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第44話 小さな求婚者


ここ数日、私はお父様が何事かを考え込む姿をたびたび目にするようになった。

おそらく、ダニエルから知らされた弟の死を受け入れられていないのだろう。


お父様は既に両親を亡くしているというのに、その上更に弟まで失ってしまったのだ。

大切な人を次々に亡くしたお父様の悲しみを思うと、私の胸もしくしくと痛んだ。


「チェリーナおねえちゃん、きょうはなにしてあそぶのー?」


「外にあそびに行こうか?」


「うん!」


私は、マルティーナの手を取って正面玄関の扉を開けた。

マルティーナの子守りが見つかるまで私が遊び相手として任命されたので、しばらくの間勉強は免除になったのだ。


さすがに5歳のマルティーナが、私たちと一緒に勉強するのはかわいそうだもんね。

でも、望んでいたとおり遊んでいられるようになったと言うのに、私の気持ちはまったく晴れなかった。


お父様やマルティーナをどうにか元気付けてあげたいな。

お母様も、幼くして両親を亡くしたマルティーナを不憫に思って私を遊び相手にしたみたいだった。


「ティーナの住んでいたまちから、ここまで何日くらいかかったの?」


「ええと……、たくさんかかったよ! ばしゃにのったり、やどにとまったりした。とちゅうで、ダニエルがおしごとして、ティーナはいい子でまってたの」


やっぱり、ダニエルは手持ちのお金に余裕があった訳ではなく、働きながらプリマヴェーラ辺境伯領まで来たんだ……。

顔見知りだったとはいえ、他人の子どもを苦労してこんな遠くまで連れてきてくれたダニエルには感謝しかない。


きっとお父様もそう思ったから、いきなり騎士見習いにスカウトしたんだろうな。


「ダニエルってすごくいい人だね」


「うん! ティーナはダニエルがだーいすき! だから大きくなったらダニエルのおよめさんになってあげるの!」


ふふふ、お嫁さんになってあげるのかあ。

可愛いなあ。


「そうだ、ダニエルに会いに行ってみようか? おしごと中かもしれないから、そしたらとおくから顔を見るだけね?」


マルティーナは私たちと一緒に屋敷で暮らしているけど、ダニエルは兵舎に住んでいるから、こちらから会いに行かないと顔を合わせることがない。


ここに来て3日ほど経つけれど、マルティーナもダニエルも環境の変化に慣れるのに忙しく、まだ顔を合わせる機会がなかったのだ。


マルティーナのお姉ちゃんを勤めるこのワタクシが、ひと肌脱ごうではありませんか!


「わあ! ダニエルにあいたい!」


案の定、マルティーナはぴょんぴょん飛び跳ねて大喜びしている。


さてと、ダニエルにはどこに行けば会えるかな?

当てはないけど、とりあえず兵舎に行ってみようか。


「こんにちはー! 誰かいませんかー?」


私が兵舎の入り口で呼びかけると、中から料理人のおばさんが出てきてくれた。


「まあ、お嬢様。この時間はみなさん訓練中ですから、兵舎には誰もいませんよ。お昼時に一度ここに戻ってきますので、もし言付があるなら私が聞いておきましょうか?」


「くんれん中かあ。北のくんれん場かな?」


北の訓練場なら屋敷のすぐ隣だから、このまま出向いても怒られることはないだろう。

他の訓練場に行ってるなら、入れ違いになっても困るしお昼にまた来ればいいや。


「ええ、今日は遠出するとは聞いてませんので、お昼に戻ってくるなら北の訓練場だと思いますよ」


「ありがとう!」


「どういたしまして。お二人ともお怪我をしないように気をつけてくださいね」


「はーい!」


マルティーナと一緒におばさんにバイバイと手を振って訓練場へ向かった。



ブーン、ブーン、ブーン……


訓練場が近づくにつれ、たくさんのプロペラ音が聞こえて来た。

へえー、訓練ってトブーンを使って訓練してるの?


「うわあ! チェリーナおねえちゃん、みてみて! みんなそらをとんでるよ! すごいすごーい!」


おおー、ものすごいスピードでトブーンをぶっ飛ばす人もいれば、二人一組になって空中から攻撃魔法を放つ練習をしている人たちもいる。


ははあ、あのスピード狂は風魔法使いに違いないね。

風魔法で加速すると速いよってお母様に聞いたのかな。

お兄様も風魔法使いだから、あんな風にスピード狂になりそうな気がするよ。


「お? お嬢、こんなとこまで遊びに来たら危ねえぞ」


元冒険者のおっちゃん騎士が目ざとく私たちを見つけて寄ってきた。


「ダニエルに会いにきたの」


「ああ、新入りか。なかなか頑張ってるぞ。呼んで来てやるからウロチョロすんなよ。ちょっと待ってな」


「はあい」


しばらくトブーンの訓練を眺めていると、いつの間にかダニエルがすぐ傍まで来ていた。


「マルチェリーナ様、お呼びでしょうか?」


「ダニエル!」


ダニエルに気付いたマルティーナがたたっと走り寄り、ぴょんと飛びついた。


「おっと。ティーナ、元気そうで安心したよ」


「ダニエル、あいたかった! どうしてティーナのへやでいっしょにねないの?」


どうやら旅の間中同じベッドで寝ていたらしく、マルティーナは寂しい思いをしているようだ。


「ははっ。もう一緒に寝るのは無理だよ」


「どうして?」


マルティーナはあどけなくコテンと首を傾げた。

ダニエルはマルティーナを下におろすと、困ったように笑いながら言った。


「どうしてって。ティーナはお嬢様になったから、もう俺とは一緒に寝れないんだよ」


「ええっ!」


ショックを受けたマルティーナの目に涙がたまってくる。

泣くことないよ、マルティーナ!

かしこいチェリーナお姉ちゃんにお任せあれ!


「ティーナ、さっきダニエルのおよめさんになるって言ってたでしょ? ダニエルのおよめさんになれば一緒にねられるよ!」 


「えっ、ほんとう?」


「ええっ、なんでそんな話に!?」


喜ぶマルティーナと困惑するダニエルを見て、さっきのおっちゃん騎士がぴゅーっと口笛を吹いて囃し立てた。


「おうおう、モテる男は辛いねえ! 俺も一緒に寝たいと泣かれてみてえもんだぜ! お嬢ちゃんじゃあ15年ばかし早いがな! ガッハッハ!」


ガッハッハって……、この間来た王都の騎士さんたちと、うちの騎士たちって同じ騎士とは思えないよ。

貴族の子息が多い王宮勤めの騎士たちとは、まったく別の人種に見える。


魔物相手に礼儀作法は必要ないとのお父様の方針で、プリマヴェーラ辺境伯領の騎士採用基準は、家柄を全く考慮していないことが原因なんだけど。


魔物退治の時なんかにお父様の目に留まった冒険者は、騎士として正式に雇ってもらえることがある。

だから、他の領とは違って、うちには冒険者上がりの騎士がたくさんいるのだ。


「マテオさん、茶化さないでくださいよ。ティーナ、お嬢様と騎士見習いじゃあ結婚は出来ないんだよ」


え、なんで?


「諦めんな! 正式な騎士になれば希望はあるぜ! 手柄を立てりゃ、褒美にお嬢様をくださるかもしれねえだろ? 物語にもよくあるじゃねえか」


なんだ、希望はあるんじゃない。

諦めないで!


「マテオさん、ティーナが本気にするじゃないですか。まあ、大きくなったら自分の言ったことなんか忘れてるでしょうけどね」


「むうー! ティーナはわすれないもん! ぜったいダニエルのおよめさんになるんだもん!」


マルティーナは決意表明のつもりか、腕を振り回して変な踊りを披露し始めた。

それは求愛ダンスなの?

鳥かな?


「ガッハッハッハ! 俺は応援してるぜ! 頑張れよ!」


私も応援している、頑張れよ!


「ーーー貴族の血が流れているとは言っても、両親とも死んでる上に母親が平民じゃあ、いい縁談はこねえだろうよ。30も40も年上の貴族の後妻におさまるより、お前が貰ってやった方がよっぽど幸せってもんだぜ」


マルティーナの変な踊りを眺めながら、小声でマテオが言った言葉に、ダニエルは返す言葉を失っていた。


本当にそんなことになったら大変だよ。

マテオの言う通り、マルティーナを貰ってあげなよ!




その日の夕食の席では、お父様はいつになく口数が少なかった。

お母様やお兄様も、お父様のただならぬ雰囲気を感じ取って、チラチラとお父様を見ている。


そんな中、マルティーナだけは何も気付かず旺盛な食欲を見せているのが微笑ましい。


みんなの食事が粗方済んだところで、タイミングを見計らっていたらしいお父様は静かに切り出した。


「皆に聞いてほしいことがある」


誰もがこうなることを予想していたようにお父様に顔を向けた。



「俺は、あいつを探しに行こうと思う」





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