第4話 クリス様の魔法
誰もクリス様の魔法属性を知らなかったらしく、一同は驚いてクリス様を見た。
「えっ? クリス様は水魔法が使えるのですか?」
「まあな」
クリス様はなぜか仏頂面だ。
「おお! 陛下譲りの水魔法とは、陛下もさぞお喜びになられたことでしょう!」
お父様が感じ入ったようにそう言うと、何が気に入らないのかクリス様はますます顔を歪めた。
へえー、陛下も水魔法なんだ。
それはどうでもいいけど、クリス様が水魔法使えてよかったぁ。
私の今後の人生がかかってるんだよ。
ばい菌が入ったら悪化しちゃうかもしれないもんね。
「ありがとうございます。それでは、たらいに水を張っていただけますか?」
「えっ、た、たらい?」
なぜかクリス様の目が泳いでいる。
「えっ、どうかしましたか?」
「チェリーナ、クリスティアーノ殿下は病み上がりなのよ。たらいを満たせるほどの水を出しては、魔力の消費が大きすぎて体に負担がかかってしまうわ」
お母様はそう言って眉を八の字に下げた。
そうだった。
症状が軽かったとはいえ、クリス様も一応病み上がりなんだ。
「気が付かなくてごめんなさい。それでは、せんめんきにお願いします。毎日かんぶをせんじょうする必要があるのですが、だいじょうぶでしょうか?」
「大丈夫だ! たらいにだって出せるぞ!」
そうですか。
見栄を張りたいお年頃なんですね、わかります。
「ふふっ、ありがとうございます」
「クリスティアーノ殿下、洗面器をお持ちいたしました」
すかさずカーラが洗面器を差し出してくれた。
クリス様はベルトに差していた魔法の杖を手に取ると、短く水魔法の呪文を唱えた。
「いでよ、クリエイトウォーター!」
すると、なんということでしょう!
洗面器にどんどん水が……、どんどん水が……、溜まりませんっ。
がんばれクリス様!
ちょろちょろ、ちょろちょろ、という感じに少しずつ水が湧いて、やっといっぱいになった頃にはクリス様は真っ青になってしまった。
「クリス様、だいじょうぶですか?」
「大丈夫だ!」
そんな顔色でやせ我慢しちゃって。
これを毎日お願いするのはさすがに心苦しいな……。
「クリス様、チェリーナのためのご無理をさせてしまいもうしわけありません。でも、ありがとうございます。本当にたすかりました」
せめて心からの感謝の気持ちを伝えようと思い、クリス様にお礼を言った。
「なんか、お前、話し方が変わった……」
「えっ?」
「前はもっと馬鹿みたいな話し方だった」
ええ、まあ。
前世と合わせたら精神年齢は通算24歳ですから、以前とは話し方が多少変わったかもしれません。
ワタクシあなたよりずーーーっと大人なんで、お子様相手に怒ったりはしませんわ!
でも、これだけは言わせてほしい……ッ!
人に馬鹿っていう方が馬鹿なんだからねッ!?
「で、では、清潔な水が手に入ったことですし、治療を開始いたしましょう。全身を治療する必要がありますので、皆さま恐れ入りますが席をはずしていただけますでしょうか。クリスティアーノ殿下はだいぶ消耗されておられますので、どうかベッドでお休みくださいませ」
私の不穏な空気を感じ取ったかのように、先生が穏便に人払いをしてくれた。
部屋に先生と二人きりになると、少ない水で効果的に治療をするべく、まずは顔から洗浄していった。
背中とかより顔をキレイに治したいし、当然だよね。
先生は丁寧に顔を洗い終えると、何を思ったのかラップを正面から私の顔にぺたりと張り付けた。
ぶふッ、く、苦しいーーーー!
「ぶふぁッ! じ、じる……せんせッ!」
さすがにされるがままにしておけず、自力でラップを引き剥がした。
「はあっ、はあ……っ、ジルベルト先生! なにをなさるんですかっ!」
「えっ、なにって、これが先ほどお話しされていた新しい治療法なのでしょう? 患部を洗ったら、このらっぷというもので覆うのでは?」
せんせえ……っ!
まさかの天然砲ですか!?
心構えがまるでなかったのでダメージが大きいです。
「それはそうですが、息ができるようにおおわないと、チェリーナが死んでしまいますっ!」
「ーーーな、なるほどっ。言われてみれば確かにその通りです。大変失礼をいたしました!」
先生は当たり前の指摘をされて恥ずかしくなったらしく、顔を赤らめている。
そうでしょうとも。
包帯巻くときだって、普通は鼻と口には空気穴作りますもんね?
まったく、医者の天然は命にかかわります。
先生は気を取り直して、今度は小さく切り取ったラップを両頬と額の三ヵ所に分けて張り付けた。
ラップを張りにくい鼻には、幸いにして潰瘍がない。
次に、お腹や背中も綺麗に洗ってラップを巻いて行った。
どうか、どうか、痕が残りませんように……!
そうだ、後でもう一回ラップの箱を描いて、治癒効果のあるラップをイメージしてみよう。
上手くいくかどうかわからないけど、出来ることは何でもしておかないとね。
「ジルベルト先生、ありがとうございました」
「どういたしまして。しかし、この方法は清潔な水を手に入れるのが最難関だね……。クリスティアーノ殿下の魔力がいつまでもつか……」
先生は腕を組んで、考え込むように視線を落とした。
「はい……。クリス様にお願いできなくなりましたら、井戸水をじょうりゅうするしかないと思います」
「ーー蒸留? たしか、酒を造る方法の一種でしたか?」
なぜ私がそんな難しい言葉を知っているのかと、先生は目を見開いている。
お酒の蒸留なんて知らないけどね、鍋で水を沸かして、ふたに付いた水滴が蒸留水だよ!
「おなべにふたをしてお湯をわかすと、ふたにすいてきが付きます。その水はじょうりゅうすいと言ってきれいな水です」
「なんということだ! マルチェリーナ様には、本当に神様のお声が聞こえているのではないでしょうか! これはぜひともプリマヴェーラ辺境伯様にご報告しなくは! マルチェリーナ様、それでは今日はこれにて失礼いたします」
先生は早口で挨拶すると、足早に部屋を後にした。
えー、神子とか聖女とかそういうのは勘弁なんで、あんまり大袈裟に言わないでくださいね?
めんどくさいお役目を押し付けられたら遊ぶ時間なくなっちゃいますから!
そうそう、ラップラップ。
さっき描いた絵をコピーして、今度は箱に『強力治癒効果付き!スグニナオールEX』と書き加えた。
治癒効果が付与されますように!!
すぐに治りますように!!
神様、どうかお願いします!
「Yo! Yo! ラップ、それは、ちえりが描くキセキ、Oh! チェリーが描くミライ、Yeah! すぐになおるyo、とどけ愛の歌! ーーーよしっ、ポチッとな!」
ぽすん。
来た来たっ!
早速ラップの箱を片手にベッドを抜け出して、鏡の前に立った。
先生に張ってもらったラップをぺりぺりと剥がして、治癒効果付きのラップに張り替えた。
体はめんどくさいから明日からがんばればいいや。
ああー、早く治るといいなあ。
わくわくが止まらない!