第60話 生存者救出作戦
私はペンタブを取り出すと、ハヤメールの絵をコピーして、軸の上部に発信機を描き込んだ。
続いて、定規を使って四角い受信機の枠を描く。
最後に受信画面をめいっぱい拡大して、ぶるぶる震える手でなんとか陸地と島々を描き上げることに成功した。
「で、できた……。おとうさま、名前をよみあげてください」
「おお、上手くいったのか。それじゃあ、若い順に名前を読み上げるぞ。同じ名前の者がいるかもしれないから、念のため年齢も言っておく。ジャン 16才、ピエル 18才、パオロ 19才……」
こんなに若い人たちがたくさん……。
私は心が重くなるのを感じながら、ハヤメールのプロペラ部分にびっしりと名前を書き込んでいった。
「できました! ポチッとな!」
テーブルの上に出てきたハヤメールと受信機を手に持ち、ハヤメールの上部の発信機スイッチを押すと、受信画面で現在地を知らせる赤い丸が点滅するのが見えた。
やった、大成功だ!
私は嬉しくなって掃き出し窓をバタンと開け放ち、思い切りハヤメールを放り上げた。
ハヤメールは空中でブブブと音を立てて動き出し、海と思われる方向へと飛び去って行った。
「おとうさま、せいぞんしゃがいるみたいです!」
マルティーノおじさま以外にも生きている人がいたんだ!
早く助けに行ってあげないと!
「本当に生存者がいたのか!」
「これはすごい、残りの者も早く確かめよう!」
「はい!」
生存者がいると分かって、一層やる気が出て来たよ!
「次は、ポール 28才、アルテロ 28才、マリオ 30才……」
お父様が次々と名前を読み上げる。
私は手早く書き終えると、先ほどと同じようにハヤメールを窓から放り上げた。
しかし、そのハヤメールは動き出すことなく、放物線を描いてテラスの床に打ち付けられ、カランと乾いた音を立てることになった。
「……この10人の中には生存者がいなかったようだな……。チェリーナ、最後の11人の名前を読み上げるぞ」
「はい……」
「サンティ 34才、グイド 35才、ホフレ 35才……」
どうか、生存者がいますように。
私は祈るような気持ちで、最後のハヤメールを放り上げた。
カラン……。
無情にも、最後のハヤメールもテラスの床で小さく音を立てた。
11名の中に、生存者はいなかったのだ……。
「チェリーナ……、最初に飛ばした10人の中に生存者がいる。いまは生存者を救う事だけ考えよう」
お父様は気落ちする私を慰めるように抱き寄せると、ぽんぽんと優しく背中をたたいてくれた。
「はい……」
「今度は名前を3人、3人、4人に分けて飛ばしてみるか。ハヤメールに結ぶ手紙をアゴスト伯爵に用意してもらおう」
「俺が話してくるよ」
マルティーノおじさまが部屋を出ていくと、廊下から歓声があがるのが聞こえてきた。
どうやら、生存者がいることを喜んでいるらしい。
何人救えるのか分からないけど、救出することに集中しなくては。
再度3つのハヤメールを飛ばしてみるも、そのうちの1つは飛ばなかった。
2つは飛んだということは、最低でも2人の生存者がいることになる。
「手紙を持ってきたぞ。救出に向かうことと、たき火を焚いて居場所を知らせるようにと書いてもらった」
マルティーノおじさまが手紙を何通か手にもって戻ってきたので、今度は手紙を付けて飛ばしてみることにした。
どの人が生存しているか特定するために、今度はハヤメールに一人ひとり別々に名前を書いて手紙をつけて飛ばす。
最終的に、若者組のジャン 16才、ユーリ 23才、テオ 25才の3人が生きていることが分かった。
最初に飛ばしたハヤメールはまだ移動中なので、後はハヤメールが止まる場所を受信機で確認するだけだ。
「はあ……」
生存者は3人だけなのか……。
人数が少なかったのは残念だけど、まだ午後3時前だし、シャッと行ってシャッと助けてくれば5時頃には帰ってこれるかもしれない。
「チェリーナ、あとはお父様たちが見ておくから、ルイーザ嬢と遊んで来たらどうだ? せっかくだから友達になっておくといい」
お父様は私が沈んだ様子だったことが気がかりだったのか、遊んでくることを勧めた。
せっかくだし、気分転換もいいかもしれない。
「はい。では、少しあそんできます」
私がそう言って部屋を出ると、向かいの部屋の扉を開けて待機していたアゴスト伯爵夫妻と顔を合わせることになった。
「ルイーザなら庭に出たところだよ。退屈だろう? 一緒に庭で遊んでくるといい」
アゴスト伯爵は穏やかな笑顔を浮かべてそう教えてくれた。
「はい! いってきます!」
私がルイーザを追って庭に出ると、ルイーザは私たちがハヤメールを飛ばした掃き出し窓のあたりでかがんで何かをしているところだった。
「ルイーザ! 何してるの?」
「マルチェリーナさま、ここに何かおちていたので、ひろっていたところです」
しまった、いきなり呼び捨てにしちゃったよ。
「チェリーナだよ! ルイーザって呼んでいい?」
「はい!」
ルイーザは呼び捨てにされたことを気にする様子もなく、嬉しそうに笑った。
「それは、せいぞんしゃをさがす魔法具だよ。そこにおちているのはなくなってしまった人のぶん……」
「えっ!」
ルイーザは亡くなってしまった人の分と聞いて驚いたのか、手に持っていたハヤメールからパッと手を放した。
「でも生きてる人もいたよ! 3人!」
「わあっ、すごい!」
ルイーザはパチパチと手を打って喜んでいる。
私はバラバラと散らばっているハヤメールを一つ一つ拾って、ズボンのポケットに押し込んだ。
「ルイーザは、いっしょに魔法がくいんにかようお友達がいるの?」
「となりの領にこんやくしゃがいるけど、2つ年上だから、いっしょには通えないの……」
ルイーザは私の質問に顔を曇らせてしまった。
一人ぼっちかもしれないと思うと心細いよね。
でも大丈夫だよ、私が友達になるし!
「チェリーナとルイーザはもう友達だよ! がくいんでも仲よくしようね!」
私がそういうと、ルイーザはぱあっと顔を輝かせて頷いた。
それにしてももう婚約者がいるなんて、やっぱり貴族の子どもって大変だよねー。
自由に恋愛できないなんてねー。
「ルイーザのこんやくしゃはどんな人なの?」
「ジュリオっていうんだけど、すごく優しくてかっこいいの。ジュリオのおにいさまとおねえさまはもう大人だから、私があそびあいてなのよ。毎年夏になるとうちに泊まりにきてくれるの」
「へえー」
すごく優しくてかっこいい婚約者かあ。
羨ましいですなあ。
ルイーザはジュリオのことが大好きみたいで、話し出したら止まらなくなっている。
さっきは自由に恋愛できなくて可哀想って思ったけど、好きで婚約してるなら何も問題ないね!
「おーい、チェリーナ、場所が特定できたぞ」
遊び出して15分くらい経つと、掃き出し窓からお父様が私を呼ぶ声が聞こえてきた。
「じゃあ、さっそく助けにいきましょう!」
私はすくっと立ち上がり、腕まくりをした。
「待て待て待て。アゴスト伯爵に報告するのが先だ。チェリーナもこの部屋に戻ってきてくれ」
お父様はアゴスト伯爵たちを部屋に呼び戻すと、捜索の結果を報告した。
「そうですか! 生存者が3人もいるとは予想以上でした。本当にありがとうございます。早速明日にでも捜索隊を出発させることにいたします」
え、いまから私たちが行くんじゃないの?
「我々も捜索に協力いたしましょうか?」
「いいえ、明日の早朝にここを発つことは伺っております。すでに生存者の名前も、流れ着いた島も特定していただいたのです。プリマヴェーラ辺境伯領の領主である貴殿に、これ以上のご迷惑はかけられません」
えーっ、私がいなくて本当に大丈夫なのー?
引き留めるなら今のうちだけど。




