第56話 北の墓地で
「ま、まさか。マルティーノなのかっ!?」
なんだ。
私をアイドルと間違えていたんじゃなくて、みんなマルティーノおじさまが生きてたことに驚いていたようだ。
マーニはこちらに向かってくるたくさんの人に尻込みしたのか、さっきまでマルティーノおじさまの肩に乗っていたのにいつの間にか姿が見えなくなっている。
「おお、マルティーノ! 無事だったのか!」
「1年も経ってから生きて帰ってこれるとは奇跡だぜ!」
「本当によくがんばったな!」
マルティーノおじさまはあっという間に取り囲まれ、港の人々が口々に生還を祝ってくれている。
こんなにたくさんの人が喜んでくれるなんて、マルティーノおじさまって人気があるんだな。
どうやら次代のセンターの座はマルティーノおじさまに譲るしかないようだ。
「みんな、ありがとう……。なんとか無人島に流れ着いたものの、帰る手段がなくてな。俺の兄が、無人島まで迎えに来てくれたんだ」
「ええっ!? そりゃすごい兄貴だな。兄貴に感謝しねえとな」
「ああ、心から感謝しているよ」
その時、人垣を掻き分けて、40代くらいのワイルドなおっちゃんがやってきた。
顔の傷や頭に巻いた布使いで、絶妙に海賊テイストな仕上がりになっている。
片目に黒い眼帯をすれば、海賊としてさらに完成度があがりそうだ。
「おう、マルティーノ! 生きてやがったか!」
「ダニーロさん! 何とか帰ってこれました」
えっ、この人がダニエルのお父さんなの!?
優しい顔立ちのダニエルと全然似てないね。
ダニエルはお母さん似なのかな。
「よかった……。みんな心配してたんだ。お前……、ニーナのことは……?」
「……はい。ダニエルが俺の兄に伝えてくれて、俺は兄から……」
「ダニエル?」
ダニーロさんは思いがけず自分の息子の名前を聞いて、目をぱちくりさせている。
「父さん。ただいま」
「お? お前何やってんだこんなとこで。プリマヴェーラ辺境伯領で冒険者やるって言ってなかったか? もう帰ってきたのかよ?」
辺境で冒険者としてやっていけなくて実家に逃げ帰って来たとでも思ったのか、ダニーロさんは腕を組んで渋い顔をしている。
「違うよ。プリマヴェーラ辺境伯様に同行してマルティーノさんを迎えに行ってたんだよ」
「ああ? なんでお貴族様がマルティーノを迎えに行くんだよ?」
ダニーロさんは片眉をつりあげて怪訝そうな顔をした。
「ダニーロさん、今まで黙っていてすみません。実は俺はマルティーノ・プリマヴェーラという名で、プリマヴェーラ辺境伯家現当主の弟なんです」
「なあーーにいーっ!?」
その場にいた港町の人々が一斉にどよめいた。
驚くよねー、マルティーノおじさまは貴族というより冒険者と言われた方が納得できる見た目だもんね。
「失礼。プリマヴェーラ辺境伯だ。私の弟がこの町で世話になったようだな。礼を言う。弟が無事に戻った祝いだ、今夜は皆で1杯やってくれ」
お父様はそういうと、ベルトにくくり付けていた財布から無造作に金貨を数枚取り出し、ダニーロさんに手渡した。
わっと歓声があがり、港のおっちゃんたちが大喜びしている。
なんでどこのおっちゃんもお酒ごときでこんなに大喜び出来るんだろう?
ほら、女性陣は喜ぶおっちゃんたちを呆れた目で見ているよ。
「それでは、私たちはこれで失礼する。……ニーナに、マルティーノが無事に戻ったことを報告しなければならないからな」
お父様の言葉に、その場がシーンと静まり返った。
「ニーナは、北の墓地に埋葬したよ……。ティーナを一人で育てながら、最後までお前を待っていたんだぜ」
ダニーロさんがポツリと言った。
「……ニーナッ……!」
マルティーノおじさまは、ダニーロさんの言葉に顔をくしゃりと歪めると、唇をかみしめて懸命に涙を堪えていた。
そんなマルティーノおじさまの様子に、もらい泣きする声があちこちから聞こえてくる。
うう、私ももらい泣きしちゃうよ。
「ダニーロさん……、何から何までお世話になりました」
「いいんだよ。早く行って顔を見せてやれ」
私たちは港の人々に別れを告げると、北の墓地を目指して歩き出した。
港から歩いて10分ほどで、北の墓地に到着した。
ポルトの町には東西南北の町外れにそれぞれ墓地があるのだという。
ニーナさんのお墓はすぐに見つかった。
簡素で小さな墓石には、"ニーナ、マルティーノの愛する妻でありマルティーナの良き母、27歳でここに眠る"と刻まれていた。
幼いマルティーナが自分で手配できた筈がないから、きっと町の人が心を砕いてくれたのだろう。
「ニーナ……、ただいま。ニーナに再び会うことを心の支えに必死に生き延びたが、君が先に死んでしまうなんて……。俺が苦労ばかりさせたせいだな。ニーナは、俺と一緒に暮らして幸せだったかな……。あの時、俺がニーナをプリマヴェーラから連れ出さなければ、君はまだ生きていたんだろうか……」
両目からとめどなく涙を流しながら、マルティーノおじさまは懺悔するかのように墓石に語りかけている。
「……ニーナは、幸せだったと俺は思う。ティーナを見れば、夫婦仲の良い両親から愛情を受けて幸せに育ったことがわかる。ニーナは最後までお前が生きていることを信じていたくらいなんだ、お前を愛してなかった筈がない。愛するお前と暮らした日々は、ニーナにとって幸せなものだっただろう」
「くっ……、ううっ……」
うっ、ううう……ズビ。
むせび泣くマルティーノおじさまが気の毒で見てられない。
私もお父様の言うように、ニーナさんは絶対幸せだったと思う!
私は、ここに来る途中に道端で摘んだ白い小さな花束を、マルティーノおじさまにそっと差し出した。
「おじさま、お花をそなえてあげてください。きっとニーナさんもよろこびます」
「ああ……、これはニーナが好きだった花だよ。ありがとう」
花屋で買ったような大ぶりで華やかな花などではない。
どこにでもあるような可憐な野の花だ。
この花が好きだったというニーナさんは、きっと清楚で控えめな女性だったのだろうと想像できた。
そうして私たちは、ニーナさんに黙祷をささげ、北の墓地を後にした。
次に私たちは、今夜泊まる宿へと向かっている。
ダニエルの実家の近くにあるというその宿は、ポルトの町一番の宿だそうだ。
ダニエルは宿には泊まらず、今夜は実家に泊まるつもりだという。
ふと前を見ると、もうもうと煙突から煙を噴き出している家があった。
まだ昼食の支度をするには早い時間なのに、あの煙はどうしたんだろう?
「ダニエル、あの家のけむりすごいね」
「え、どこですか?」
「ほら、あそこ」
「ああっ!? あれは私の実家です! すみません、火事かもしれないので、ちょっと行ってきます!」
ダニエルは煙の出所に青ざめて一目散に駆け出した。
「俺たちも行ってみよう。本当に火事ならチェリーナの魔法具で消せる」
火消し君スーパーの出番ですね!
ガッテンです!
私たちも慌てて後を追うと、煙の出る家の玄関先で、2人の子どもが騒いでいるのが見えて来た。
「わあっ! にいちゃんだ、にいちゃんだ! ほんとうににいちゃんが来たー!」
「おれが言ったとおりだろ! おれは字がよめるんだぞ!」
ん?
字が読めるですと?
そういえば忘れてたけど、ハヤメールをダニエルの実家宛に飛ばしたんだった。
「おとうさま、赤い布にはなんてかいてあったのですか?」
「えーと、確か……。"これからお前を迎えに行く。この手紙に気付いたら火をたいて居場所を知らせろ。お前の兄より"だったかな。ーーーえ、まさか」
それってダニエルが弟に宛てて書いたようにも取れちゃいますよね!?
しまった……、安易に赤い布を使いまわしたせいで、ダニエルの実家に迷惑をかけちゃったよ。
まさか、家は燃えてないよね!?




