第52話 不思議な生き物
私の頭を踏み台にして、何かが飛んでいった。
姿は見えないが、この島に生息する危険な野生動物かもしれない。
「チェリーナ、どうした?」
「なにか、います!」
「何かって何だ? 何も見えないが」
お父様はぐるりと辺りを見回したが、何も見つからなかったようだ。
「チェリーナの頭にとびのって、またどこかへ行きました!」
「鳥か?」
鳥にしては重かったし、鳥なら爪が痛そうだから、たぶん違うと思う。
「もっと重かったです」
「猿かな」
「後ろを歩く私には、何も見えませんでしたが……」
ダニエルが気が付かないうちに姿を消すほど俊敏なら、猿なのかもしれない。
熱帯風のこの島なら、野生の猿がいてもおかしくはないけど……。
「マルティーノを呼びながら歩くか。声を出していれば、猿が近寄ってくることもないだろう」
「そうですね。もうマルティーノさんに声が届く距離かもしれませんね」
そうだよ、近くにいるからハヤメールがこのジャングルの中に入ったんだもんね。
遠く離れたところにいるなら、ジャングルに入らず上空を飛んだはずだ。
「チェリーナ、念のためマントのフードを被っておけよ」
「はい」
私の頭に飛び乗れるほどの小さな猿なら危険はないとは思うけど、お父様に言われた通り結界のマントのフードを頭に被った。
そういえば、結界のマントをしっかり着込んで、さっきの崖下に飛び降りたらどうなるんだろう?
試す気にはなれないけど、無事なのか死んでしまうのか気になるな。
スイカでもあれば包んで実験できるのにね。
「おーい、マルティーノー! 聞こえたら返事をしろー!」
「マルティーノさーん!」
「マルティーノおじさまー!」
私たちはマルティーノおじさまの名前を呼びながら歩き出した。
返事が聞こえないか耳をすませてみるけど、自分達が立てるガサガサという足音が聞こえるばかりだ。
はあはあ……、ふう……。
大声を出しながら歩くのは、疲れが倍増するな……。
ちょっと、また、きゅうけい……。
「ふぎゃっ!?」
突然私の視界がもふもふで一杯になった。
なんなの、前が見えないよ!
「どうしたっ? これは……、猫か?」
「猫にしては顔が立体的ですね。口の辺りは犬か狐のように見えますが、このしっぽの大きさを見ると狐なのかな……?」
私が目の前のもふもふを退かそうと懸命に手で払うも、もふもふの主はまったく退く様子がない。
「おとうさまー!」
「ああ、ちょっと待ってろ」
お父様が私の方に手を伸ばす気配がすると、もふもふの主は私の頭の上から肩へとサッと飛び移る。
首を捻って自分の肩を見ると、そこには、ノルウェージャンフォレストキャットのようにもっふもふの生き物がいた。
なにこれ、狐の子ども?
狐って人の肩に乗るんだっけ?
もふもふのゴージャスな毛皮をまとった子狐は、体の大きさに対してしっぽと耳が目立って大きく、淡い光を放っているかのような純白でとても美しい。
小さな顔の中にある大きな目は、キラキラと光る星がちりばめられている青いビー玉のようで、まるで小さな宇宙さながらに神秘的だ。
……私と目が合ったとたん、シャーッと威嚇してきて可愛い顔が台無しになったけど。
まさか、顔に噛み付いたりしないでしょうね!?
真っ白い子狐は、くるっと体の向きを変えると、もふもふのしっぽをバフッバフッと私の顔に打ち付ける。
「ぶふぁっ! もうっ、なにっ!?」
結界のマントって全体的に守ってくれるのかと思ったのに、顔が守られてないじゃない!
「何だろうな? チェリーナに怒ってるように見えるな」
「おこられるようなこと、してません!ーーーぶへっ! けっかいが、やぶられてます!」
全然心当たりがないから否定したのに、いっそう力強くしっぽを当ててくるよ!
毛にくすぐられて、くしゃみが出そうー!
「……やっぱり、怒ってるんじゃないか? エスタンゴロ砦の戦いでは、結界のマントは体全体を守ってくれたのにおかしいな」
「それにしても、何に対して怒っているのでしょうか。私たちもマルチェリーナ様とずっと一緒にいましたし、怒らせるようなことは何もしていないと思いますが……」
ほらー、ダニエルもそう言ってるじゃない!
「そうだなあ」
「浜辺にトブーンを止めて、おべんとーを食べて、それからはずっと歩いてますよね。あ、途中で崖を渡ってーーー」
「キャンッ!」
それだよ、と言わんばかりに子狐が鳴き声を上げる。
「えっ? 崖を渡ったこと? でも、崖は3人とも渡ったしな……、あ、もしかして、木? 木を切り倒したこと?」
「キャンキャン!」
ダニエル、すごいな。
子どもばかりか小動物の扱いまでお手の物とは恐れ入った。
あの木を切るのにこの子狐の許可が必要だったなんて、自力じゃ到底その答えにたどり着けなかったよ!
「この辺りはお前の縄張りなのか? 勝手に切って悪かったな、止めなかった俺の責任だ。チェリーナのことは許してやってくれないか?」
お父様は子狐をそっと片手に乗せて、こちょこちょと子狐のあご下をくすぐりながら謝った。
手のひらに乗っている体は20センチほどと小柄だが、しっぽは体と同じくらいのボリューム感がある。
「きゅう……るるるるる」
子狐は大きな耳をぴるぴると動かし、うっとりと目を閉じると満足げな顔で喉を鳴らした。
え、狐って喉鳴らすの!?
「その子……、おとうさまのことが好きみたいです」
「はは、そうかな」
「かなり人に慣れているようですよ。こちらの言っていることも理解しているようですし、もしかしてマルティーノさんを知っているのかもしれないですね」
そう言われてみれば、確かにダニエルの問いかけに的確に返事をしていた。
ダニエル、すごいよ、名推理だよ!
見た目は大人、頭脳も大人だ!
「そうかもしれないな! お前、俺の弟を知っているか? 俺と同じ赤毛で大柄な男なんだ」
お父様は子狐を顔の高さまで上げて、目線を合わせながら尋ねた。
「キャンッ!」
子狐は一声鳴くと、お父様の手のひらから飛び降りて、シュタッと見事に着地した。
おそろしく身軽なんだけど……、狐、でいいんだよね!?
子狐はそのままタタタと進むと、付いて来いと言いたげにくるりと振り向いた。
「マルティーノを知っているみたいだな! 付いて行ってみよう」
「はい!」
思わぬ助っ人が現れたおかげで、無事にマルティーノおじさまが見つかりそうだ。
そう喜んだのも束の間、身軽な子狐は生い茂る草をものともせず走って行き、あっという間に10メートルほど距離を取られてしまった。
「まってよー!」
モタモタと追いかけるが、子狐は振り向きもせず行ってしまう。
どうやら私の声は無視するつもりのようだ。
「おーい、もっとゆっくり行ってくれ」
お父様が呼び止めると、子狐はピタリと足を止めてこちらに顔を向けた。
わりと露骨に好き嫌いを出す子だよね!?
「かってに木をきってごめんねー!」
そういえば私、まだこの子に謝ってなかったんだ。
もう許してください、この通りです!
私が謝ったことで気が済んだのか、子狐は機嫌よくしっぽを揺らして、私に歩調を合わせて歩いてくれるようになった。
ふう……、お狐様の機嫌がなおってよかった。
子狐に先導されてしばらく無言で歩いていると、木々の間に、大きな葉を重ねて作ったような小屋らしきものが見えて来た。
粗末な小屋ではあったが、どうみても人が作ったものに違いない。
小屋の出入り口あたりを飛ぶハヤメールの姿も見える。
ハヤメールはその小屋の中に入ろうとがんばっているけど、空中で何かに跳ね返されて入れないようだった。
「あそこに、マルティーノがいるのか……?」




