名前を考えてなかったので、説明しながら適当な名前をひねり出した。
商品名は消費者に分かりやすく特徴を捉えないとね!
「な、なるほど。これは驚いたな。こんなものが出せるとは……。これがあればかなり有利になるだろう。30人で向かうのだが、人数分出せるのか?」
お父様っ!
さすが私のお父様、柔軟な思考をお持ちです!
絵は抜かりなく保存してありますから、何枚でもすぐに出せますよ。
大きさだってちょっとずつ拡大していけば、お兄様サイズからお父様サイズまで全サイズ対応可ですわ。
「せーの、ポチッとな!」
ドサドサドサッ!
大量のマントと投網が、床の上にこんもりと小山のように積みあがった。
治癒ラップは……、まだ45メートルは残ってるだろうから、この使いかけでいっか。
「チェリーナ、何してるの?」
準備を終えたお兄様がやってきたので、お兄様サイズのマントを拾って手渡した。
「このミエナインを着ると、姿がみえなくなります。これを着ていってください。どうか、ごむりをなさらないでください」
「チェリーナ……、ありがとう」
「チェレス、行くぞ! これを運ぶのを手伝ってくれ」
お父様は床からミエナインとトアミンを拾い上げて、外へと向かった。
お兄様も慌てて持てるだけ拾い上げ、お父様の後を追った。
「クリス様、のこりをもっていきましょう。てつだってくださいますか?」
「……あ、ああ……。お前、こんなもの出せるのか、すごいな……」
クリス様が何ごとかつぶやいていたけど、私の耳には入ってこなかった。
カレンデュラ、ごめん。
私がもっと早くゲームの世界だと気付いていれば、こんな目に遭うのを回避できたのかもしれない。
最初に違和感を感じた時に、もっとよく考えていればよかった。
胸に重苦しい不安と苦い後悔が広がっていくのを、私はどうしても止めることが出来なかった。




