第54話 真実を伝える時
「腹が減った……」
この島に住みつく怪物の鳴き声かと思いきや、どうやら人間の腹の虫が鳴く声だったようだ。
お腹を押さえてムクリと体を起こすマルティーノおじさまは、最初に見つけた時とは打って変わって顔色がいい。
よく見ると、赤い髪も琥珀色の目もお父様にそっくり!
体は痩せているものの背はお父様と同じくらいありそうで、ひげもじゃの顔も山賊バージョンのお父様と瓜二つだった。
「マルティーノ、起きたのか」
マルティーノおじさまが眠ってからまだ2時間も経ってないと思うけど、ずいぶん元気そうになった。
「腹が減って寝てられない。ここ数日まともに食べてないからなあ」
マルティーノおじさまはお腹をさすりながら空腹を訴える。
ええ、お腹が空いているのはさっきの腹の虫でよーく伝わりました。
「パンをたべますか?」
軽めのものから食べた方がよさそうだし、とりあえず朝食にしたサンドイッチを勧めてみよう。
「パン!? おおっ、パンを食べるのは1年ぶりだ!」
よかった、喜んでもらえてる。
中身は、たまごサンド、ハムチーズレタスサンド、ツナサンドが入ったミックスサンドですよ。
「ポチッとな! はいどうぞ!」
私がサンドイッチの入った箱を差し出すと、マルティーノおじさまは目を丸くした。
「な、なんだ? 見たことのない魔法だな」
「ああ、チェリーナは創造魔法が使えるんだ。魔法で食べものを出せる」
お父様は、心なしか自慢げに胸を反らした。
「すごいな……。あの小さかったチェリーナが希少な創造魔法を……」
あれ、私とマルティーノおじさまって会ったことがあるの?
「あれから6年も経っているんだ。色々変わっているさ。チェレスは風魔法を使えるようになった」
「そうか……。6年経てば、チェレスももう10歳になっている筈だな……」
どうやら、6年前まではマルティーノおじさまと普通に交流があったようだ。
もしかすると、結婚して独立するまでは一緒に暮らしていたのかもしれない。
「さあ、腹が減っているんだろう? 食事をしろ。飲み物は何にする? 俺のお勧めはマンゴージュースだ」
「よく分からないが、そのお勧めをもらうよ。ーーーーうっ、うまいな!」
マルティーノおじさまはサンドイッチにかぶりつき、1年ぶりのパンの味に涙を流さんばかりに感動している。
ちょうどダニエルも枝集めから戻ってきたことだし、みんなで夕食にしよう。
「おとうさまとダニエルは、何をたべますか?」
「俺は牛のステーキとマンゴージュース」
「私も牛のステーキとマンゴージュースをお願いします」
は?
ステーキって、今日のお昼に食べたやつだよ?
聞き間違いかな?
「ステーキはお昼にたべましたよ? ちがうものがいいんじゃないですか?」
「いや、あのステーキは衝撃的な美味さだったからな、いくらでも食える」
ダニエルも控えめにウンウンと頷いている。
「俺もそのステーキ食いたい」
「キューンキューン」
サンドイッチをあっという間に食べつくしたマルティーノおじさまもステーキを食べるらしい。
病み上がりでステーキって大丈夫なの?
それに子狐までステーキを食べたがってるけど、お腹を壊しても知らないからね?
「ポチッとな! 出しましたけど、ちがうのがたべたくなったら言ってください」
お父様は1回に3~4個、ダニエルも2個は食べるからね。
なんか、お肉ばっかり食べるお父様たちを見てたら胸やけがしてきたから、私は軽くフルーツサンドで済ませよう……。
カスタードクリームと、ホイップクリームと、いちごが挟んであるサンドイッチをモグモグと食べていると、私が何を食べているのか気になったらしいお父様が尋ねてきた。
「チェリーナのそれは何だ?」
「くだもののサンドイッチです」
「ふーん。美味そうだな。俺も食事が済んだら食べる」
食事が済んだらって、デザート感覚ですか。
お父様って厳つい見た目に似合わず、意外と甘いものが好きなんだよね。
ダニエルとマルティーノおじさまもガン見してるってことは食べたいんだな、わかりましたよ。
お腹がいっぱいになったところで、私たちは明日の出発について打ち合わせをすることにした。
「マルティーノ、明日の朝ここを発とうと思うが、体調はどうだ?」
「ああ、不思議なことにすっかり元気になったよ。足の痛みもなくなった。岩場で足をざっくり切ってから、食べ物もろくに食べられなくなるほど弱ってしまったし、てっきり俺の命もここまでだと思ったんだが」
マルティーノおじさまは足を曲げたり伸ばしたりして、足の具合を確かめながら返事をしている。
「危ないところだったんだぞ。チェリーナの魔法で出した回復薬と治癒薬のおかげで助かったんだ」
「チェリーナが……。ありがとう、チェリーナ。チェリーナの魔法はすごいんだな」
いやあ、それほどでもー。
面と向かって褒められると照れちゃうけど、何ならもっと褒めてくれてもかまいません!
「それにしても、兄上はいったいどうやって俺を見つけることが出来たんだ?」
「ダニエルがお前が行方不明になっていることを知らせてくれたんだ」
「ダニエル?」
マルティーノおじさまは、いま初めてダニエルの存在に気が付いたかのようにまじまじとダニエルの顔を見た。
「もしかして、ダニーロさんの息子か? プリマヴェーラ辺境伯領の騎士かと思っていたが、なぜここに……」
「ダニエルはうちの騎士見習いだよ。アゴスト伯爵領からうちまで、1ヵ月以上かけてティーナを連れて来てくれたんだ。その誠実な人柄を買って、うちで雇い入れることにした」
「なぜダニエルがティーナを連れてプリマヴェーラ辺境伯家へ? ニーナはどうしたんだ?」
ーーーああ……、ついにこの時が来てしまった。
お父様はやりきれない表情を浮かべながらも、覚悟を決めたようにマルティーノおじさまに真実を告げた。
「ニーナは……、病気で亡くなったそうだ……。亡くなる前にティーナにプリマヴェーラ辺境伯家を訪ねろと言い残したらしい。ティーナは、うちにお前がいると思って、はるばるアゴスト伯爵領からお前を捜しに来たんだよ」
「……う、嘘だ! ニーナが死んだなんて、俺は信じない!」
蒼白になりながら必死に否定しているが、一方でお父様がこんなことで嘘を言うはずがないとも思っているのだろう。
マルティーノおじさまの表情は、見る見るうちに絶望に染まっていった。
お父様は、それ以上何も言わなかった。
涙を流し始めたマルティーノおじさまをただ静かに見守っている。
「ニーナの……、墓に連れて行ってくれ……」
しばらくしてマルティーノおじさまは、この悪い知らせが真実であることを受け入れるしかないのだと悟ったようだった。
私たちがこうして迎えに来ていることが、お父様の話が本当である何よりの証拠なのだから、疑う余地がなかったのだろう。
「明日、港町のポルトへ寄る。ニーナの墓を参って、ポルトで一泊しよう。明後日にみんなでプリマヴェーラ辺境伯家へ帰ればいい」
「俺は……帰れないよ」
ええっ、せっかく助けに来たのに、まさかの帰らない宣言!?
なんでなんで?
マルティーノおじさま、どうしてなんですかっ?
「何を言うんだ。ティーナがお前を待っているんだぞ。あの子にはもうお前しかいないんだ」
お父様が窘めるが、マルティーノおじさまは頷かない。
「マルティーノさん……、ティーナを迎えに行ってやってください。あの子は、あなたに会うために一生懸命頑張ってきたんです。まだ5歳だというのに、たった一人で歩いてプリマヴェーラ辺境伯家へ行くつもりだったんですよ。とても気丈な子で、昼間は努めて明るく振る舞っていますが、夜になると親を恋しがって泣くこともたびたびありました。あなただけが、ティーナの心の支えなんです」
ダニエルが語るマルティーナの様子に、マルティーノおじさまは胸をえぐられたように嗚咽を漏らした。
「う、ううっ……、ティーナ……ッ!」
「マルティーノ、帰ろう……、我が家へ」
お父様がマルティーノおじさまの背をポンポンと叩きながら言うと、今度はおじさまも否とは言わなかった。
マルティーナ……、元気そうに見えていたけど、辛い思いをしていたんだな。
本当の気持ちを隠しているなんて水臭いよ。
これからは私のことも頼ってもらえるように、マルティーナのお姉ちゃんとして私も頑張るね……。




