第61話 ダメな大人たち
なんだか心配だな。
それなら、マルティーノおじさまみたいに誰か怪我をしてるかもしれないから、せめてラップを持たせてあげよう。
「おとうさま、これを……」
私はこっそりアイテム袋から取り出したラップをお父様に手渡した。
使いかけですけど、よかったらどうぞ。
「ああ。アゴスト伯爵、こちらの治癒薬をお持ちください。生存者が傷を負っている場合、この透明な膜を引き出して切り取り、清潔にした患部に貼り付ければ一晩もたたずに治ります」
「おお! これはこれは、大変貴重なものをありがとうございます。ーー今回生存者の捜索にご協力いただいたお礼に、こちらをお納めいただければと思います。些少ではございますが、どうぞお受け取りください」
アゴスト伯爵はお父様の方へ、金貨が入っていると思われる巾着袋をすすっと滑らせるように差し出した。
「いえ、私の弟がこちらの町で大変世話になっていたのです。弟にとっては第二の故郷も同然ですので、礼を受け取るわけにはまいりません」
「なんと……! さすがはこの国の英雄、噂に違わず実に清廉なお方だ」
清廉かあ。
お父様がお金に頓着していないのは確かだ。
こう見えても、お金で苦労したことのないお坊ちゃま育ちだからね。
世間知らずのお父様が悪い人に騙されないように、私がしっかり見張ってお父様を守らないと!
「いや、そんなことはありませんよ」
「また是非ともポルトの町にお越しください。いつでも大歓迎いたします」
「ええ、こちらの魚介料理は素晴らしく美味い。またいつか寄らせていただきたいと思っております」
「そうですか! 我が領の料理をお気に召していただけましたか!」
アゴスト伯爵は魚介料理が美味しいと言ったお父様の言葉を聞いて、本当に嬉しそうに破顔した。
夕食を共にできないことをしきりに残念がるアゴスト伯爵一家に、これからも連絡を取り合うことを約束して、私たちは屋敷を辞した。
私もルイーザとはハヤメールを使って個人的にやり取りするつもりだ。
もう友達だからね!
宿に戻った私たちは、満ち足りた気分でソファに腰を沈めていた。
「生存者が見つかってよかったな」
「はい!」
「俺だけでなく、仲間を救うことにまで尽力してくれて本当にありがとう。兄上にも、チェリーナにも心から感謝しているよ」
マルティーノおじさまは、改めて私たちにお礼を言った。
「いいんだ。生きて再びお前の顔を見ることが出来た。俺は、たった一人でこの一年を耐え抜いたお前に感謝しているよ。マルティーノ、よくがんばったな」
「兄上……!」
お父様のねぎらいの言葉に、マルティーノおじさまの目にうっすらと涙が浮かんだ。
「これからは俺の目の届くところにいろ。ティーナにはお前しかいないんだ、くれぐれも勝手な行動はしないと約束してくれ」
「わかったよ……。勝手なことはしないと約束する」
マルティーノおじさまは叱られた子どものように神妙な態度だ。
話し方はだいぶフランクだけど、やっぱり兄であるお父様には頭が上がらない感じなのかな?
「よし。今後のことはうちに帰ってからゆっくり決めればいい。ーーーお前に話さなければならないこともあるしな」
何の話があるんだろう?
不思議に思ったが、私はだんだん重くなる瞼に逆らえず、いつの間にか眠りに落ちていた。
ボスッ!
「ふぁっ!?」
私はお腹に感じた衝撃に目を覚ました。
お腹をさすりながら部屋の中を見回すと、傍には誰もおらず私一人がソファに横になっていた。
外はすでに日が傾き、部屋の中はだいぶ薄暗くなってきている。
お父様とマルティーノおじさまはどこにいったんだろう?
というか、さっきの衝撃はなんなの?
ムッとしながら起き上がると、何かが私の体を駆け上がって肩で止まった。
「マーニッ! はんにんはおまえかー!」
私が文句を言うと、可愛くないマーニはシャーッと威嚇してくる。
ちょっと、怒りたいのは私の方なんですけど!?
「なんでいきなり、おなかに飛びのるの? おとうさまと、おじさまはどこ?」
ツーン。
あ、無視ですか、そうですか。
この狐、ほんと可愛くないぞ!
「おとうさまー、おとうさまー」
薄暗い部屋に私一人残してどこかに行っちゃうなんて酷いお父様だ。
抱っこして連れてってくれればよかったのに!
「おとうさまー! おとうさまー!」
私がお父様を呼ぶ声のボリュームを上げると、マーニは迷惑そうにこちらを見て、ひらりと肩から飛び降りた。
そして扉の前に立つと、付いて来いと言わんばかりにこちらを振り向いた。
「あんないしてくれるの?」
トトトと軽い足音を立てるマーニの後に続いて階段を下りると、マーニは宿の1階にある食堂へと入って行った。
何組か夕食を取っている人たちがいたが、その中にひときわ目立つ、賑やかな笑い声をあげている大男二人組の姿があった。
いたよ、子どもほったらかしてお酒飲んでるよ。
「おとうさま!」
「ん? おお、チェリーナ、起きたのか。お前もここに座れ。腹が減ったなら何か頼むといい」
もう夜だから、それはお腹減ってるけど。
それより私、怒ってるんだからね!?
「おとうさま、チェリーナをひとりぼっちにして、お酒のんでる……」
「えっ?」
「おきたらだれもいなくて、くらくて、さびしかった……」
お父様が罪悪感持つように、しょんぼり項垂れてやるー!
「いや、ついさっきまで一緒にいたんだぞ? お前がいつまで経っても起きないから小腹が空いてな」
お父様は私の機嫌を取るように膝に乗せると、ぎゅうぎゅうと抱きしめて来た。
もう、お酒臭いよ!
私はお酒のにおいに辟易して、お父様の顔を手のひらで押しのけると、食堂の給仕人に夕食を頼んだ。
そんなにお腹空いてないから、今日も軽めに小海老のサンドイッチにします。
私がサンドイッチを食べ終わる頃になっても、お父様たちはまだお酒を頼みまくって一向に部屋に戻る気配がない。
私はそんなお父様たちに見切りをつけ、マーニと一緒に部屋に戻ることにした。
食事をしている間に宿の人がランプに火を入れてくれたから、廊下も部屋の中も明るくなっていてもう怖くないもんね。
それにしても明日も朝早いって言うのに、あんなに飲んで大丈夫なのかな?
トブーンに酔っても知らないからね!
私はもう寝る!
「ううう……うう……、うーーー」
翌朝、私は隣から聞こえる唸り声で目を覚ます羽目になった。
うるさいな。
「おとうさま……」
「チェ、チェリーナ……、ゲンキーナ……ゲンキーナをくれ……」
はあ。
まったく、ゲンキーナを二日酔いの薬にしないでほしいな!
でもこのまま放って置いたらとても帰れそうもないから、今日だけゲンキーナを出しますけれども!
今日だけだからね!
「ポチッとな! おとうさま、ゲンキーナです」
「あり……がと……、開けてくれ……」
ゲンキーナも開けられないって、いったいどれほど飲んだんだか。
私はお父様の世話をして手早く着替えると、隣のマルティーノおじさまの部屋へと向かった。
あっちもきっと二日酔いで死にかけてる筈だからね。
ゲンキーナで回復した二人を伴って1階へ下りると、既にロビーで待機していたダニエルが笑顔で迎えてくれた。
「おはようございます」
「おはよう、ダニエル!」
さすがダニエル、今日も爽やかだ。
今日の長旅に備えて深酒することもなかったんだね。
ダニエルはちゃんとした大人だ。
「みんな、今日のうちにプリマヴェーラにつくようにかえります! のじゅくはしません!」
帰りは超特急で帰るよ!
もう面倒見切れないもん!




