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第33話 お父様の後悔


そんな改まって言わないといけないような出来事があったのだろうか。

私が生まれた時にはお爺様はもう亡くなっていたから、死因なんて考えたこともなかったけど……。


「何かあったのですか?」


「お爺様が亡くなられたのは、10年前に魔物が大量発生した時なの。お爺様はエスタンゴロ砦で戦闘指揮に当たられていたのだけれど、あまりに魔物の数が多くてね……。お父様は、自分のせいでお爺様が亡くなられたと、今もずっと悔やんでいるのよ。」


お爺様が亡くなったのは魔物のせいで、お父様のせいじゃないでしょ?

私はお父様が何を悔やんでいるのかよく分からなかった。


「なぜ、おとうさまのせいになるのですか?」


私がそう尋ねると、お母様は憂いを帯びた表情で10年前の出来事を語り始めた。


「あれは10年前の、チェレスが生まれた日のことよーーー」




--


19歳の私は、初めての子が産まれる日を心待ちにして日々を過ごしていた。

そしてその日も、そうやって何の変哲もない平凡な一日を過ごすのだと思っていた。


私は臨月に入った大きなおなかを抱え、いつもの時間に夫と義父と共に昼食を取っていた。

そこへ、息せき切った一人の騎士が飛び込んできて、平和な日常は一変してしまった。

 

「チェザリーノ様! 大変ですッ! 魔物の大群がエスタンゴロ砦に押し寄せています! エスタの街からも冒険者を緊急招集していますが、魔物の数が桁違いです! いつまで持ちこたえられるかッ!」


「なにッ!」


夫と義父は血相を変え、ガタンと大きな音を立てて椅子から立ち上がった。


「魔物はどんな種類で、どれくらいの数なのだ!?」


「種類は狼や猪、熊などの魔獣です。数は……木々に隠れて正確な数は分かりませんが、数千はくだらないと思われます!」


「数千だと……ッ! それほどの数に襲われたことはかつてなかった。砦が破られたらどのような被害を被るか計り知れぬ! 何としても砦を死守せよ!」


義父は魔物のあまりの数に顔色を失っていた。

長い間、このプリマヴェーラ辺境伯領を守って来た義父でさえ目にしたことのないような数の魔物が押し寄せているのだ。


もしエスタンゴロ砦を破られ、このマヴェーラにまで魔物が襲ってきたら……。

お腹の子はどうなるの?


そう思ったとたん、私の動揺が伝わったのかお腹が激しく痛み出した。

まさか、こんな時に陣痛が!?


「う……、ううッ……」


私は激しい痛みに椅子に座っていられなくなり、お腹を抱えて床にへたり込んでしまった。


「ヴァイオラ!? まさか、子どもが産まれるのかッ?」


夫は慌てて私の傍へ駆け寄ると、焦った声で私に問いかけた。


「あなた……、ごめんなさい。陣痛が始まったみたいです……、ううっ」


「そんな! これから逃げなければならないというのに何ということだ!」


夫の顔が絶望に青ざめた。

これから夫と義父はエスタンゴロ砦に向かい、プリマヴェーラ辺境伯家の子を宿す身である私は安全な場所へ逃げなければならないのだ。


でも、陣痛が始まってしまった今となっては、馬車で逃げることなどとても出来そうになかった。


「チェーザレ。エスタンゴロ砦には儂が向かう。お前はここでヴァイオラを守れ」


「しかし、父上! 私の魔法なしで戦うのですか?」


「お前の火魔法の威力はよく分かっている。しかし、お前には儂のような後悔をしてほしくないのだ。子どもとヴァイオラの無事を見届けたら、エスタンゴロ砦に向かってくれ。これは命令だ、よいな?」


私がプリマヴェーラ辺境伯家に嫁いだ時には、義母は既にこの世にいなかった。

夫の弟を産む時に、難産で苦しみぬいた末に亡くなられたと聞いていた。

義父はちょうどその時戦いに出ていて、義母の死に目には会えなかったとも……。


お産で命を落とす女性はとても多い。

義父は、夫が私の死に目にも会えないというようなことにならないように、夫をこの場に残してくれようとしているのだ。


「父上……、申し訳ありません。産まれたら直ちに駆けつけます」


「お義父様、このような時に申し訳ありません……」


私たちが謝罪すると、義父は微笑んで言った。


「よいのだ。元気な子を産んでくれ。なに、力が衰えたとはいえ、儂もまだまだ捨てたものではないぞ」


義父は、数年前の戦闘時に深手を負ったせいで、全盛期に比べるとかなり魔力が落ちてしまっていた。

魔物に噛みつかれたまま至近距離で火魔法を放ったせいで、熱風を吸い込んで喉を焼かれ、しばらくは声も出せないほどの怪我だった。


まだ50歳になったばかりの若さだったが、声はしわがれたまま元に戻ることはなく、赤毛だった髪はすっかり白くなってしまった。

夫はそんな義父をエスタンゴロ砦に行かせることを心苦しく思っているようだった。


「ヴァイオラ、さあ、寝室へ行こう。いま産婆を呼びに行かせる」


優しい夫は私を安心させるように笑みを浮かべると、逞しい腕で抱き上げてそのまま寝室へと運んでくれた。

屋敷の外からは、義父たちが慌ただしく戦いの準備を進める音が聞こえていたが、やがてそれも聞こえなくなった。


「う……うう……ああっ!」


「いきんで! もう少しですよ、がんばってください!」


駆けつけた産婆と侍女たちに世話をされながら、私は一刻も早く出産しなければと焦っていた。


「はやく、はやく、うまれてっ!」


私は汗まみれになりながら、必死に神に祈った。



ほぎゃ…、ほぎゃーーーー!



「生まれました! 元気な男の子ですよ! おめでとうございます!」


産婆は手早くへその緒を切ると、用意していたお湯で赤ん坊を洗った。


「生まれたかっ!」


バタンと思い切り扉を開く大きな音が響き、夫が部屋に入って来た。


「チェーザレ様、男の子ですよ! おめでとうございます!」


産婆は赤ん坊を布でくるむと、夫の方へと差し出した。

夫はおそるおそる小さな赤ん坊を受け取ると、大事そうに胸に引き寄せた。


「……チェレスティーノ。この子の名前はチェレスティーノだ。ヴァイオラ、よくやってくれた。俺はこのままエスタンゴロ砦へ向かう。この子のことを守ってやってくれ」


夫はそういうと、ベッドに横になっている私の枕元に赤ん坊を置いた。


「……はい。後のことはお任せください。ご武運をお祈りいたします」


「ああ。行ってくる」


夫は私の頬を優しくなでると、足早に部屋を出てエスタンゴロ砦へ向かった。

夫の馬の蹄の音が遠ざかるのを確かめた後、私はいつの間にか気を失うように眠りに落ちた。


次に私が目を覚ました時には、全ては終わっていた。

夫がエスタンゴロ砦へ駆けつけた時には、既に砦は破られた後だったという。


もう少しでエスタの街が襲われるという時になって、夫が全力で放った火魔法で、寸でのところで街は守られたのだ。


夫は、エスタの街を、プリマヴェーラ辺境伯領を、フォルトゥーナ王国を守りきった英雄になった。


しかし、夫が本当に守りたかったであろう義父を守ることは、ついに叶わなかった。




--


「お父様は、最初からご自分がエスタンゴロ砦へ行っていれば、お爺様が亡くなることはなかったと思っているの。お爺様は再婚もせずに男手一つでお父様を育てたんですもの、お父様にとってとても大事な方なのよ」


お父様……。

どうしてあんな歌にこだわるのか、正直言って意味が分からなかった。

でも、お父様の後悔を知った今なら、お爺様が自分に何かメッセージを伝えたいんだと思い込む気持ちが分かった気がする……。


でも、あの歌は本当は……。


「ううっ……」


お父様の思い入れを聞いたら、ズキンと胸が痛んで涙が溢れた。

お母様はそんな私の頭を撫でて優しく微笑んだ


「お父様は、お爺様からのお言葉をとても喜んでいらっしゃるわ。チェリーナ、ありがとう」


ああ、神様!

いっそのこと、本当にお爺様の夢を見させてください……。





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