第45話 お父様の決意
マルティーナも聞いているからか名前は濁しているけど、あいつとはマルティーノおじさまのことだとしか思えない。
探しに行くって……、おじさまがどこにいるかわかってるの?
「お父様!? トブーンで空から探すつもりなのですか?」
「そんな……、広い海を当てもなくただ彷徨って見つかるとは思えませんわ!」
お兄様やお母様は不安そうな顔で、あまり賛成していないように見える。
そういう私も、何も目印のない海をただ飛び回るのはあまりにも無謀だと思う。
クリス様とサリヴァンナ先生は、心配そうに見ているものの口を挟むことはなかった。
マルティーナは何の話をしているのか分かってなさそうではあったが、みんなの雰囲気が変わったことを感じ取って目をきょろきょろさせている。
「ダニエルから聞いた話では、難破した船は港町からペリコローソ島への定期船で、通常であれば片道3日の距離だと言うことだ。嵐の翌日には残骸が打ち上げられていたことを考えれば、港町からそう離れた距離ではない様に思える。ペリコローソ島から港町までの間には、有人、無人の小さな島がいくつかあるという。その中の、無人島を中心に探してみるつもりだ」
お父様は、何も考えずただがむしゃらに突っ走っていたわけではないようだ。
ダニエルから話を聞きだし、きちんと捜索範囲を絞って当りをつけている。
無人島がいくつあるのかわからないけど、トブーンがあれば探しに行くことは可能だ。
後で後悔しないためにも、お父様の気の済むように出来る限りのことをした方がいい。
「あいつは、父上から火魔法を、母上から水魔法を受け継いでいるのだ。そう簡単に死ぬ男ではない。生きてはいるが、無人島に流れついて帰る手段がなくなってしまったのだと思う。俺が迎えに行ってやらなくては。あいつを迎えに行けるのは、俺しかいないんだ」
お父様……。
お気持ちはよく分かりました!
微力ながら私も協力いたしましょう!
「おとうさま! チェリーナもいっしょに行きます!」
「チェリーナ……。ありがとう、気持ちは嬉しいよ。だが、お前にそんな危険なことはさせられない」
危険があるのは分かっている。
だからこそ一緒に行きたいのだ。
私の魔法が助けになるかも知れないもん。
「ごほうびっ!」
「ん?」
「ごほうび、まだもらってません!」
「ああ、魔物退治の褒美か。何でも好きな物を言っていいぞ」
お父様は、なんでこんなタイミングでそんなことを言い出すのかと訝しげな顔をしている。
ふふふ、その言葉を待っていたのです!
「ごほうびに、チェリーナもいっしょに連れて行ってください!」
「はっ!? なんでそれが褒美なんだよ!? 褒美になってないだろう!」
「おとうさまは、いまなんでもいいと言いました!」
お父様は、うっと言葉が詰まってしまったようだ。
よーし、一気に畳み掛けるよ!
「ごほうび! 下さい!」
「ごうほうびー? ティーナもごほうびほしい! ごほうび、ごほうび」
私たちがマルティーノおじさまを探しに行く相談をしていることを理解しているのかいないのか、マルティーナはご褒美という言葉に食いついてキャッキャと喜んでいる。
……これは分かってないね。
「あー、ティーナにはご褒美にお菓子をあげような。風呂に入っていい子にしてたら、明日たくさん食べていいぞ。カーラ、ティーナを風呂に入れてやってくれ」
「かしこまりました」
カーラは、マルティーナを椅子から下ろして手を繋いだ。
「あした、おかしをたくさんたべていいんだってー! たくさんって、どれくらいかなあ? ダニエルのぶんもあるとおもう?」
マルティーナはお菓子に釣られて満面の笑みでカーラに話しかけながら、ぴょんぴょん跳ねるように浴室へと向かった。
「やれやれ。チェリーナ、ティーナの前でご褒美なんて言わないでくれよ」
「約束は約束ですもの。守らなければなりませんわ」
えっ、お母様!?
お母様は絶対反対するだろうと思ったのに、意外にも今回は私に味方してくれるみたいだ。
「お前まで何を言い出すんだよ」
「海の上では、何があるか分かりませんわ。陸にいるのなら、あなたお一人でも心配はいたしません。あなたより強い人は、この国にはいないのですもの。でも、どんなに強いあなたでも、もしトブーンが壊れでもして水の中に落ちてしまえば生きてはいられません」
そうだ、長旅の間中トブーンが絶対に壊れないとは言い切れないんだ。
もし海の真ん中に落とされたら、いくらお父様でも命が危ない。
陸で魔物や盗賊を相手にするのとは違う危険があるのだ。
「それはまあ、水の中では息が出来ないからな」
「ですが、たとえそんな状況になってしまったとしても、チェリーナの魔法があればどうにかして助かるかもしれません。私には想像も出来ないような、不思議な魔法具を次々に生み出すチェリーナですもの。そうは思いませんか? 私は、あなたに生きて帰って来ていただきたいのです。どうしても行くのなら、どうかチェリーナを連れて行ってください」
お母様が私を頼りにするなんて……。
私の魔法をこれほど認めてくれているとは思ってもみなかった。
「ヴァイオラ……」
「ーーーチェリーナ、まだ幼いあなたにこんなことを頼むお母様を許して……。どうか、お父様を守ってあげて……」
お母様、お任せください!
私がキッチリお父様をお守りしますよ!
「はい! しんぱいしないでください! おとうさまはチェリーナが必ずまもります!」
「お前が俺を守るのかよ……。ははっ、頼もしい娘だ。わかったよ、よろしく頼むな、チェリーナ」
「はいっ!」
ふと気が付くと、お兄様の表情がどんよりと暗い。
どうしたのかな?
「お父様は……、僕よりチェリーナの方が可愛いんだ……」
「えっ?」
お父様もお母様も驚いて目を見開いている。
「いつもチェリーナばっかり連れて行くし……、お父様の本当の子どもはチェリーナだけだと言いました……」
「ええっ!? いや、あれは本当に言葉のアヤなんだよ。お父様が悪かった。許してくれよ。お前たちのことは二人とも可愛いと思っているぞ。どちらも俺の大事な子どもだよ」
「でも、今回もまた僕だけ留守番なんですよね……」
「えっ、いやあ……、まいったな」
お父様は困り顔でガシガシと頭を掻いた。
お父様、いま助太刀いたします!
「おとうさま、おにいさませんようのトブーンをゆるしてあげたらどうでしょう? それで、おじさまを見つけてかえってきたら、今度はおにいさまとおかあさまの二人で、フィオーレはくしゃく家へあそびに行くというのは? チェリーナとおとうさまはるすばんです」
ふふふ、お兄様が食いつくであろうキーワードを盛り込んでみました。
さあ釣られてください!
「僕専用のトブーンでカレンに会いに!?」
ほーら、案の定食いついた!
「おにいさま、知っていますか? トブーンと風魔法はあいしょうがいいんですよ。なんと! ひこうちゅうに風魔法をつかってかそくすることができるのです!」
「ええーっ! 本当ですか、お母様?」
「ええ、本当よ。そうだわ、いい子でお留守番してくれるなら、風魔法で加速する方法を教えてあげましょう」
パアッと顔を輝かせるお兄様に、お父様もお母様もあからさまにほっとしていた。
いやあ、よかったよかった。
子どもに失言すると、後が怖いよね!
それにしても、広い海のどこにいるか分からないマルティーノおじさまをどうやって探せばいいのかな?
私の魔法で何か出せないか考えてみよう。
ううーん……。
あれ……、そういえば前にも同じようなこと考えたような気がするな?
なんだっけ、誰かを探して……。
「あーーーーっ! そうだっ!」




