第59話 アゴスト伯爵家にて
明日は朝早くからプリマヴェーラ辺境伯領へ向けて出発するつもりだったのに、面倒なことになってしまった。
「まいったな。厄介なことになった」
「アゴスト伯爵は温厚な人物だという噂だが、それにしては少し強引だったよな。兄上に何か話があるんじゃないか?」
「何の話があるんだ……。頼みごとかな? 丁重にお断りして、さっさとうちに帰ろう」
そうそう、何を言われても断固拒否して予定通り明日の朝出発しましょう!
私たちは部屋でアゴスト伯爵家での対応を軽く打ち合わせると、迎えの馬車が来るまでテラスでのんびり休憩することにした。
「そういえば、マーニがいませんけど、まいごになったのでしょうか」
「ああ、マーニなら港で食事をしている時に戻って来て、俺のシャツの中に潜り込んだよ。どうやら人混みが苦手みたいだな」
え、私たちと一緒に港にいたの?
あーっ、もしかして私のホタテを盗んだ犯人ってマーニなんじゃないの?
まったく、いきなり消えたり現れたり神出鬼没な子狐だな。
「じゃあ、マーニはこの宿でるすばんですね」
というか、私もマーニと一緒に留守番でいいよ……。
「くう……」
マルティーノおじさまのシャツの中から、返事なのか寝言なのか分からない声が聞こえてくる。
こっちは心配してたんだから、顔くらい見せてくれてもいいのにね。
伯爵家からの迎えの馬車はすぐにやって来た。
まだお昼を食べたばかりで全然お腹減ってないし、お茶より昼寝をしたい気分なんだけどな。
久しぶりにガタゴトと馬車に揺られて、気持ち悪くなりそうだと思った矢先に屋敷に到着した。
屋敷に招き入れられ、庭が見えるティールームで伯爵が来るのを待っていると、すぐに伯爵夫妻と私と同じ年くらいの女の子がやって来た。
「お待たせいたしました。私が当主のルイス・アゴストです。それから、妻のエレナと、娘のルイーザです。この度は急なお誘いで申し訳ありませんでした。ご迷惑でなければ良いのですが」
ええ、本当に迷惑でした。
思っても言えないけどね……。
「お招きいただきありがとうございます。私がチェーザレ・プリマヴェーラです。そして娘のマルチェリーナと、弟のマルティーノです」
「ルイーザは8歳なのですが、マルチェリーナ嬢はおいくつですかな? なかなか他領の令嬢と知り合う機会がないものですから、ぜひ仲良くしていただけると娘も喜びます」
愛想よく話しかけるアゴスト伯爵は30代半ばくらいで、優しそうな伯爵夫人も同じくらいに見える。
ここの家族はみんな揃って茶色の髪に茶色の目なんだな。
そういう私たちも3人揃って赤毛に琥珀色の目だけど。
「マルチェリーナも同じ8歳です。魔法学院で同級生になるかもしれませんね」
「ええ、いずれ再会することになるでしょう」
へえー、そうなんだ。
私はカレンデュラと一緒に魔法学院に行くことになるだろうけど、もしルイーザに誰も知り合いがいなかったら心細いよね。
友達は多い方がいいし、せっかくだから友達になっておこうっと!
私がニコッとルイーザに笑いかけると、ルイーザも恥ずかしそうに笑い返してくれた。
可愛い子だ!
しばらくお茶を楽しんだところで、アゴスト伯爵は頃合を見計らっていたように姿勢を正して話を切り出した。
「実は、我が家の使用人が港に買い物に出た際に、そちらのマルティーノ殿が生きて戻ったという噂話を耳にしたのです。難破した船は私の船でしたので、1年前にも捜索隊を出したのですが、その時は誰も見つけることが出来ず諦めておりました。
ですが、もし他にもまだ生存者がいるのであれば助けてやりたい。どのようにしてマルティーノ殿を探し出したのか、是非ともご教示いただけないでしょうか?」
なるほど、これが本題だったのか……。
一人生きて帰ってこれたなら、他にもまだ生存者がいるかもしれないと思う気持ちは分かる。
「マルティーノは魔法が使えましたので、そう簡単に死ぬ筈はないという私の願望もあって探そうと思い立ったのですが……。行方不明者の中には、魔法を使える者が他にもいたのでしょうか?」
「船には、乗組員30名、護衛2名が乗っていましたが、護衛以外の乗組員は魔法を使えなかったと思います」
マルティーノおじさま、護衛として船に乗ってたの?
てっきり船乗りなのかと思ってたわ。
「あの船に乗っていた魔法使いは私だけでした。護衛として乗船していたにもかかわらず、船を守ることが出来ず申し訳ありませんでした」
「いいえ、あの酷い嵐ではどんな魔法使いであっても打つ手はなかったでしょう。それに、あなたもこの町で暮らしていたならご存知ですね、”生きて帰ってきたものを決して責めてはならない”。海と共に生きる者の掟です」
アゴスト伯爵は、謝罪するマルティーノおじさまを責めることはしなかった。
自分が所有していた船とはいえ捜索隊を何度も出そうとするなんて、アゴスト伯爵は人情味のある立派な領主なんだな。
こういういい人には、私も協力してあげたい!
「アゴスト伯爵、申し訳ありませんが、少し私たち3人だけにしていただけないでしょうか? なんとか捜索する手段がないか相談してみます」
「そうですか! では私たちは別室でお待ちしておりますので、どうかよろしくお願いいたします」
アゴスト伯爵一家と使用人たちが退出すると、私たちは顔を突き合わせて話し合いを始めた。
「生存者がいるなら助けてやりたいが、お前たちはどうだ?」
「俺も出来る限りのことはしたい」
「チェリーナもたすけてあげたいです。でも、どうやって? ハヤメールを31こ飛ばすのですか?」
行方不明者の名前さえ分かれば不可能ではなさそうだが、効率が悪い気がする。
「そうだな……。ハヤメールには何人までの名前が書けるんだ? 行方不明者を年齢毎に10人ずつまとめて、3回に分けて飛ばすのはどうだ?」
纏めて名前を書いて飛ばす方法はいいかもしれない。
受取人がいない場合はハヤメールは飛び立たないし、飛んで行った中からまた名前を数人ずつに分けて飛ばせばだんだん生存者を絞り込める。
そうだ!
ハヤメールに発信機を付けられないかな?
アゴスト伯爵が海図を持っているなら、それを受信画面に描き写せば場所を特定できる気がする。
……問題は、私が海図を描き写せるかどうかだけど。
ううーん……、正確に写すのは無理だけど、どの島にいるのかだけでも大体分かれば手掛かりにはなるよね?
「おとうさま、アゴストはくしゃくは海図をもっているでしょうか? それからゆくえふめいしゃの名前もひつようです」
「海図を何に使うんだ?」
「ハヤメールがげんざい飛んでいるいちをかくにんできるかどうかやってみたいんです」
「そんなことが出来るのか? よし、聞いてこよう」
お父様はサッと席を立つと、扉を開けて部屋を出て行った。
しばらく待っていると、海図らしき巻物と、数枚の紙を手に持ったお父様が戻ってきた。
「借りてきたぞ。こっちの名前と年齢が書いてある紙には書き込みをしてもいいが、海図には書き込まないでほしいと言っていた」
「わかりました。ーーーえっ、これが海図?」
早速広げてみたけど、まず自分がどこにいるのか分からないよ!
「おとうさま、このやしきは、この海図のどこにかいてありますか?」
「ええーと……どこかな」
マルティーノおじさまは私の後ろに回り込むと、広げた海図を逆さまに置きなおした。
「海図の一番下の陸地がフォルトゥーナ王国の海岸沿いだ。ポルトの町はここ。1年前に船が向かった島がこのペリコローソ島だ」
マルティーノおじさまの説明で、やっと位置関係を把握できた。
私が予想してたよりもずっと広範囲の海図だったようだ。
私は邪魔な両端部分を巻いて行って、見えないようにした。
そして、名前リストを使って上と下の不要部分を隠すと、受信画面に設定する部分を特定することができた。
陸地とペリコローソ島の間には小さな島が6つ書かれている。
うん、これくらいなら私にも描けそうだ。
どの島に生存者がいるか、これで特定できるかもしれない!




