第47話 出発の朝
私が朝食を食べ終えてお母様たちと一緒に外へ出ると、お父様とダニエルは既にトブーンを玄関前にスタンバイさせて、準備万端で私を待っていた。
「おとうさま! ダニエル! おはようございます!」
私に気付いた二人は、笑顔で挨拶を返してくれた。
「おはよう、チェリーナ」
「おはようごさいます、マルチェリーナ様」
二人は旅装に身を包み、腰に剣をさして小さめのカバンを肩から斜めに掛けている。
背負うタイプだと座りにくいもんね。
私は手ぶらでいいのかなあ?
食べ物と飲み物は持って行かなくても大丈夫だけど、着替え位は持った方がいいの?
「お嬢様、こちらのお荷物をお持ちください。お着替えが入っております」
おおー、さすがカーラ!
私の代わりに準備しておいてくれるとは、デキる侍女だね!
「ありがとう!」
「チェリーナ、早速で悪いが、ダニエルにも結界のマントを出してやってくれ。それから自分の分もな。念のために結界のマントを着て出かけよう。姿を隠せるし、攻撃も防げるからな」
なるほど、それはいいかも!
どこぞの盗賊に矢で狙われるかもしれないもんね。
よく見ると、お父様は自分用の結界のマントを裏返しの状態にしてカバンに掛けていた。
どうでもいいけど、お父様と迷彩柄ってすごく似合うよね。
「ポチッとな! はい、ダニエルのマントです!」
「ありがとうございます! このような貴重なものを私などにお貸しいただけるとは……、大切に使用させていただきます!」
ダニエルは、緊張の面持ちで結界のマントをうやうやしく受け取った。
いや、別にそこまでかしこまらなくても。
いくらでも出せるから、失くしたらまた言ってね?
「そうだ、おにいさまのトブーンも出してあげないと!」
「おお、そうだった。頼むよ、チェリーナ。これを忘れたら、またえらいことになる」
お兄様の機嫌を取るのに四苦八苦しただけあって、お父様はだいぶ懲りたみたいだ。
本当なら本人の希望を聞いて出してあげたいけど、私たちはもう出発しないといけないから仕方がない。
ええと、お母様に風魔法の加速方法を教えてもらうなら、二人乗りのトブーンじゃないとだめだよね。
二人乗りのトブーンの色だけ変えて、1号機と同じ白にしてあげればいいかな。
「おにいさまは、1ごうきが好きでしたから、同じいろのトブーンにしますね」
「小さい方は、白い色だったな。白ならば雲と同じ色だし、悪目立ちすることもないだろう」
あ、そんなことも考える必要があったの?
もしクリス様も自分のトブーンがほしいって言ったら、クリス様には目の色と同じ紫にしてあげようと思ってたけど、そういうことなら紫は止めた方がよさそうだ。
夕方の空の色と同じオレンジはどうかな?
私の分は、髪の色とも太陽の色とも同じ赤がいい!
太陽って赤なのかオレンジなのか黄色なのか、ちょっと迷うところだけどね。
「ーーポチッとな! おかあさま、おにいさまがおきたらトブーンのことを教えてあげてください」
「ええ、わかったわ。そういえば、ハヤメールに結ぶ目印の布は持った? その布に、あなたたちが迎えに行くことと、手紙を読んだら火をたいて居場所を知らせるようにと書いておいたらいいんじゃないかしら?」
わあ、お母様頭いいー!
羽ペンとインク持参で旅するよりも、前もって布に書いておいたほうがいいよね。
それに、煙が出ていれば遠くからでも見つけやすい。
「おお、それはいい。早速書くとしよう。この前の赤い布はどこにある?」
「書斎に布をお持ちいたしますので、そちらでお待ちくださいませ」
屋敷の中に入りながら布のありかを尋ねるお父様に、セバスチャンが返事をしている。
お父様が戻ってくるまで何をして待っていよう?
ヨガマットをまだ描いてなかったから、今のうちに描いておこうかな。
えーと、定規はどこだろ?
ごそごそとポケットを探るが、定規が見つからない。
いつもカーラがポケットに入れておいてくれるのに。
「カーラ、じょうぎはどこ?」
「おカバンの中に入ってますよ」
「ありがとう!」
さすがカーラ、抜かりなしだね!
「旦那様が食べ物の準備は不要だとおっしゃるのですが、本当に何も持って行かなくていいのでしょうか?」
カーラが心配そうにお母様に尋ねている。
そういえば、カーラはお弁当を見たことがなかったかもしれない。
「大丈夫よ。チェリーナは、エスタンゴロ砦で信じられないほど大量の食べ物や飲み物を出していたのよ。騎士たちの話では、とても美味しいらしいわ」
「そうなのですか。それなら良いのですが……」
まだ心配顔のカーラを安心させるために、お弁当を出してあげようっと!
実際見た方が早いもんね。
「ーーポチッとな! カーラ、これがおべんとうだよ! あとでたべてね!」
「まあっ、すごい! これは美味しそうですね」
カーラは早速ふたを開けて中身を覗き、感心したように言った。
味もきっと気に入ると思うよ。
みんな大好き、ハンバーグ弁当だもん!
しばらくして、お父様が赤い布を片手に戻ってきたところで、私たちはトブーンに乗り込んだ。
結界のマントを着て、フードは被らず頭だけ出している状態だからちょっと不気味だ。
そんな生首状態の私たちを、お母様とサリヴァンナ先生、それからカーラとセバスチャンが見送ってくれている。
「気を付けてね」
「神のご加護がありますように」
「行ってらっしゃいませ」
「無事のお帰りをお待ちしております」
上空からみんなに手を振っていると、2機のトブーンが立てるブーンブーンというプロペラ音に気付いたのか、2階の部屋の窓が一つ開いた。
お兄様が寝ぼけ眼で窓から顔を出している。
「お父様! チェリーナ! 行ってらっしゃい!」
「おにいさまー! いってきます!」
見送るお兄様にブンブンと手を振っていると、お兄様の隣の部屋の窓も開いた。
クリス様だ。
「クリス様ー! いってきます!」
「きを……つけろよ……」
寝癖のついた髪に眠い目をこすったクリス様が、ひらひらと手を振っている。
何を言っているのかよく聞こえなかったけど、わざわざ起きて見送ってくれるなんて嬉しいな。
いつもツンとして生意気そうなクリス様だけど、寝起きはあどけなくて可愛いね!
屋敷を出てしばらく飛ぶと、一面に広がる森の上空に出た。
私はまだフィオーレ伯爵領方面とエスタンゴロ砦方面しか飛んだことがなく、アゴスト伯爵領方面は今回が初めての飛行になる。
馬車でもこちら側には来たことがない。
こっちをずーっと行くと、海に出るなんてわくわくしちゃうよね。
プリマヴェーラ辺境伯領には海がないから楽しみだなあ!
ーーーなんて、わくわくしていた時期が私にもありました。
はあ……、なんでうちの領は木ばっかりなんだろう。
せめてフィオーレ伯爵領みたいに花畑だったらもっと楽しめるのにな。
「どうした、チェリーナ? もう飽きたか?」
「ずっと同じけしきだから、少しねむくなってきました……」
「眠いなら寝てていいぞ。ところどころに街や村があるが、まだまだこの景色が続くからチェリーナには退屈だろう」
お父様の勧めもあってウトウトしかけた私だったが、そこであることに気付いてハッとした。
私よりも幼いマルティーナは、この辺境の道を通ってダニエルと二人でやってきたんだ。
乗合馬車で来たのか荷馬車に乗せてもらったのか分からないけど、トブーンで飛ぶよりもきっと何倍も大変だっただろう。
「いいえ! ティーナの方がチェリーナより小さいのに、がんばってうちまで来ました。だからチェリーナもがんばります!」
私は姿勢を正してそう宣言した。
「そうか……」
お父様がそんな私を優しい目で見ている。
私、今回の旅では、文句や愚痴は言わないことに決めたよ!
ーーなるべくね!
「おそらくあと1時間ほどでこの森を抜けられるだろう。開けた場所に出たら少し休憩しようか。座りっぱなしでは体が強張ってしまうからな」
エコノミークラス症候群の予防ですね……、あっ、ああーっ!
またクッション持ってくるの忘れたっ!
こうなったら、次の休憩の時にペンタブでクッション出すしかないな。
みんなの分も出してあげよう。
うん、そうしよう!




