第48話 旅の空
広い森を抜けた私たちは、トブーンを下して小休止を取ることにした。
ぐぐーっと伸びをして体の凝りをほぐしていると、ダニエルが弾んだ声で話しかけてきた。
「マルチェリーナ様、このトブーンという乗り物は素晴らしいですね! この短時間でこんなところまで来れるとは驚きました。私たちがこの辺りを通った時は、荷馬車で半日はかかりましたよ」
荷馬車はたくさん荷物を積んでいるので、普通の馬車よりもスピードが遅くなる。
トブーンの1時間は馬車でいうと4時間、荷馬車でいうと6時間くらいに換算できそうだな。
えーと、そうすると、馬車で1日8時間移動するとして、港町まで1週間の距離ということは……56時間くらいかかるってことか。
トブーンで行けば1/4の時間に短縮できるから、56÷4で14時間くらいだね。
「トブーンなら、みなと町まで14時間くらいでいけるんじゃないかな!」
「ええっ!? まさか、そんな! 私たちは1ヵ月以上かかったのに……!」
ダニエルは、トブーンのあまりの速さに目を剥いている。
それより、1ヵ月もかけて来てくれたなんて、そっちのほうがビックリだよ。
働きながら旅をしたと言っていたから、時間がかかるのは仕方がないのかも知れないけど、ずいぶん苦労して来てくれたんだな。
「チェリーナ、14時間くらいで行けるのか? それなら、今はまだ7時前だから、休み休み行ったとしても明日の午前中には港町に着けそうだ。2日はかかるだろうと思っていたから、2日目の夜は港町に泊まって、3日目の朝に無人島へ出発しようと思っていたが、この分なら明日中に無人島へ発てるかもしれないな」
お父様が懐中時計で時間を確認しながら言った。
「はい、たぶん着けると思います!」
適当な計算だけど!
でも、今みたいに道なりに飛ぶんじゃなくて、直線距離で行けばもっと短縮できるかもしれないよ。
「そうか。チェリーナ、何か飲み物を出してくれないか」
「あまいのと、さっぱりしたの、どっちがいいですか?」
いつもの紙パックシリーズに、マンゴージュースとレモネードも追加してみよう。
「そうだな。さっぱりしてるのにしてみよう」
じゃあ、お父様はレモネードで。
私はマンゴージュースにしてみるよ。
「ダニエルは? りんごジュースと、ぶどうジュースと、オレンジジュースと、つめたい紅茶があるよ。それから、レモンジュースとマンゴージュースも」
「マンゴー? それは何ですか?」
あれ、マンゴーってこっちにないんだっけ?
「甘くてとってもおいしいくだものだよ! チェリーナはそれにする」
「はあ。では、私もそれをお願いします」
おお、ダニエルとは好みが合うね!
では早速、紙パックの文字を書き換えてと。
「ーーポチッとな! はい、おとうさま。レモンジュースですよ」
「ああ、ありがとう」
「ダニエルにはマンゴージュース」
「ありがとうございます」
ダニエルは、私たちの紙パックの開け方をじっと見て、見よう見まねでジュースを飲み始めた。
「んんっ!? これは美味い! とろりとした濃厚な味ですが、しつこくなくていくらでも飲めそうです!」
「へえ、そんなに美味いのか。チェリーナ、俺にも一口くれ」
仕方ないなあ、人が食べてるものの方が美味しそうに見えるもんね。
「はい、どうぞ」
「ごくごくごく……。うん、美味いな。次の休憩の時はこれにしよう」
お父様、今さりげなく3口飲んだよね?
まあ、私には量が多いから別にいいけどさ。
そうだ、忘れないうちにクッションを出さないと。
低反発で裏に滑り止めが付いてるやつにしよう。
ズリ落ちたら危ないもんね。
私はカバンの中から定規を取り出すと、ペンを持ってクッションの絵を描き始めた。
トブーンの座席一面に敷き詰められる細長い形で、厚みも5センチくらいはあった方がいいよね。
「できた! ーーーポチッとな!」
ぽふんと軽い音を立てて2つのクッションが現れた。
私はそれをサッと拾い上げると、滑り止めの面を下にしてトブーンの座席に敷いた。
「おお、クッションか! それはありがたいな」
どうやらお父様もお尻が痛いと思っていたようだ。
早速座って試してみると、低反発がいい感じにフィットして、痛みが軽減されそうだった。
ベッド代わりも、もうこれでいいじゃないの。
ちょうど細長いし、サイズだけ変えればばっちりだよ。
ふうっ、いい仕事したな!
私の活躍によってみんなのお尻は守られた!
短い休憩を終えると、その後も私たちは空が茜色に染まるまでトブーンを飛ばし続けた。
「もうそろそろ暗くなるな。今日はこの辺りで野宿するとしよう」
「はい」
ううー、さすがに疲れたよー。
途中で小休止やお昼の休憩などを取りはしたけど、長時間の飛行で体のあちこちがギシギシと痛んだ。
……これはゲンキーナの出番だね。
お父様とダニエルは、2機のトブーンを少し離して向かい合わせになるように着陸させると、真ん中に枝を集めてたき火の準備を始めた。
私も食事と寝床の準備をしようっと。
お昼はハンバーグ弁当を食べたから、夜は別のものがいいよね。
から揚げ弁当か、とんかつ弁当はどうかな?
「おとうさま! お肉は、とりとブタのどっちがいいですか?」
「ん? おべんとーは別の料理も出せるのか? そうだなあ、豚がいいかな」
とんかつ弁当ですね、了解です!
なんかお水が飲みたいから、飲み物はミネラルウォーターにしよう。
それで食後にゲンキーナを出せば完璧だ!
「ーーポチッとな! おとうさま、夕食のよういができました!」
「おお、ありがとう。たき火の用意も済んだよ」
お父様が地面に直に座ろうとしたところで、私は待ったをかけた。
「おとうさま、ねどこを出しますので、その上にすわってください」
「寝床?」
お父様は、何を出す気だと言いたげに私を見た。
いや、さすがにここにベッドは出しませんから心配しないでください。
「ーーポチッとな!」
「ああ、トブーンのクッションの大きさを変えたのか。このクッションは座り心地がいいよな。これならよく眠れそうだ」
私とお父様は、同じクッションに並んで腰を下ろした。
大きさを変えたので、厚みも変わって更に座り心地がよくなっている。
ダニエルも自分の分のクッションに腰を下ろし、その弾力にほうっとため息をついた。
「これが旅用の寝床だとはとても信じられません。私が今まで使ったどのベッドよりも心地いいです」
えへへ。
低反発クッションにしてよかった。
座り心地を追求した甲斐があったよね。
「さあ、おべんとうを食べましょう!」
「どれどれ。この茶色いソースがかかっているものが豚肉か? ーーーうん、これは美味い! 昼に食べたおべんとーよりも噛み応えがあって、肉を食べてる感じがするな!」
お父様はサクッといい音を立てて、大きな口でお肉にかぶりついている。
ハンバーグよりもとんかつ派みたいですね。
私もとんかつ大好き!
とんかつの付け合わせは、定番のキャベツの千切りに、アスパラのお浸し、マカロニサラダ、そしてプチトマトです。
ダニエルもおいしいおいしいと言いながら、不器用な箸使いでお弁当をかき込んでいる。
どんどん食べてね!
「ふうー、食った食った! 腹が膨れたら眠くなってきたな……」
「ふわあ……」
満腹になった私たちは、その場でごろんと横になった。
最後にちゃんとゲンキーナも飲んだけど、やっぱり眠気には勝てそうもない。
「見張り……を、しないと……」
ダニエルも眠そうな声で、ごにょごにょとうわ言のように何かを言っている。
ああ、シャワーも浴びてない。
でも、もう眠くてまぶたがくっ付きそうだよ……。
どうやら、私たちはそのまま3人揃って寝てしまったようだった。
ハッと目が覚めた時には、ガサガサという複数の足音が、私たちのすぐ傍まで近づいていた。




