第66話 夢の内容
クリス様とお兄様は、ノートを高い位置に掲げて仲良く並んで内容に目を走らせている。
私が必死になってぴょんぴょん飛び上がっても全然手が届かないよ!
「かってに見ちゃダメーーー!」
「うるさいぞ。静かにしろ」
「チェリーナ、騒ぐと誰か見に来るかもしれないよ」
うっ、そう言われたら黙るしかないじゃない!
「……俺のことが書いてあるじゃないか。ひねくれた性格で悪かったな!」
えー、私そんなこと書いたかなあ?
記憶にございません。
「僕のことも書いてあるけど……、なんで僕の髪が赤毛になってるの?」
いやあ、なんでかなあ?
私も分からないけど、ゲームのチェレスティーノは赤毛だったんだよね。
「ゆめで見たおにいさまは赤毛だったんです……」
「ふうん? 夕方だったとか、光の加減でかな?」
ゲームの中ではどんな場面でも赤毛だったから、それは違うと思うけど。
「よくわかりません……」
「僕の婚約者が盗賊に殺されたとか、母親が魔物に殺されたとか恐ろしいことが書いてあるけど……。これは当たってないね?」
お兄様は、自分についての恐ろしい記載に眉をひそめている。
いきなりそんなことが書いてあったらびっくりするし、怖いよね……。
紙一重のところで、ノートに書いてある通りになってしまったかもしれないのだと思うと、私も今更ながら恐ろしくなってくる。
「……そうだな。しかし、二人とも命は落とさなかったとはいえ、盗賊に攫われたり、魔物に襲われたりしたことは事実だ。夢を見てから、未来が変わったということなのか?」
「チェリーナ、この夢はいつ見た夢なの?」
「チェリーナがびょうきの時に見たゆめです……」
正確には夢を見たんじゃなくて、病気がきっかけで前世の記憶が戻ったんだけどね。
「そうすると、この出来事が起こる前に夢を見たんだな。やっぱり、夢は警告なんじゃないのか? 何もしないでいると、夢の通りになってしまう。だが、自分の行動次第で回避することも可能なんじゃないか?」
「なるほど!」
じゃあさ、いっその事こうしたらどうかな?
「それなら、クリス様とチェリーナがこんやくをしなければ、チェリーナがころされる未来はありませんね!」
「そうだね! チェリーナ、それがいいよ!」
大人になってから酷い目にあうって分かってるのに、わざわざ婚約なんかする必要ないもんね。
私とお兄様が手を取り合ってアハハと笑っていると、クリス様は私たちの手の繋ぎ目にスパッと手刀を落とした。
「ダメだ! 婚約したままで、誰も殺されない未来を探す! 異論は認めない」
えー、なんで?
簡単な方法があるのにめんどくさいよ。
私が不服そうな顔をしていることに気が付いたクリス様は、私にじろりと鋭い視線を向けた。
「なんだよ? 俺がこのラヴィエータとかいう女を好きにならなければ済む話だろ。婚約したままで何も問題ないぞ」
「でも……、この子はかわいいですよ? クリス様はかわいい子がすきだから……」
あなた、面食いなんでしょ?
実際会ったら、一目で好きになっちゃうんじゃないですかね。
「いつ俺が可愛い子が好きだと言ったんだよ?」
「だって、クリス様はいつもチェリーナにブスっていいます。すきな子にはブスっていいません」
「うっ……」
クリス様は、しまったという顔をして反論できなくなったようだ。
ほら、やっぱりね。
「僕はチェリーナは可愛いと思うよ! 今は可愛いし、大人になったら美人になると思うな!」
お兄様!
現状、私よりお兄様の方が美人ですけど嬉しいです!
カレンデュラは優しいお兄様が婚約者で幸せだよね、なんで私の婚約者は意地悪なのか悲しくなっちゃうよね。
「俺だって! ーーか、かわ、いいと……、おもっ……」
え、なんですか?
だんだん尻すぼみになって後半聞こえませんけど……。
真っ赤になって黙り込んだところを見ると、クリス様も私のことを可愛いと思ってるって言ってくれたのかな?
「クリス様、おにいさま、ありがとうございます!」
恥ずかしがってるクリス様に言い直しさせるのも酷だし、私は大人だからありがたくお褒めの言葉を受け取ってお礼を言うことにするよ!
それにしてもクリス様、実は私のこと可愛いと思ってたのか。
クリス様の方がずっと美人だし、ちょっと意外だ。
「ねえ、チェリーナ。ここに書いてあること、お父様に相談しなくていいの? 命にかかわることだし、言っておいた方がいいんじゃないかな?」
「うーん……」
でも余計な心配させるのもなあ……。
「やめろ。今でさえプリマヴェーラ辺境伯は俺たちの婚約を喜んでいないのに、将来婚約破棄されることになると知ったらどれほど反対するか……! ダメだ、絶対に内緒だ!」
あ、クリス様もお父様が婚約を喜んでいないってわかってたの?
まあ、お父様は分かりやすいもんね。
私が本当にクリス様と結婚することになったら、遠くにお嫁に行かなくちゃいけないんだな……。
そうすると家族にも中々会えなくなる……。
はあ……、いやだな……。
「はあ……」
「何でため息吐いてるんだよ?」
「遠くにおよめに行ったら、かぞくに会えなくなります……」
「……」
まさかとは思うけど、お兄さん達と王位継承争いを繰り広げたあげく国王になんてならないでしょうね?
それだけは本当に勘弁してほしい。
私は王妃なんて柄じゃないよ。
どうしても結婚しないといけないなら、クリス様がうちの子になってくれればいいのにな。
そうしたらお父様とお母様とお兄様と、ずっと一緒にいられるのに。
「もう夜も遅いし、そろそろ寝ようか」
みんな黙り込んでしまったところで、お兄様がそろそろ寝ようと言った。
「そうだな」
「おやすみなさい」
私たちは挨拶を交わしてそれぞれの自室に引き上げた。
明日は、マルティーノおじさまやサリヴァンナ先生に会っても普通の顔をしていないといけないな。
態度がおかしいと覗いてたのがばれちゃうかもしれないし。
うつらうつらしながらそんなことを考えているうちに、私はいつの間にか眠りに落ちていた。
「おはようございます!」
「おはよう」
私が食堂に入って行くと、先に席についていた人たちが挨拶を返してくれた。
食卓には8人分の朝食の用意がしてある。
元々は家族4人で朝食を取っていたのに、気付けば人数が倍に増えている。
「キャン!」
あ、マーニいたの?
じゃあマーニも入れて8人と1匹ね。
「この子狐はとても可愛いらしいわね」
サリヴァンナ先生がマーニを見て目を細めている。
褒められたマーニは、知らんぷりでそっぽを向いたままだ。
「マーニはふしぎな力があるんです。その力でマルティーノおじさまをまもっていました」
「不思議な力? どんな力なのかしら?」
「けっかいです!」
ちょっと悔しいけど、私の結界のマントの上をいく力を持ってるみたいなんだよね。
「まあっ、結界!? この子狐が?」
「それに、マーニは人間のことばがわかります!」
「結界を操り、人間の言葉がわかる……。どこかで聞いたような気がするわ。どこだったかしら……」
サリヴァンナ先生はこめかみに手を当てて、うーんと考え込んでしまった。
え、マーニって実は有名人、いや有名狐だったの?
そうこうしているうちに一人また一人と食堂へやってきて全員が食卓に着いたので、私たちは朝食を食べ始めることにした。
「お父様! お土産はなんですか?」
あっ、忘れてた!
「そうだったな。忘れていたよ。朝食が終わったら見せよう。食べ物だから、今日の昼食の時に食べてもいいな。海の魚介類だぞ。チェレスは食べたことがないだろう?」
「魚がお土産なんですか……?」
お兄様が若干がっかりしている。
でもただの魚じゃないからね、期待してて!
「おいしいりょうりですよ! おかしとジャムもあります!」
「そうなんだ! 楽しみだなあ」
「わあっ、おみやげー!」
お兄様とマルティーナはお菓子とジャムの方が楽しみみたいだけど、ピザを食べたら絶対に気に入ると思うよ!
みんなどんな顔をするか私も楽しみだ。




