第39話 取り調べと言い逃れ
エスタンゴロ砦を後にした私たちは、小1時間ほどで屋敷へ帰り着いた。
私たちのことを心配していたらしいお兄様とクリス様が、トブーンのプロペラ音を聞きつけて外へと飛び出してくるのが見える。
「チェリーナ! なんでこんな危ないことしたの!」
「本当に信じられないやつだな! こんな時に魔の森に向かうなんて大馬鹿のすることだ!」
お兄様とクリス様は口々に私を責めながらも、ほっとしたような表情を浮かべていた。
「クリスティアーノ殿下、チェレス、お出迎えいただきありがとうございます。私たちは失礼して着替えてまいりますわ。砦でドレスが濡れてしまいましたの」
お母様は寒さに震えながらそう言った。
飛行中お母様の口数がどんどん少なくなってしまい心配していたのだが、濡れたドレスを着て空を飛んだせいで体が冷え切ってしまったらしい。
「ポチッとな! おかあさま、これをのんでください! 元気になるのみものです!」
私はお母様にゲンキーナを勧めた。
お母様が風邪でもひいたら、更にみんなに怒られそうだもん……。
ささ、グビッといってください!
「ありがとう。チェリーナは寒くないの? 早く服を着替えなさい」
「私は寒くあり……、ぶえっくし!」
ズビ……。
あれ、そこまで寒いと思わなかったんだけどな。
私も風邪引かないように、念のためゲンキーナを飲んでおこうっと。
「カーラ、チェリーナの着替えをお願い」
「かしこまりました。はい、お嬢様。チーンしてください」
「チーンッ!」
私はカーラが鼻に当ててくれたハンカチで鼻をかむと、カーラに手を引かれて自分の部屋へと戻った。
「お坊ちゃまもクリスティアーノ殿下も、お嬢様のことをとても心配していらしたんですよ。私たちも、お嬢様が魔の森へ行かれたと聞いて本当に肝が冷えました」
「カーラ、しんぱいかけてごめんね……」
「いえ、私たちのことはいいのです。ですが、さすがの旦那様も、今度ばかりはお転婆が過ぎるお嬢様にお仕置きするんじゃあないでしょうかっ!? ご自分の心配をした方がいいかもしれません」
えっ……、お仕置き!?
やだなカーラ、そんな脅かさないでよ。
カーラは前世でいうと高校生の年齢だからか、言うことが直球すぎるときがあるよね。
もうちょっと、歯に衣とかいろいろ着せたほうがいいんじゃないかな。
素っ裸はよくないと思う。
「おとうさまは、チェリーナのことおこったりしないもん!」
「いえいえ、今度ばかりはさすがに。なにしろ、お嬢様のせいで奥様まで危険な目に遭う羽目になったんですよ? 旦那様は奥様のことを溺愛なさっていますから、お怒りも相当なものかと。おしりペンペンくらいは覚悟した方がいいですね」
えええー!
お父様の巨大な手で叩かれたら、私のおしりがっ……カチ割られてしまうかもしれない!
「どどど、どうしよう? じつは……、魔の森で魔物がおそってきて、おかあさま、もう少しでしぬところだったの……。チェリーナのことをかばって……」
「ええっ!? 勝手にエスタンゴロ砦に行っただけじゃなくて、魔の森に入ったんですかっ? 奥様がもう少しで死ぬところだったなんて! ああ、恐ろしい!」
カーラはそばかすの浮いた顔を両手で挟んで、ブルブルと震えた。
「ーーーやっぱり、きつくお仕置きする必要、ありますよね?」
カーラが思いっきり責めるような目で私を見ている。
いや、もう二度とこんなことしないし、特に必要ないと思うな!
うう……、このネチネチ攻撃は、絶対ここだけじゃすまない気がする。
このあとも、お父様とお母様とお兄様、それにクリス様からもこっぴどく怒られそうな予感しかない。
はあ……、憂鬱だ……。
私が着替えて居間へ入っていくと、案の定お兄様とクリス様が私が来るのを待ち構えていた。
「おい、エスタンゴロ砦で何をしたのか白状しろ」
「そうだよ、何があったの? どうして二人ともびしょ濡れだったの? お母様が乗っていった僕のトブーンは?」
お兄様の中では、トブーンの第1号機はお兄様のものだったの?
お父様に専用機を持つのはダメって言われたのに悪い子だな。
でも、あれは魔の森に置き去りにしてきちゃったし、あの状況じゃとても回収できるとは思えない。
……それよりも、むこうで何があったのか、本当のことを言ったら絶対怒られるな。
どうしよう、なんて言おう?
「あら。チェリーナ、クリスティアーノ殿下が事の次第を報告するようにと仰せよ」
遅れて居間にやってきたお母様も吊るし上げメンバーに加わった……。
うん、ゲンキーナのおかげで顔色がよくなったみたいだな。
「えー、その件につきましてはー、おとうさまがせんとう中ですのでー、ふさわしい時がくるまでお答えをさしひかえたいと! こう思うしだいでございます。ほうこく内容をせいりするお時間をいただき、ごじつお答えできるようぜんしょしたくーーー」
このメンツでは分が悪すぎるけど、お父様ならきっと私をかばってくれる筈だ。
お父様が帰るまで、なんとしても時間を稼ぐよ!
「……チェリーナ、その悪事が露見した大臣の苦し紛れの言い逃れみたいな返事は何なの? どこでそんな言い回しを覚えてきたのかしら。おかしな言い逃れをしてないで、きちんと答えなさい」
「はい……。でも、その前に! すべてをわすれ心を無にして、おとうさまやみんなの無事をいのろうではありませんか!」
この誘いは断れまい!
「チェリーナ」
「はい……」
頑張ったけど、ダメでした。
針の筵の中、私は精一杯状況を説明した。
一貫してみんなの責める目がきつかったけど、お母様が熊の魔獣に殺されそうになったくだりでは、それはもう刺すような視線で……。
「チェリーナ……。お母様をそんな目に遭わせるなんて信じられないよ。お父様が助けてくれたからよかったけど、もしお母様が亡くなっていたら……。僕は絶対にチェリーナを許さなかったよ」
お兄様の青い目が氷のように冷たい。
これは……、お母様が本当に亡くなっていたら、あのゲームのようにお兄様が私を殺す展開があったのかもしれない……ッ!
ヒイー、怖いよー!
それにしても、乙女ゲームの『ウィール オブ フォーチュン』と現実のこの世界がリンクしている気がしてならないな。
自分が本当にゲームの世界にいる可能性を、もっと真剣に考えた方がいいのかもしれない。
でも……、いろいろあったせいか、前世の記憶がどんどん薄れていっている。
早いうちに覚えていることを書き留めておかないと、いつの間にか全部忘れてしまいそうだよ……。
一夜明け、朝早くにトブーンのプロペラ音が聞こえてきた。
お父様が帰ってきたんだ!
私は急いでベッドを飛び下りると、窓へと駆け寄った。
玄関前を見ると、やはりお父様がトブーンを着地させるところだった。
私は一目散に部屋を飛び出して、お父様の元へと走った。
「おとうさまー!」
「おお、チェリーナ、早いな」
お父様は笑顔を見せてくれたが、やはり激しい戦闘のせいでかなり疲弊しているようだった。
「かったんですか?」
「ああ、誰一人死ぬことなく勝ったぞ。さすがに全滅はさせられなかったけどな。それでも、前もって整地しておいたおかげで狙い撃ちしやすかったよ。生き残った魔物は魔の森の奥へ引き返して行った」
「おとうさま、すごい!」
みんな無事だったんだ!
それに、整地したことが無駄にならなくてよかったあ。
「そうそう、空堀を飛び越えて進入しようとした魔物もいたが、結界の布があったからエスタンゴロ砦は無傷だったよ。今度の戦いは、父上とチェリーナのおかげで楽に勝てたな」
わあー、やったあ!
私のおかげで勝ったんだって!




