第42話 楽しい授業
日が変わって今日は、午前中にお兄様の希望した歴史を、午後からはクリス様の希望した魔法学を勉強することになった。
「では、フォルトゥーナ王国の始まりから勉強しましょう。この国を建国した初代国王はーーー」
魔法学は分かるけど、なんで歴史なのかとお兄様に聞いたら、過去にフォルトゥーナ王国を襲った敵を知りたいんだって。
魔物の大量発生や、他国の侵入、災害など、いつどのようなことが起こったのか把握することで、何かあったときのために備えることが出来る。
今回、魔物の大群が襲ってきたことで、自分の代になったときに国や領地をどう守ればいいのか、お兄様なりに考えるところがあったみたいだ。
「ーーーということがあって、この国が生まれたのよ」
はっ、聞いてなかった!
いつの間にか初代国王のお話が終わったみたいだ。
「本で読んだことはありましたけど、お話で聞くとさらに面白いなあ。英雄が一国の王になるなんて夢がありますよね! 先祖から受け継ぐことでさえ大変なのに、自分の手で掴み取るなんて憧れちゃうな」
お兄様は初代国王の建国記がだいぶ気に入ったみたいだけど、歴史なんて退屈だよ……。
「初代国王の水魔法は、どれほど強力だったのか気になる」
あれ、意外にもクリス様もちゃんと話を聞いていたみたいだ。
勉強が苦にならないタイプなのかな、うらやましい。
まあ、クリス様は自分のご先祖様の話題だもんね。
今日の昼ごはんは何かな……。
午後からは魔法学の時間だ。
これは私も興味があるから楽しみだな。
「魔法は適性のない人は使えないけれど、ここにいるみんなは使えるわね。属性は、火・水・風・土・雷・光・闇の7つが基本なの。光と闇の2つは適性者が少なく、大体残り5つのうちのどれかに分類されているわ。属性は1つだけとは限らないのよ。2つ3つ重複して持っている人もいるわ。みんなは自分の魔法属性を知っているかしら?」
「俺は水魔法」
「僕は風魔法です」
「チェリーナは……、チェリーナは……、うーん……?」
私の魔法属性って何ていうんだろう?
サリヴァンナ先生は誰かから私の魔法について聞いていたらしく、にこりと笑って属性を教えてくれた。
「チェリーナの魔法は、創造魔法というのよ。とても珍しくて、7つの基本のどれにも当てはまらないの。歴史上には、何もないところから黄金を出したり、瀕死の者でもたちどころに癒す霊薬を作り出したりといった大魔法使いがいたことが分かっているけれど、今現在、創造魔法の使い手はいないと言われているわ。もしチェリーナの存在が公になれば、チェリーナがただ一人の使い手ということになるわね」
へえー、黄金なんて出せるんだ!
そんなことが出来たらプリマヴェーラ領もお金持ちになれるし、エスタンゴロ砦も建て替えられるし、私も一生働かないで済むんじゃない?
やった、やったー!
「サリヴァンナ先生、おうごんはどうやって出すのですかっ?」
私がテーブルに身を乗り出して尋ねると、サリヴァンナ先生は苦笑しながら答えた。
「ごめんなさいね。それは私にも分からないわ。創造魔法は謎だらけなのよ。使い手が滅多にいないのだから仕方がないことだけれど」
そうなんだ……。
私の場合、やっぱり自力で頑張るしかないんだな。
絵の勉強を頑張ることが近道だよね。
よーし、いつか黄金を描けるようになるぞー!
「サリヴァンナ先生の属性は何ですか?」
お兄様がサリヴァンナ先生に尋ねる。
「私は水魔法よ。クリスティアーノ殿下と同じ属性だということもあって、私が家庭教師に選ばれたの」
「父上の手紙に、先生は王国で一、二を争う水魔法の使い手だと書いてあった。俺ももっと強くなりたいのだが、どうすればいい?」
おお、いつも何事にもあまり関心を見せないクリス様が珍しくやる気を出している。
「殿下はこれから成長期を迎えますので、成長期になれば自然と魔力は増えますよ。今のうちから想像力を鍛えておくと、後々役に立ちますわ」
「想像力……」
「ええ。殿下は魔法を使う時、どのようなことを考えていらっしゃいますか? 魔法は、具体的に想像すればするほど、具現化し易くなるのです。そうだわ、外に出て実際に井戸水に触れてみましょうか。私も子どもの頃に教えられて、やっていた方法なのです」
わあ、行く行く!
机に向かってお勉強するより楽しそう。
クリス様もパアッと顔を輝かせている。
私たちは裏庭に回って、井戸の傍に集まった。
サリヴァンナ先生は桶を井戸の中に放り込み、ロープを手繰って引き上げた。
「さあ、クリスティアーノ殿下。袖をまくって手をこちらへ」
クリス様は頷いて桶の前へ手を差し出した。
サリヴァンナ先生は、桶を傾けてクリス様の手にザブザブと水をかける。
「水の冷たさを感じますよね? 殿下は水魔法を使う際、このような水を想像していたでしょうか? それとも、グラスに入ったような水を想像していましたか?」
「呪文を唱えれば出てくると思っていたから、特に想像はしていなかった気がする……」
「それなら、是非試してみてください。さあ、この桶の中に手を入れて、この水を増やしてみてください」
サリヴァンナ先生は水が半分ほどに減った桶を下に置くと、クリス様に魔法を使ってみるようにと勧めた。
クリス様は桶の前にしゃがみこむと、桶に手を入れ呪文を唱えた。
「クリエイト・ウォーター!」
バシャッ!
一瞬で桶が満たされ、収まりきらない水が溢れ出て来た。
「うわっ!」
クリス様は自分の魔法に自分で驚き、手を引っ込めて後ろにのけ反った。
「あらもうコツが掴めましたか? 次は、この冷たい井戸水を頭の中で想像して、桶の中に水を出してみてください」
サリヴァンナ先生はそう言うと、桶に入っている水を捨てて空にしてからクリス様の前へ置いた。
クリス様は桶の上に手をかざすと、緊張の面持ちで呪文を唱えようとした。
「ウォ……、ウォ……、ウォ……、ウォーター……」
「焦らないで。ゆっくりでいいですから、頭の中で鮮明に水を想像してください」
クリス様は目を閉じて深呼吸をすると、大きな声で呪文を唱えた。
「クリエイト・ウォーターーーッ!」
ジャババババババッ!
「うわあ! クリス様だいせいこうです!」
「クリス様、よかったですね。おめでとうございます!」
クリス様の成功にはしゃぐ私とお兄様とは対照的に、クリス様は自分の手を見つめたまま呆然としていた。
「クリスティアーノ殿下、素晴らしいですわ! こんなに飲み込みが早いとは、想像以上でした。私は何度も試して、やっと出来るようになったんですよ」
「えっ、先生が? じゃあ、俺は先生以上の使い手になれるかもしれない?」
「ええ、もちろんですわ! 建国の英雄はご自分の水魔法の力一つで初代国王となりました。クリスティアーノ殿下は、その子孫なのですもの。私よりも優れた使い手になられる可能性は大いにございますわ」
サリヴァンナ先生の言葉に、クリス様の顔が目に見えて輝いて行った。
私が病気の時に水を出してもらったけど、あんなチョロチョロで大丈夫なのかと実は心配だったんだよね。
余計なお世話でよかったな。
サリヴァンナ先生に教えてもらえれば、攻撃魔法だってすぐに出来るようになるかもしれないよ!
私も楽しみだな。
「……っ! 会わせて……!」
なにやら正面玄関の方が騒がしい。
押し問答するような声が微かに聞こえる。
「何かあったのかしら? 騒がしいようだけれど……」
サリヴァンナ先生が心配そうに言う。
見に行けばわかるよ!
「ちょっと見にいってきます!」
「あっ、チェリーナ! 待って!」
制止の声を振り切って正面玄関へ向かうと、そこには困り顔の門兵と、冒険者風の若い男の人、そして5歳くらいの小さな女の子の姿があった。
女の子はセバスチャンにしがみついて、必死に何かを頼んでいるようだった。
「おい、何を騒いでいる」
そこへ騒ぎを聞きつけたお父様がやって来た。
女の子はお父様を見るなり、嬉しさに顔を紅潮させて叫んだ。
「おとうさんっ!」




