第57話 おみやげ探し
ダニエルは火元を探して玄関から家の中に飛び込んでいった。
しばらくして外に出てきたダニエルは、ほっとしたように説明してくれた。
「家は火事にはなっていませんでした。ただ、かまどに薪を目一杯詰め込んで火をつけたようで、この煙の勢いになったようです」
よ、よかった。
私のせいで家1軒燃えちゃったら大変だったよ!
「にいちゃーん! おれ、いわれたとおりにしたよ!」
「兄ちゃん、おれも! おれもがんばった!」
二人のちびっこが、褒めて褒めてとダニエルに纏わりついている。
どうやら学校に通っていない年齢の子ども達で留守番をしているようだ。
二人ともダニーロさんに似たやんちゃそうな顔立ちで、ダニエルとはちっとも似ていない。
「こらお前たち、危ないから火は使うなって言われてるだろ?」
ダニエルが二人の弟を叱ろうとしたため、私は慌てて止めに入った。
「ダニエル! チェリーナのせいなの! おじさまあての手紙をここにとばしたから。二人とも、ごめんね?」
「悪かったな。他の物を目印に使えばよかった」
「いえ、そんなことは! 私も、ちび達は字が読めないだろうと油断していました」
お父様に謝られてしまっては、ダニエルもこれ以上弟たちを叱れないようだ。
二人の弟の頭に手を置き、苦笑しながらぐしゃぐしゃと髪をかき混ぜた。
「お前たち元気だったか?」
「うん! にいちゃんおみやげはー? おみやげはどこー?」
「おみやげ、おみやげ!」
ダニエルはお土産を催促され、しまったという顔をして眉を下げた。
「ごめんな。何も買ってーーー」
「ダニエル、これ。あずかってたカバンだよ!」
ここは私におまかせあれ!
私はどんな時でもおやつには手を抜かない女です!
私はすかさず魔法でチョコレートなどのお菓子の箱を出すと、手渡したカバンの上に積み上げた。
新作のいちごのサンドイッチも一番上に乗せたよ!
「やった、おかしだー!」
「わあ! 甘いにおいがする!」
「いちばん上のはこは、早くたべてね!」
サンドイッチは生ものだからね。
いつまでも取っておくと腐ります。
「はやく? わかった!」
「急いでたべる!」
二人の弟たちは、ダニエルが抱えた箱のふたを開けると、両手にサンドイッチを持って猛然と食べ始めた。
「こ、こら、お前ら。こんな外で立ったままなんて行儀が悪いぞ!」
「くくく、チェリーナが早く食べろって言ったから、言われた通りにしてるだけだよな」
なんか、ごめん。
早食いしろと言ったつもりはなかったけど、さっきから私のせいで弟くんたちがダニエルに叱られてばかりだ。
「おうちの中でゆっくりたべてもだいじょうぶだよ! 今日のうちにたべればだいじょうぶ!」
慌てて訂正してみるも、私の言葉は耳に入らないようで、二人は次々とサンドイッチを平らげていく。
「おいしいー!」
「兄ちゃん、おいしいよ!」
「こら、二人だけで食べつくすなよ。他の兄弟の分も取って……。ああ、もうこれだけしかない」
ダニエルはサンドイッチの箱の中身を見て、弟たちの手に届かないように箱を上に持ち上げた。
「ははは。ダニエル、今日はもう休みでいいぞ。宿には俺たちだけで行ける。明日の朝7時頃、宿に迎えに来てくれ」
「はい、承知いたしました。お恥ずかしいところをお見せしてしまい申し訳ありませんでした。マルチェリーナ様もお気遣いいただいてありがとうございます」
丁寧な口調で話す兄に驚いたのか、二人の弟はピタリと食べるのを止めてダニエルをポカンと見ている。
そしてグルンと首を捻ってこちらを見ると、幼いながら挨拶をした方がいい相手だと察したようで、二人の弟は遅ればせながら挨拶をして来た。
「こんにちは」
「こんにちは」
「ああ、こんにちは。子どもは元気が一番だな、はっはっは! ダニエル、これで家族に美味いものでも食べさせてやるといい」
お父様はそういうと、両手がふさがったダニエルのズボンのポケットに金貨を滑り込ませた。
「そんな! ついこの間もお礼をいただいたばかりで……」
「いいんだよ、じゃあまた明日な」
お父様、ダニエルを雇っただけじゃなくてちゃんとお礼も渡してたんだね。
まだ若いダニエルがマルティーナの分の旅費を負担することにならなくてよかった。
私たちはダニエルの実家を後にすると、今夜泊まる宿へと歩き出した。
それにしてもマーニは全然姿を見せないけど、どこに行っちゃったんだろう?
野生のカンで匂いをたどって自力で宿まで来れるのかな。
最悪でも明日の朝までに戻ってこないと、ここに置き去りになっちゃうよ。
「今夜泊まりたいのだが、部屋は空いているか?」
町一番だという宿の受付には、美人でニコニコと愛想のいいお姉さんが座っていた。
「ようこそいらっしゃいませ。何部屋ご入用でしょうか?」
「そうだな、2部屋頼む」
「3階のテラス付きのお部屋は眺めがよくてお勧めでございます。料金は、一泊一部屋銀貨20枚となります。2階のお部屋はテラスがありませんが、こちらは3階のお部屋よりもお安く一泊一部屋銀貨15枚でございます。料金には明日の朝食代も含まれております」
この国の銀貨1枚は日本の千円くらいの価値だから、銀貨20枚は2万円くらいだね。
ちなみに、銀貨100枚は金貨1枚と同じで、10万円くらいの価値だ。
一泊2万円かあ、結構高いなあー。
私はアルベルティーニ商会にしょっちゅう遊びに行っていたから割と物価を分かってる方だと思うけど、アゴスト伯爵領で暮らすのはうちの領よりもだいぶ生活費がかかりそうだ。
「せっかくだから、眺めのいい部屋にしてもらおうか」
「承知いたしました」
案内された3階の部屋は、白を基調としたリゾート風のインテリアで、椅子やクッションなど所々に配置されている青が差し色になっていた。
宿の外観もロビーも清潔感があって好感が持てたけど、客室は爽やかでセンスが良く、しかもテラスの向こうには青い海が広がっていてリゾート感が満載!
家族みんなで来れたらいいのになあ。
「わあ! すごいきれい! おかあさまと、おにいさまも一緒だったらよかったですね」
「そうだな、家族で旅をする機会がなかなかないのが残念だよ」
私たちがテラスからの眺めの良さにテンションをあげていると、トントンとノックの音がして扉が開いた。
「兄上、申し訳ないが少し用立ててもらえないだろうか? 髪を切りに行きたいんだ」
「ああ、その髪ではな。ついでに髭も剃ってもらえ。服も着替えが必要だな」
お父様は財布から金貨を取り出す。
「おとうさま! おみやげもひつようです!」
「そうだな。マルティーノが身なりを整えている間、俺たちは観光しながら土産を買うとしようか。昼食の時に落ち合おう」
「この町は魚介料理が有名なんだ。プリマヴェーラではめったに食べられないから食べておいた方がいいぞ。港の屋台が安くて新鮮で美味いんだ。そこで食べよう」
シーフードが有名なんだ!
そう言われれば、うちではあんまり魚料理を食べてなかったな。
久しぶりの海の幸が楽しみ!
「へえ。それなら名物料理を味わうとするか。じゃあ、昼頃に港でな」
「わかった。じゃあな」
マルティーノおじさまが出かけたのに続いて、私たちも観光に出かけることにした。
今日一日しかいないんだから、めいっぱい見て回らないとね!
「さて、俺たちも出かけるか」
「はい! おみやげはたべものがいいです!」
「食べ物? 腐るんじゃないか?」
ふふふ、こんなこともあろうかと、アイテム袋を時間経過なしタイプにしたんですよ。
出来立ての味そのままで大量に持ち帰れます!
「魔法のカバンにいれればくさりません!」
「そうなのか。それなら食べ物もいいかもしれないな」
私たちはあれこれとお土産候補を考えながら宿を出て、まずは宿の近くにあるお店を物色することにした。
すると、どこからか甘い匂いが漂ってくる。
これはお菓子屋さんが近くにあるに違いない!
ぐるっと回って匂いの元を探していると、少し離れたところに女の人が溢れている店があることに気が付いた。
「おとうさま! あそこに行ってみましょう!」




