第55話 ポルトの町へ
一夜明けると、マルティーノおじさまの足の怪我はすっかり良くなっていた。
昨夜のうちに痛みは消えていたようだが、身の毛がよだつような恐ろしい紫色に変色していた部分も、いまは通常の肌色に戻っている。
マルティーノおじさまが遭難した時に身に着けていたものは、シャツ一枚とズボンのみで、靴は履いていなかったそうだ。
服はもうボロボロになっていて、シャツなどは包帯代わりに足にまいたため片袖がなくなっていた。
「おじさま、どうして浜辺のちかくでくらさなかったのですか?」
私はマルティーノおじさまと並んで歩きながら質問した。
朝食を終えた私たちは今、トブーンが飛び立つスペースを求めて、近くの岩場まで歩いているところだ。
浜辺ならすぐにトブーンを飛ばせたのに、なんでこんなジャングルの奥に入ったのか本当に不思議なんだけど……。
「ここも一番近い浜辺まで20分程度だぞ。俺も流れ着いた当日は浜辺にいたんだが、夕方になると潮が満ちて浜辺がなくなってしまうんだよ。海が荒れている日は浜辺の近くにいることさえ危険だから、マーニが案内してくれたこの場所に小屋を作ったんだ。この辺りは野生の果物や木の実がたくさん生っているし、川が近いから魚も捕れるしな」
「マーニって?」
この島の原住民ですか?
「この子狐の名前だよ。マルティーナのマとニーナのニで、マーニと名付けたんだ。マーニがいてくれなかったら、俺はとっくに死んでいただろうな。マーニは俺が食料を自分で取りにいけなくなると、小屋まで果物や木の実を運んでくれたんだ。マーニ、ありがとな?」
マルティーノおじさまは、自分の肩に乗っているマーニを愛おしそうに片手でくすぐった。
「キュン!」
マーニは、マルティーノおじさまの顔をピンクの舌でぺろぺろと舐めた。
まるで、元気になって良かったと言っているようだ。
「ああ、見えて来た。そこが岩場だよ」
マルティーノおじさまの指さす先を見ると、川の両側に広がる岩場と、いろんな種類の果物がたわわに実る木々が見えて来た。
上を見上げると、トブーンが飛び立つスペースは十分にありそうだった。
「マルティーノ、その格好では町に入りにくいだろう。俺の服を着るといい。チェリーナ、俺のカバンを出してくれないか」
「はい、どうぞ!」
私はアイテム袋からお父様のカバンを取り出して手渡した。
「ありがとう。シャツとズボンはあるが、靴がないな。町で買うとして、とりあえず靴下でも履かせておくか」
お父様は自分のカバンをゴソゴソと漁りながら、独り言を言った。
お父様たちの足に合うサイズの靴って、その辺の町の靴屋で気軽に買えるものなのかな?
小さめに見積もっても30センチはありそうなんだけど……。
ビーチサンダル的なやつなら作れるかも?
いや、鼻緒の部分がこすれて皮が剥けちゃうかもしれないから、スリッパ型の方が足に優しいな。
私は早速定規を使ってペンタブに細長い八角形を描いた。
クッションと同じ低反発で裏がゴムになってるものにしよう。
甲の部分は丈夫な布で、色は無難な黒にしてと。
「できた! ポチッとな! おじさま、くつの代わりにこれをどうぞ!」
「おお!? これは、履物か? ありがとう。それにしても、チェリーナの魔法は何でも出せるんだな」
「なんでもは出せません。絵にかけるものなら出せますよ」
私がそう説明すると、マルティーノおじさまは首を傾げていまいちよく分かってなさそうだったが、私もペンタブ魔法をどう説明すればいいのか分からないから笑ってごまかすことにする。
えへへ、ご覧の通りクリエイティブかつエキサイティングでダイナミック、それがペンタブ魔法です!
「それじゃあトブーンを出しますね」
マルティーノおじさまの着替えも終わったので、私はアイテム袋の中から2機のトブーンを取り出して、岩場の手前の地面に置いた。
「おっ、これは椅子か?」
「ああ、それはチェリーナが出した空飛ぶ魔法具だよ。それに乗ってこの島へやってきたんだ」
「空を飛べるだって!? そんなことが出来るなんて信じられないな」
マルティーノおじさまは首を振りながら驚いている。
「ダニエルが操縦するから、お前は横に座っていればいいよ。ポルトの町まで1時間もかからないだろう」
「なにっ!? 1時間なのか? 町からたった1時間のところで俺は1年も……」
マルティーノおじさまは、思っていたよりも町が近かったことに呆然としてしまった。
「いや、この魔法具だから1時間なんだ。とても泳げるような距離ではないぞ」
お父様はマルティーノおじさまの肩に手を置いて慰めるように言った。
結果的に、この島で救助を待っていたからこうして生きながらえることができたのだ。
方角も分からずやみくもに泳いでいたら死んでいたに違いない。
「そうか……」
「それじゃあ、ハヤメールをとばしますので、みんなトブーンにのってください」
ポルトの町には知り合いがいないので、ダニエルの実家を宛先にさせてもらうことにする。
目印の赤い布は1枚しかないから、これを使いまわすしかないな。
「キャンキャンキャンッ!」
マーニがマルティーノおじさまを引き留めるかのように懸命に鳴き始めた。
「マーニ、お前も一緒に来るか? 俺は傍にいてくれると嬉しいが、お前はこの島にいた方が幸せかな……?」
そうだ、マーニはどうしたいんだろう。
あんなに縄張り意識が強かったし、この島に残るつもりかも……。
「キャン!」
マーニは一声鳴くと、素早くマルティーノおじさまの体を駆け上がってシャツの中に潜り込んだ。
あ、行くの?
別れを予想してちょっとしんみりしかけたんですけど。
……あのさあ、そんなにあっさりこの島を捨てられるんなら、木の1本くらいであんなに怒らなくてもよかったんじゃないかな?
でもまあ、気を取り直して出発しましょうか。
「さあ、ダニエルの実家へとんでいけー!」
飛び立ったハヤメールの後に続いて、お父様もトブーンを上昇させた。
「おおっ! 飛んだぞ!」
後ろでマルティーノおじさまが興奮している声が聞こえる。
あんまりはしゃいで落ちないでね?
浮き輪とか用意してませんから!
数十分が経ったころ、遠くにポルトの町が見えて来た。
青い屋根に白い壁だと海に同化してしまって、気を付けていないと見過ごしてしまいそうだ。
一体感があってとても綺麗だけど、なんでわざわざあの色にしたんだろう?
「おとうさま、どうしてポルトの町は青と白なんですか?」
「敵に見つからないようにだろうな。今は平和だが昔は戦乱の世の中で、海から他国の船が攻めてくることもあったらしい」
そうなんだ……。
平和な時代に生まれてよかったな。
戦争なんてずっと起こらなければいいのにね。
「さすがにトブーンで町中に乗り付ける訳にはいかないな。町近くの浜辺に下りよう」
「はい」
そうして私たちは浜辺へ下り立った。
トブーンをアイテム袋に仕舞って、広い砂浜をザクザクと歩いて行くと、10分ほどで港の外れに到着した。
港には、大きな船は1艘だけだったが、色々な大きさの釣り船がたくさん浮いている。
「私の父は港で働いているんです」
ダニエルがそういうと、マルティーノおじさまも頷いた。
「ダニーロさんは港の人足頭で、俺がポルトの町に来たばかりの頃からよく世話になってたんだ」
へえー。
港で働くというと、たぶん荷卸しとかの力仕事だよね。
貴族家のお坊ちゃまがよくやれたなあ。
やっぱりプリマヴェーラ辺境伯家の血だよね、私たちどこででもたくましく生きていけそうだもん。
遠くに港で働く人たちが見えて来た。
向こうからも私たちの姿が見えたのだろう、こちらを凝視している人がたくさんいる。
ざわめきがどんどん大きくなっていく。
やあやあ、みなさん何を見てるの?
そんなにざわざわしちゃって、私のこと女優かアイドルとでも間違えてるのかな?




