第41話 謎多きサリヴァンナ先生
いつも温厚かつ冷静なセバスチャンが、驚きを露わにするのは珍しい。
私はセバスチャンが何にそんなに驚いているのか不思議だった。
「セバスチャン……。元気そうね。チェーザレ様とヴァイオラ様にお会いできるかしら?」
「も、もちろんでございます。お待ちしておりました。どうぞ、中へ」
「ありがとう」
サリヴァンナ先生と二人の護衛騎士は、セバスチャンの後について屋敷の中へと入っていった。
後に残された私たちは、顔を見合わせ声をひそめてささやきあった。
「あの先生とセバスチャンは知り合いなのか?」
「なんとなく変でしたよね?」
「僕たちも中に入ってお父様に聞いてみようよ」
私たちが遅れて居間へと入っていくと、そこにはセバスチャンと同じように驚愕の表情を浮かべたお父様とお母様の姿があった。
「ま、まさか……。あなたがクリスティアーノ殿下の家庭教師とは……」
「ええ……。私も、お引き受けした後に滞在場所を知らされたものですから……。お断りする訳にもいかず、困惑させてしまって申し訳ありません」
サリヴァンナ先生が目を伏せて謝罪すると、お父様は慌てて言った。
「とんでもない! 謝罪しなければならないのはこちらの方です。あなたがたに合わせる顔がなく、不義理をしてしまい申し訳ありません」
「本当に申し訳ございません」
「そんなこと……。どうかもう気になさらないでください」
大人たちはお互いに謝り合っているけど、具体的に何について謝っているのかさっぱりわからない。
「あのー、お父様とサリヴァンナ先生はお知り合いなのですか?」
お兄様……。
この気まずい空気の中、話に割って入るとはすごい度胸だね。
「ああ……。サリヴァンナ・ジョアン嬢は俺の母の弟の娘。つまり、俺とサリヴァンナ嬢は母方のいとこ同士なんだ」
なんと!
お父様とサリヴァンナ先生はいとこなの?
それもびっくりしたけど、いとこ同士なのに、なんでこんなに微妙な感じなのか謎が深まるよ!
「私が小さい頃はよく遊んでいただいたのよ」
サリヴァンナ先生はお父様の言葉に笑顔で頷いている。
ふーん、小さい頃は仲良かったのかあ。
どうして疎遠になったのかな。
「クリスティアーノ殿下、ご紹介が遅れましたが、殿下の家庭教師になられるサリヴァンナ・ジョアン嬢です。サリヴァンナ嬢、こちらがクリスティアーノ殿下です。それから、私の息子のチェレスティーノと、娘のマルチェリーナです」
「クリスティアーノ殿下、サリヴァンナ・ジョアンと申します。まだまだ未熟な身ではございますが、これからどうぞよろしくお願いいたします。こちらは王都から護衛してくれました、第一騎士団のベルティーニ様とトリスタン様です」
サリヴァンナ先生に紹介された二人の騎士たちは、騎士らしい機敏な動作でサッと片膝をついてクリス様に挨拶をした。
「第一騎士団のジョルジオ・ベルティーニと申します」
「同じく第一騎士団のロマーノ・トリスタンと申します」
「うむ」
クリス様が慇懃に返事をする。
え、まさかの一言?
遠いところをありがとう的なねぎらいはないのかな。
「チェレスティーノ様とマルチェリーナ嬢もよろしくお願いいたします」
サリヴァンナ先生は無愛想なクリス様のことを気にする様子もなく、笑顔で私たちにも挨拶してくれた。
「サリヴァンナ先生、僕のことはチェレスと呼んでください! 僕も先生に勉強を教えていただくことになりました。よろしくお願いいたします!」
「サリヴァンナ先生! チェリーナです! よろしくおねがいします!」
私たちも元気に挨拶を返した。
クリス様に良い挨拶の見本を見せてあげないとね!
「ふふっ、チェレスにチェリーナね。憶えていないでしょうけれど、チェレスが赤ちゃんの頃に会ったことがあるのよ。こんなに大きくなったのね。子どもの成長は本当に早いわ」
へー、そうなんだあ。
「サリヴァンナ先生、チェリーナは? チェリーナは?」
「チェリーナはまだ産まれてなかったわ」
ふーん、もっと頻繁に遊びに来てくれればよかったのに。
ジョアン侯爵領って遠いのかな。
「サリヴァンナ先生、どうしてあそびにこなくーーー」
「サリヴァンナ先生、先にお部屋へご案内いたしましょうか? それともお茶を?」
私の質問を遮るように、お母様がサリヴァンナ先生に尋ねた。
えっ、なになに、どうして遊びに来なくなったのかって聞いちゃいけないの?
「それでは、お部屋で休ませていただいてもよろしいでしょうか? 長旅でしたので、さすがに少し疲れてしまいました」
「ええ、もちろんですわ。お茶はお部屋へお持ちいたしますので、どうぞごゆっくりお休みください。セバスチャン、案内をお願いね」
「かしこまりました。こちらへどうぞ」
サリヴァンナ先生と護衛騎士たちは、セバスチャンに案内されてそれぞれの部屋へと引き上げて行った。
みんな疲れてるみたいだから、お茶よりゲンキーナのほうがいいと思うな。
差し入れしてあげようっと。
そう思いついて階段を上がっていくと、途中でカーラに会った。
「あらお嬢様、どちらに?」
「サリヴァンナ先生がつかれてるみたいだから、ゲンキーナをあげようと思って!」
「ああ、元気になるお飲み物でしたね。あの入れ物のままでは飲み難いと思いますので、グラスに入れ替えて、お茶を運ぶ時に私が一緒にお持ちいたしましょう」
え、飲みにくかったの?
それは気付かなかったな。
「ポチッとな! じゃあお願いね。きしさんはどこのおへや?」
私は3つ出したうちの1つをカーラに手渡し、残り2つのゲンキーナを両手に持った。
「右手の一番奥のお部屋ですよ」
「はーい」
私は廊下をたたっと走って護衛騎士たちの部屋へと向かった。
コンコン!
「はい。おや、プリマヴェーラ辺境伯のお嬢様ですね? いかがされましたか?」
扉を開けてくれたのは、サリヴァンナ先生が馬車を降りる時に手を貸した方の騎士だった。
確か、ジョルジオ・ベルティーニと名乗っていた。
亜麻色の髪に緑色の目で、爽やかなイケメンさんだ。
「つかれてると思って、元気になるのみものをもってきました! どうぞ!」
「えっ、ああ、ありがとう」
ジョルジオは入れ物の形状が珍しいのか、受け取ったゲンキーナをしげしげと見ている。
私が部屋に入ってゲンキーナを開けてあげていると、もう一人の騎士もテーブルに近づいてきた。
金髪に青い目で、この人もすごいイケメンさんだなあ。
この人はロマーノなんとかって名前だったな。
第一騎士団って顔採用なの?
「可愛いお嬢さん、どうもありがとう」
私がじーっと顔を見ていると、ロマーノはパチンとウインクをしてきた。
やんだ~、かわいいだなんてえ~!
都会の男は口が上手いずらー!
翌朝、護衛騎士たちは早々に王都へ帰ってしまい、私たちも勉強を始めることになった。
今はみんなで屋敷の庭に出て、好きなものをスケッチしている。
勉強をしたくなくていやいや席についていた私に、サリヴァンナ先生は何に興味があるかと聞いてくれたのだ。
サリヴァンナ先生は、嫌いな教科ばかりでは勉強が嫌いになってしまう、一つでも好きな教科があれば、それを楽しみに他の勉強も続けられるでしょうと言ってくれた。
だから私は、絵を勉強したいとリクエストしました!
私に一番必要な勉強だもん。
貴族には絵を描くことを趣味にしている人が割といるらしく、サリヴァンナ先生も絵を描くのが好きなんだって!
「サリヴァンナ先生ー! 見てくださいー!」
私はサリヴァンナ先生の元へと走っていって、出来上がった絵を見せた。
「あら、上手に描けているわ。とても8歳の子どもが描いたとは思えないほどよ」
「えへへー」
そうでしょう、そうでしょう。
これでも前世はオタクに片足突っ込んで、自分でもイラスト描いてましたから!
画材が木炭だから、少し手こずってはいるけど、慣れればもっとうまく描けるようになると思う。
鉛筆状に加工された木炭だから、手が汚れることもないしね。
「クリスティアーノ殿下はいかがでしょうか?」
私は先生と一緒にクリス様の絵をのぞき込んで、思わず吹き出してしまった。
ププッ。
画伯だ、画伯がここにいる!
「……なぜ俺がこんな事をしなければならないんだ。俺には必要ないぞ」
クリス様はじろりと私を睨んでそんなことを言う。
「絵は心を穏やかに、そして感情や想像力を豊かにいたしますわ。上手に描こうと思わなくてもいいのです。ご自分のお好きなものをお好きなように描いてください」
「……わかった」
サリヴァンナ先生は頷くと、今度はお兄様に声をかけた。
「チェレスはどうかしら?」
「僕も描けました!」
お兄様はサリヴァンナ先生に自分が描いた絵を差し出した。
「これは椅子かしら? なんだか変わった形をしているのね」
「これは僕のトブーンです!」
ホロリ……。
お兄様、そんなにトブーンの第1号機に思い入れがあったなんて。
壊されてしまった1号機を元に戻すことは出来ないけど、お父様のお許しが出たら、お兄様専用にカスタマイズしたトブーンを出してあげるからね。
1号機はお兄様の心の中でいつまでも生き続けるよ……。




