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第35話 魔の森の異変


その日、私は外の騒がしい物音で目を覚ました。

たくさんの馬の蹄の音が慌ただしく遠ざかっていく。


私はもぞもぞとベッドを這い出ると、窓の方へと近づいた。

カーテンを少し開けて外の様子を伺うと、騎士たちが忙しく駆け回り、なにかの準備に追われているのが見えた。


何かあったんだ。


私はそう直感すると、夜着のまま部屋を飛び出した。


「おとうさま! おかあさま!」


私は食堂へ入るなりお父様とお母様を呼んだが、二人の姿はどこにもない。


「マルチェリーナ様、旦那様はエスタンゴロ砦へ向かわれました。奥様はチェレスティーノ様のお部屋かと」


シーンと静まり返った食堂に、私の声に気付いたセバスチャンが来てくれた。


「エスタンゴロとりでに? いつも行っているのに、どうして今日はこんなにさわがしいの?」


「それは……、奥様からお話があるかと存じます。さあ、マルチェリーナ様もお着替えをお済ませください」


言葉を濁すセバスチャンには違和感しか感じない。

いつもの朝とは違う。

何か大変なことが起こっているとしか思えなかった。


「お嬢様。さあ、参りましょう。私がお着替えをお手伝いいたします」


気が付くと、カーラが私の傍に立っていた。

大人しくカーラに手を引かれて2階へ上がると、ちょうどお兄様の部屋から出てくるお母様と出くわした。


「おかあさま! なにかあったのですか?」


「チェリーナ……。みんな集まったら説明するわ。まずは着替えて、居間へ集まってちょうだい」


お母様は深刻な顔でそう告げると、有無を言わさず立ち去ってしまった。


「カーラ……、何がおこっているの? なんだか、こわい……」


「お嬢様、大丈夫です。旦那様はそれはそれはお強い方ですから。旦那様が必ず守ってくださいますよ」


カーラの慰めの言葉にも、私の心は晴れない。


「ーーさあ、参りましょう」


「うん……」


私はカーラに促されて自分の部屋に入ると、急いで顔を洗って着替えを済ませた。

今日はリボンをつける時間さえ惜しい。

私は自分で雑に髪を梳かしただけで部屋を後にした。




私が居間へ下りていくと、そこには着替えを済ませたお兄様が先にいた。

自室でお母様に何かを聞いていたらしく、ただならぬ様子で表情を強張らせている。

そして、私のすぐ後には護衛騎士を伴ったクリス様もやって来た。


「既にご存知の方もいらっしゃると思いますが、改めてご説明いたします。魔の森に魔物が大量発生していることが確認されました。本日早朝のトブーンによる見回りで発見したそうです」


魔物の大量発生っ!?

ま、まさか、10年前みたいにエスタンゴロ砦が破られるなんてこともありえるの?

もし、魔物が侵入してきたら……、街は……、みんなは……。


「おかあさま! だいじょうぶなのでしょうか?」


私は恐ろしさのあまり、お母様にしがみついた。


「伝令の話では、発見場所からエスタンゴロ砦までまだ距離があるそうよ。トブーンで向かえば、魔物の到着よりも先にお父様がエスタンゴロ砦に到着できるわ。私たちはお父様を信じて待ちましょう」


お母様は私の背中をさすりながら励ますようにそう言うと、クリス様の方に向き直った。


「クリスティアーノ殿下、尊い御身が危険にさらされるようなことがあってはいけません。どうか、トブーンでフィオーレ伯爵家へ避難していただけますようお願いいたします」


お母様は、クリス様に避難を願い出た。

王族、しかも正妃の子であるクリス様が、魔物に襲われるようなことがあってはならないのだ。


「……まだここが危険と決まったわけではない。プリマヴェーラ辺境伯がエスタンゴロ砦で魔物の侵入を防ぐ筈だ」


「わたくしもそう信じております。ですが、万が一ということもございます。どうか、避難を」


「エスタンゴロ砦とこの屋敷は遠く離れている。砦を破られてから避難しても遅くはない。万が一、砦を破られたその時は、みんなでフィオーレ伯爵家へ避難する」


お母様の必死の説得を、クリス様は頑として受け入れない。

しかし、クリス様の言うように、確かにエスタンゴロ砦からこの屋敷まではかなり遠い。


しばらく考え込んでいたお母様は、渋々ながら砦を破られてから避難するという案を受け入れることにしたようだった。


「……承知いたしました。エスタンゴロ砦が破られたその時は、無理やりにでも護衛騎士の方に運んでいただきます。よろしいですね?」


「わ、わかった」


お母様の眼光がギラリと鋭い。

いつも優しいお母様が見せた鬼気迫る表情に、クリス様は若干ひるんだようだった。




ああ、それにしても。

本当に魔物が大量発生するなんて信じられない!


こんなことになるなら、もっと真剣にエスタンゴロ砦の強化に励むべきだった。

どうして私はただダラダラと毎日を過ごしてたんだろう。


いま考えると、エスタンゴロ砦であの歌が頭に浮かんだのは、本当にお爺様が知らせてくれたんじゃないかとさえ思えてくる。


あの場所はお爺様が亡くなられた場所だもん、そういう虫の知らせ的な不思議なこともあるかもしれないじゃない。


ああ、私のバカバカ!


「いまから、わたしにできることは……」


昨日お父様は、木の伐採はだいぶ進んだと言っていた。

でも、草の刈り取りには手をつけていない。


今のままだと、お父様が放つ火魔法が草を伝って燃え広がることも考えられるよね。

やっぱり、消火の魔法具が必要だよ!


火を消す、水を出せるもの。

なにか、なにか……。


噴水……、シャワー……、じょうろ……。

じょうろって、もっと近代的なやつがあった気がするな。

なんだっけ、自動で水を撒くやつ。


「そうだっ! スプリンクラーだーーーーッ!」


そうだ、そうだよ、スプリンクラーだ。

ハヤメールの絵を改良して、プロペラ部分に穴をあけて、スプリンクラーとして水を撒けるようにすればいいじゃない!


「やったーーーー! これはいける! おとうさまのところへ行ってきます!」


突然叫び出した私を、みんながぎょっとした目で見てるけど、そんなことは気にならなかった。


私は自分のアイデアに興奮していてもたってもいられず、居間から走り出た。

そしてそのまま誰にも捕まらず玄関ホールを駆け抜け、玄関扉を開け放って外へと飛び出した。


「チェリーナ!?」


「おいッ、どこへ行く!?」


「チェリーナ! 待ちなさいッ!」


後ろでみんなの呼び止める声が聞こえたけれど、邪魔されないうちにさっさと飛び立たないと。

せっかく考えついたのに、お父様に届けにいっちゃダメって言われそうだもん。


「ーーーポチッとな!」


ドシン!


私は玄関前に大きい方のトブーンを出すと、座席に座ってシートベルトを締めた。

焦ってリモコンの操作を間違えないように気をつけないと。


みんながわらわらと駆け寄ってきて捕まりそうになったけど、護衛騎士の手があと一歩で届くというところで上手くかわして飛び立つことができた。


「チェリーナッ! いますぐ下りてきなさい!」


「チェリーナ! 魔の森へは行っちゃダメだ! 魔物が大量発生してるんだよ!」


「おいッ! 正気なのか! 戻ってこい!」


お母様、お兄様、クリス様、ごめんなさい。

お父様のところへ行ったらすぐに戻ってきます。

ちょっとだけ待っててください!



「おとうさまに会わないと! チェリーナのことはしんぱいしないで!」





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