第63話 複雑な再会
玄関口から次々に人影が出て来る。
その中にはドレス姿の女の人もいた。
きっとお母様だ!
「おかあさまー! おにいさまー!」
私はトブーンが着地するなり、座席から飛び降りるようにして駆けだした。
「チェリーナ! お父様!」
真っ先に駆けつけて来たのはお兄様だ。
私たちはぎゅうっと抱き合い、その場でぴょんぴょん跳ねて再会を喜んだ。
その間にお父様は私たちを追い越して、お母様のところへ足早に歩いて行く。
「ヴァイオラ! 今帰ったぞ!」
「あなた、お帰りなさいませ!」
お母様はよほど心配していたのか、少し涙声になっているようだ。
「おい、俺に挨拶はないのか」
声のする方を見ると、腕を組んでこっちを見ているクリス様の姿があった。
あ、迎えに出てきてくれたの?
「クリス様! ただいまもどりました! おみやげも買ってきましたよ!」
「土産って……、それより、お前たちが無事でよかった」
「はい! みんな元気です。でもおじさまはもう少しでしんでしまうところだったんですよ! ぎりぎりで間に合いました!」
私が大声でクリス様とお兄様に報告していると、マルティーノおじさまがもう少しで死ぬところだったと聞いた周りの人たちが驚いて息を呑んでいた。
「ええっ!? そんなに危ないところだったの? マルティーノおじさまはどこ?」
「ほら、あの人! おとうさまにそっくりです!」
私は、まだトブーンの傍に立ち尽くしたままでいるマルティーノおじさまを指さした。
マルティーノおじさまの視線は、玄関口に立っている小さな女の子の陰に釘付けになっている。
「……ティーナ? ティーナなのか……?」
マルティーノおじさまは、囁くようなかすれ声で1年ぶりに会う娘の名前を呼んだ。
「……おとうさん……? おとうさんっ!」
暗闇の中から微かに聞こえた声が父親のものだと気付いたマルティーナは、転がるように走り出した。
マルティーノおじさまもマントをはだけて姿を現し、両手を広げながらマルティーナの方へと向かっていく。
「おとうさん! うわああああああん!」
マルティーナは父親の腕の中に飛び込むと、その胸に顔を押し付けて大声で泣き出した。
「ティーナ、ティーナ……ッ! 一人にしてごめんな。これからはずっとお父さんと一緒だぞ!」
ううっ……、よかった……!
苦労して助けに行った甲斐があったよ!
感動的な親子の再会に、そこかしこからもらい泣きする声が聞こえてくる。
「さあ、みんな中に入ろう。マルティーノ、今夜はティーナと同じ部屋で寝たらどうだ?」
「ああ……、そうさせてもらうよ」
マルティーノおじさまは、マルティーナを片腕でひょいと抱き上げて立ち上がった。
マーニはいつの間にかシャツの中から抜け出して、マルティーノおじさまの肩に移動している。
二人の間に挟まれて、潰されなくてよかったね。
「ティーナは、元のお前の部屋を使っているんだ。お前の部屋はそのままにしてあるぞ」
「そうか……」
もっと可愛い部屋もあるのに、なんでマルティーナにあの部屋なのかと思ってたら、元々はマルティーノおじさまの部屋だったのか。
道理で巨大なベッドが置いてあるわけだ。
私たちがぞろぞろと屋敷の中へと入っていくと、玄関ホールにぽつんと立つサリヴァンナ先生の姿があった。
そして、その目はなぜかマルティーノおじさまだけを見ているようだった。
「マルティーノお兄様……」
サリヴァンナ先生の横を通り過ぎようとしていたマルティーノおじさまだったが、微かな呟きが耳に入ったのかその場でピタリと足を止めた。
怪訝そうな顔をしているところを見ると、サリヴァンナ先生に見覚えがないらしい。
記憶を手繰るような顔でしばらくサリヴァンナ先生を見ていたが、やがてその正体に思い至りサッと顔色を変えた。
「ま、まさか……? サリーなのか……?」
「マルティーノお兄様……っ!」
「な、何故ここに!?」
マルティーノおじさまは激しく動揺し、説明を求めるようにバッとお父様の方を見た。
え、そんなに驚くの?
マルティーノおじさまのあまりの驚きように、私もお兄様もクリス様もポカンとしてしまった。
「サリヴァンナ嬢は、我が家でお預かりしているクリスティアーノ殿下の家庭教師なのだ」
お父様は硬い表情で簡潔に説明をする。
「ええっ!? 第三王子のクリスティアーノ殿下がここに?」
「チェリーナの隣にいらっしゃる方がクリスティアーノ殿下だ。ご挨拶を」
マルティーノおじさまは腕に抱いていたマルティーナを下ろすと、クリス様の元へ行き跪いた。
「ご挨拶が遅れて申し訳ございません。チェーザレ・プリマヴェーラが弟、マルティーノと申します。以後お見知りおきを」
「うむ。無事でよかったな」
おおおーーー!
あのクリス様が、初めて会うマルティーノおじさまに優しい言葉をかけている!?
すごいよ、クリス様もだんだん人間らしくなってきたよ。
成長するっていいことだね。
「もったいないお言葉を頂戴し、ありがたき幸せにございます」
「これから長い間生活を共にすることになるのだ。堅苦しい言葉は必要ない」
「はっ……」
かろうじて返事を返しているものの、マルティーノおじさまの頭の上に大量のクエスチョンマークが見えるようだった。
うん……、クリス様が何を言っているのか分からないよね。
私も最初に聞いた時は驚いたもん……。
マルティーナが泣き疲れてウトウトしていたため、マルティーノおじさまは寝かしつけるために部屋に連れて行った。
みんなは夕食を食べ終わっていたけど、いま帰って来た私たちは夕食がまだだったので、今日はお弁当で済ませることにする。
いまから夕食の支度をしてもらったら時間がかかるし、材料も足りるかどうかわからないしね。
「おとうさま、なにを食べますか?」
「そうだな。今夜は軽めに牛のステーキと、揚げた豚のおべんとーと、果物のサンドイッチにする。それと白ワイン」
あー、軽めにステーキとトンカツね。
ハイハイ。
私は本当に軽く、普通のミックスサンドにしようっと。
「ポチッとな! はいどうぞ」
私がお父様の前にお弁当を持って行くと、みんな興味津々で覗き込んだ。
「チェリーナ、おべんとーは色々な種類があるの? 僕も食べたいな」
「俺も食べたい」
えっ、でもお兄様たちはついさっき夕食食べたんでしょ?
「おなかが空いているのですか?」
「おなかはいっぱいだけど、ちょっとだけ食べてみたいんだよ」
「なら、果物のサンドイッチを食べてみるといいぞ。食後にちょうどいい」
お父様はお兄様にサンドイッチを勧めているけど、サンドイッチが食後にちょうどよかったなんて初耳だよ。
まあ、みんなで一切れずつくらいならちょうどいいかもしれない。
「ポチッとな! みんなで食べてください」
「うわあ、美味しそう!」
お兄様が早速サンドイッチに手を伸ばすと、クリス様も負けずに手を伸ばす。
一口ほおばった二人の笑顔を見ると、どうやら気に入ってくれたようだ。
「チェリーナ、俺も兄上と同じものをくれ。今夜は胸がいっぱいであまり食べられそうもない」
遅れて食堂にやって来たマルティーノおじさまも、今夜は軽い食事をご所望のようだ。
食事中無言ではあったが、お互いのことが気になるらしいマルティーノおじさまとサリヴァンナ先生は、チラチラとお互いを盗み見ている。
……あのー、気付かれてないと思ってるのかもしれないけど、二人とも思いっきり不審ですからね?
「あー、ゴホン! 今日は疲れたなあ! ヴァイオラ、今日は早めに休もう。子どもたちももう寝た方がいいぞ。あー、みんなが寝たら今夜は居間には誰もいないな」
私たちが夕食を食べ終わると、お父様が今日は早めに休もうと言い出したけど、ビックリするくらいの棒読み……。
ちょっと大根過ぎやしないか。




