第40話 クリス様の家庭教師
私がお父様にまとわりついて話をしていると、お母様とお兄様もやってきた。
「あなた、お帰りなさいませ。ご無事で安心しました。でも、チェリーナを甘やかすようなことは言わないでください。今度のこと、あなたからもきちんと叱ってくださいね」
エッ……、昨日散々怒られたのに……。
まだ終わってなかったの。
「あ、ああ。そうだなあ……」
お父様は腕を組んでうーんと考え込んでしまった。
「ーーー今回、ただ一人の死傷者も出すことなく勝利出来たのは、チェリーナの功績によるところが大きい。トブーンや結界のマント、ゲンキーナなどがなければ到底成し得なかったことだ。チェリーナがもし俺の部下や緊急招集した冒険者だったなら、叱るどころか褒賞を与えるところだよ。プリマヴェーラ辺境伯家始まって以来の圧倒的勝利だからな」
ほら!
みんな、ちゃんと聞いてた?
やっぱりお父様は私のことをよく見てるね!
「それはそうですが、今回のようなことを許してしまっては、次にどんなことをしでかすか不安ですわ。チェリーナは攻撃魔法が使えるわけではないのです。自分の身を守ることが出来ないのに、たった一人でどこにでも出かけてしまうようなことは許さないでください」
「……そうなんだよな。娘として考えるなら、あんな危険なことはしてほしくなかった。俺に届けたいものがあったのだとしても、屋敷に残っていた騎士に届けさせることも出来た筈だ。何も罰を与えないというわけにはいかないよな」
えええ、罰って。
なんで与えないわけにいかないんですか?
「そんなあ。おとうさま、ゆるしてください」
「しかしな。功績は確かに大きいが、勝手な行動で自分やお母様の命を危険に晒した罪も重い」
お母様もお兄様もうんうんと頷いているけど、私もう反省してるのに酷いよ。
「それなら俺にいい案がある」
少し遅れてやってきたクリス様がそんなことを言い出した。
クリス様……、まさかろくでもないこと言うんじゃないでしょうね?
ただでさえピンチなんだから、出来れば黙っててほしいな。
「クリスティアーノ殿下、ただいま戻りました。魔物は撃退しましたのでご安心ください。死者も怪我人もなく勝利いたしました」
「うむ、ご苦労だった。プリマヴェーラ辺境伯なら守りきってくれると信じていたぞ。ーーーそれでチェリーナの罰なんだが」
ちょっとー、いませっかく話を逸らすチャンスだったのに、なんで話を戻すかな?
「はい。どのような罰でしょうか」
「父上が俺に家庭教師を派遣してくることになった。チェリーナも一緒にその家庭教師に勉強を教わればいい。父上のお墨付きの家庭教師にしごかれれば、すこしは常識も身につくだろう」
はっ、嘘でしょうッ!?
その辺の家庭教師でさえ御免なのに、国王陛下が派遣してくる家庭教師ですと!?
いったいどれほどの厳しさなのか不安しかないよ。
ぜったい、ぜったい嫌だあーーー!
「なるほど……。その家庭教師の方は、どれくらい滞在なさるのですか?」
「俺が魔法学院に入学するまでだから、5年だな。プリマヴェーラ辺境伯家に滞在するなら、家庭教師を付けて勉強するようにと父上から手紙が届いたんだ」
「な、なるほど。陛下は、滞在を反対なさらなかったのですね……。ハハ…、ハハハ」
お父様は、心なしか一段と疲労の色が濃くなったようだった。
「おとうさま! かていきょうしなんて! チェリーナは、マヴェーラのまちの学校に行きたいです!」
「別に行けばいいじゃないか。誰も止めてないぞ。家庭教師に習って、学校へも通えよ」
鬼ですかっ!?
クリス様、私いま全力でお父様を説得してるんだから、余計な口を挟まないでください!
「そんなにべんきょうしたくありません!」
「お前……、貴族の娘として家庭教師を付けるのは当たり前のことだぞ。なんでそんなに勉強するのが嫌なんだよ」
勉強する気になんてなれないよ。
だって、だって。
「だってッ! 夏はあついから気がのらないし、冬はさむいから気がのらない。春はねむいから気がのらないし、秋はなんとなく気がのりません!」
どう、分かってくれた?
「……お前のバカさ加減は底が見えないな。いっそ清々しい程だ」
「えへ、それほどでも」
「褒めてないからな」
クリス様が呆れた目で私を見ている。
え、清々しいって褒め言葉じゃないの?
紛らわしいよ!
「チェリーナ……、頼む。これ以上恥をかかせないでくれ……」
お父様が片手で目元を覆っている。
お母様は無言だったが、目が笑っていない。
静かに怒っている……。
「チェリーナ。せっかくのクリスティアーノ殿下のご厚意です。謹んでお受けしなさい」
そ、そんな……。
うう、お母様の迫力の前に、とても言い返せないよ。
「クリスティアーノ殿下、その家庭教師の方はいつ頃到着されるのでしょうか?」
お母様がクリス様に尋ねる。
「1週間程でこちらに着くらしい」
「かしこまりました。お部屋を用意しておきますわ。ーーさあ、中へ入りましょう。チェリーナは早く着替えなさい。夜着のまま外へ出るなんて恥ずかしいわ」
だって早くお父様に会いたかったし……。
「チェリーナ、褒美のこともちゃんと考えるから、勉強も頑張れ」
お父様はそう言うと、着替えをするためにお母様と一緒に自室へと引き上げていった。
「クリス様、僕も同席させてください! チェリーナ、僕も二人と一緒に勉強するからがんばろうね」
お父様とお母様がいなくなると、お兄様は自分も一緒に勉強したいといいだした。
それなら、お兄様が私の代わりに勉強することで私の罰が免除になればいいのにな。
言っても怒られるだけだから言わないけどさ。
「別に構わない」
クリス様もあっさり了承して、三人とも家庭教師の先生に教わることが決定してしまった。
あーあ、いやになっちゃうな。
私は前世で十分に勉強したから、これ以上勉強なんてしなくていいのに。
そうだ、先生がきてから私の優秀さを分かってもらえばいいんじゃない?
テストしてもらって、それで100点とって、「こんな優秀な子に教えられることなどありません!」とか何とか言ってもらえれば、お母様も納得するしかないもんね。
ヒヒヒ、上手くいきそうだ。
よーし、この作戦で行こう!
そしてあっという間に一週間がたち、家庭教師の到着予定日が来てしまった。
遅れてもいいですからね、無理しないでください。
「クリス様、今日は先生が到着する日ですね! どんな人なのか、会えるのが楽しみですね」
ええ……、家庭教師に会うのが楽しみなんて、お兄様って少し変わってるよね。
「若い女の先生らしい。侯爵令嬢だという話だぞ」
「へえー、若い侯爵令嬢が結婚しなくていいのかなあ?」
「そう言われれば、そうだな。今は若い令嬢でも、5年後も若いとは限らないしな」
そうだ、その手もあったっ!
お兄様とクリス様の会話を横で聞いているうちに閃いたよ。
私が先生の結婚相手を探してあげればいいんだ。
結婚することになったら家庭教師は辞めるしかないもんね!
まあないとは思うけど、万が一私の優秀さが伝わらない場合は、プランBに作戦変更しようっと。
ガラガラガラガラ……
「あ、馬車の音」
「来たな」
「みんなで見にいきましょう!」
馬車の音を聞きつけた私たちは玄関へと走っていった。
玄関扉を開けると、ちょうど馬車が止まったところだった。
王都から一緒に来たらしい護衛騎士の一人が、さっと馬を下りて馬車の扉を開く。
長旅の後とは思えない優雅さで護衛騎士の手を借りて馬車を下りた女性は、私たちの存在に気付くと優しく微笑んだ。
び、美人だ……。
女性はスラリと背が高く、金色の巻き毛に大きな茶色の目をしていた。
護衛騎士も背が高く、若くてかっこいいので、お似合いのカップルのように見える。
もう、この二人が結婚すればいいじゃない!
「こんにちは。こちらのお屋敷のお子様たちかしら? 私は家庭教師のサリヴァンナ・ジョアンです。お父様とお母様はいらっしゃる?」
「はい! どうぞ、はいってください!」
柔らかい声で尋ねるサリヴァンナ先生は、なかなか感じがいい。
先導して中へ入ろうと振り向いたところで、私の真後ろに立っていたセバスチャンに顔からポスンとぶつかってしまった。
あ、いたの?
私が視線を上にあげると、セバスチャンが驚きに目を見開いているのが見えた。
「ーーーサ、サリヴァンナ様……っ!」




