第50話 無人島上陸
私たちは朝早くから快調にトブーンを飛ばし、もうまもなく港町に着くだろうと思われる辺りを飛んでいた。
ふと遠くに目をやった私は、地平線の向こうがキラキラと光っていることに気が付いた。
「おとうさま! 見てください、海がみえてきました!」
「ああ、本当だ。キラキラ光っているな。おっ、町も見えてきたぞ。きっとあれが港町のポルトだろう」
そう言われて目を凝らしてみると、キラキラと光る海の手前に、青い屋根に白い壁の家々が所狭しと建ち並んでいるのが見える。
どうやら私たちは、予定通り午前中のうちに港町の手前まで来ることが出来たようだ。
「そろそろハヤメールをとばしますか?」
「そうだな。港町に寄る必要はないから、この辺りでそろそろ飛ばそうか。いったん休憩を取ってから無人島へ向かうとしよう」
「はい!」
私たちは少し開けた草原にトブーンを下ろすと、無人島探索に備えて短い休憩を取ることにした。
その間に私は、ハヤメールの行先を書き換えることにする。
「まだ9時過ぎか。だいぶ早く着いたな。このまま順調にいけば、午後にはマルティーノが見つかるかもしれないな」
お父様は時間を確認しながら、海の方向に視線を向けた。
トブーンを下ろしてしまったのでここから海は見えないけど、視線の先のどこかにマルティーノおじさまがいると思うと気持ちが逸るのだろう。
「きっとすぐに見つかりますよ! ハヤメールのじゅんびをしますね」
私はペンタブを操作して保存しておいたハヤメールの絵を出すと、宛先を"マルティーノおじさま行き"に書き換えた。
猛スピードで飛ばれて見失うと困るから、"トブーンと同じスピードで飛ぶ"も書き加えよう。
うん、これでよし!
「おとうさま、じゅんびができました!」
「ああ、ありがとう。この先何時間も休憩できないかもしれないから、もう少し体を休めよう。チェリーナ、マンゴージュースをくれ」
お父様、マンゴージュースだいぶ気に入ったよね。
私もマンゴージュースが一番好き!
「ダニエルは?」
「私もマンゴージュースをお願いします」
はーい、マンゴージュース3丁ね!
「ポチッとな! はい、どうぞ」
そうして私たちは、マンゴージュースをぐびぐびとあおりながら海の方向を向いて、まだ見ぬ無人島に思いを馳せた。
「それじゃあ、そろそろ出かけよう。チェリーナ、ハヤメールを頼むよ」
お父様は腰を上げると、そう言ってトブーンに乗り込んだ。
「はい! マルティーノおじさまのところへいけーーーー!」
私は、目印の赤い布を結び付けたハヤメールを空へポーンと放り投げた。
ハヤメールは空中でブブブと音を立てて動き出し、そのまま海の方向へと飛んで行く。
「おお、海に向かって飛んで行くな! 早速追いかけよう!」
「はい!」
私がトブーンに座ると、待ち構えていたお父様はすぐさまトブーンを上昇させた。
「マルティーノ、もう少しだ! 待ってろよ!」
お父様は表情をキリリと引き締めそう宣言すると、ハヤメールの後を追った。
ハヤメールは、港町を大きく逸れた右手に向かって飛んでいる。
どうやら、予想とは違って港町へは行かないようだ。
そのままあっという間に海の上に出ると、視界一杯に青い海が広がった。
ハヤメールの後を追っているのでなければ、方向感覚がなくなってしまったに違いない。
かろうじて空と海の境が分かるだけで、それくらい何の目印もない、見渡す限りの青だった。
「広いな……、何もない……」
あれ?
お父様、呆然としてない?
「はじめて海を見たのですか?」
「いや、魔法学院に通っていた時に、校外学習で一度だけ海に行ったことがあるが……。浜辺から見る景色とはだいぶ違って見える。あの時は多くの船が行き交っていたし、遠くに島なども見えていたが、ここは何もないな」
ふーん、王都に近い海なら、ポルトの町よりも船を使った交易が盛んなのかもしれないね。
この世界には飛行機もないし、上から海を見る機会なんて皆無だろうから驚くのも無理はない。
やっぱり、慣れてる私が付いてきて正解だった!
「おとうさま、チェリーナがついてますから安心してください! なれてますから!」
「……お前は、海に来るのは初めてだよな? 安心できる要素が見当たらないんだが……」
「だいじょうぶですよ!」
前世では小さい時から海に連れて行ってもらってたし、家族旅行で美しいうみ水族館だって行ったことがあるから、もう海のエキスパートと言っても過言ではないよ!
「なんでそんなに自信満々なのか分からないが……、まあ、よろしく頼むな」
「はい!」
そのまま30分ほど飛び続けると、遠くに島が見えて来た。
あれがマルティーノおじさまのいる島かな?
「おとうさま、島が見えます!」
「ああ、島だな。ん? 向こうにも島があるぞ」
見回して見ると、いつの間にかいくつかの島が見えるようになっていた。
ハヤメールはその中の1つの島にまっすぐ飛んでいるようだ。
「おとうさま、ハヤメールはあの島にむかって飛んでいます。あそこにおじさまがいるんじゃないですか?」
「そうだな! きっとあの島にいる!」
私が指さす島を見ながら、お父様は期待を抑えきれずに弾んだ声を出した。
そして、それから20分ほどで私たちはおじさまがいると思われる島の一つに上陸した。
「ハヤメールを見失ってしまったな」
ハヤメールがこの島に飛んできたことは間違いなかったが、私たちはジャングルのような木々の間に吸い込まれてしまったハヤメールをそれ以上追いかけることが出来ずにいた。
上空を旋回しながら、思わぬ事態に対策を講じているところだ。
「木がじゃまで、おいかけられませんね……」
あと少しだったのに、ここまで来て足止めを食らうとは思ってもみなかった。
「仕方がない。どこか開けた場所にトブーンを下ろして、そこからは歩くとしよう。マルティーノが手紙に気付いて、火をおこしてくれると見つけやすいんだがな」
「そうですね。……ハヤメールは、おじさまのところへ行けたでしょうか? どこかの木にひっかかっているかも……」
この辺りの木は、上から地面が見えないほど葉がわさわさと密集している。
もしかしたら、どこかに絡まって動けなくなっているかもしれないと心配になってきた。
「そうだな……。ハヤメールが戻ってこないところを見ると、まだマルティーノの手元には届いてないんだろうな」
「はい……」
「この辺りには下りられそうもないな。いったん浜辺に戻ろう」
浜辺に戻ってトブーンを下ろした私たちは、アイテム袋にトブーンを仕舞って、歩いておじさまを探しに出かけることにした。
「それじゃあ、ここで昼食を済ませて、ゲンキーナを飲んでから捜索に出ることにしよう」
「はい。マルティーナ様、疲れて歩けなくなったら背負いますので、教えてくださいね」
ダニエルは二コリと笑って、私にそう声をかけた。
わあ、ダニエル優しいなー。
これはマルティーナじゃなくても好きになっちゃうね!
「ありがとう、ダニエル!」
「お父様だっていくらでも背負うぞ」
わかった、わかった、順番にね!
私のために争わないで!
さてと、これから歩き回るなら力をつけないとな。
豪勢に最高級和牛フィレステーキ弁当にしてみよう。
付け合わせは、ジャーマンポテトに、いんげんのソテー、ニンジンのサラダでいいかな。
「ーーポチッとな! さあ、おべんとうをどうぞ! 牛のステーキです」
「おお、ステーキか。俺の好物だ」
ふふふ、牛は牛でも最高級和牛フィレステーキだよ!
いつものステーキとの違いをとくとご堪能ください!
「んんっ!? こ、これはっ! 本当に牛のステーキなのか? 一口噛むごとに肉汁が溢れ、口の中で溶けるように柔らかい!」
「こんなに美味しいステーキは食べたことがありません! 牛の肉がこんなに柔らかいなんて!」
お父様もダニエルも夢中になってステーキを頬張っている。
うんうん、やっぱり和牛はひと味違うよね!




