第3話 新しい治療法
カーラが大騒ぎしたせいで、あっという間に両親とお兄様、それからジルベルト先生にクリス様まで戻ってきてしまった。
みんなでズラリと扉のところに並んでいるのを、ベッドに座ったまま出迎えた。
「チェリーナ! 大丈夫かっ!?」
「だ、だいじょうぶです。目がさめたら魔法が使えるようになっていたので練習していたのです」
別に隠すことでもないよね?
魔法が使えるようになって嬉しいし、家族も一緒に喜んでくれるかもしれない。
「なにっ!? 魔法か、それはよかった! そろそろ適性の片鱗が現れてもいい年齢だからな。チェリーナは何の魔法が使えるようになったんだ? チェリーナの髪の色からして、お父様と同じ火魔法かな!」
「あら、チェリーナもお母様やチェレスと同じ風魔法かもしれないわ」
「チェリーナ、僕と同じ風魔法?」
……何魔法なんだろう!?
さすがにペンタブ魔法じゃ通じるわけないよね。
クリエイティブかつエキサイティングな感じの魔法です、って言ってみるか。
「ええと、絵を描くと、描いたものがじったいかする感じといいますか……」
「絵が実体化する? 聞いたことがない魔法だな。」
誰も聞いたことがないみたいで、みんな首を捻っている。
そうだ、さっき描いたりんごの絵を保存してあるから、もう一度出してみよう。
「おとうさま、これ、練習で出してみたりんごです。食べられますよ?」
「り、りんご……、なのか? 不安になる色合いだな」
うん、ペンキ色ですもんね。
いきなりこれを出されても、食べ物とは信じられないだろうな。
「チェリーナはさっき食べました。おいしかったです。皮をむいたら普通のりんごですよ?」
「マルチェリーナ様。病み上がりだというのに、勝手にそのような安全性が確認されていない物を召し上がられたのですか?」
いつもは優しい先生の目が笑っていない。
こ、これは怒ってらっしゃる……!
「ジルベルト先生、ごめんなさい。食べられるかどうかためしてみたくなってしまって……」
「仕方のない方ですね。今度からは口にする前に大人に相談なさってくださいね」
「はい……。あっ、そうだ! ジルベルト先生、じつはこの魔法をさずかったときに、あらたな火傷のちりょうほうも夢でみたのです! これは神のおつげかもしれません!」
私が治療法を考えついたと言っても信憑性がないので、神のお告げってことにしてみたよ。
私の訴えを聞いた先生は、顔に微笑みを貼り付けたままギギギと頭を捻ってお父様の顔を見た。
あれ?
もしかして私の頭が大丈夫なのかと訝しく思ってませんか?
先生と目と目で会話しているお父様も深刻そうな顔をしている。
「チェリーナ、それはどんな治療法なんだ?」
ほっ。
さすがお父様、とりあえず話は聞いてくれるみたいだ。
「じゅうらいは、火傷はかわかしてちりょうしていました。しかし、その方法ですと、かわいたときにひふが引きつれて消えないあとが残ってしまいます」
お父様も先生もうんうんと頷いている。
よし、つかみはオッケーだ!
「新しいちりょうほうは、うるおして治すというぎゃくてんの発想なのです。かんぶを清潔な水でせんじょうして、薬はぬらずにラップというほごまくで覆います。ほごまくで覆われることで傷はうるおいを保ったまま、引きつれることなく新しいひふが作られるのです」
お父様と先生は、驚愕の表情で顔を見合わせている。
「チェリーナ、いったいどこでそんな難しい言葉を覚えたんだ? 病気で寝込む前は、木に登ったり川に入ったり野原を走り回るばかりで、まったく勉強などしていなかったのに!」
そうだっけ。
それはほんのちょっぴりお転婆な子どもだったかもしれません。
でも、前世の記憶を思い出した今となっては、もう勉強する必要なんてないんですよ。
だって私、前世の16歳と現世の8歳を足したら24歳だもん!
パーフェクトな大人の女性です!
「プリマヴェーラ辺境伯様、これは本当に神のお告げなのではないでしょうか! 聞いたこともない斬新な治療法ですが、医者として是非試してみたい!」
「それでチェリーナの病気の痕が少しでもよくなるなら、私からも是非ともお願いしたい。チェリーナ、そのらっぷと言うのはどこで手に入るんだ?」
やった!
お父様と先生がやる気になってくれた!
「いまからチェリーナが魔法で出します。なにかまっすぐな線が描けるもの……、そうだ、そこの絵本を取ってくださいませんか?」
先生は部屋に入ると、本棚から絵本を取って私のベッドの傍まで持ってきてくれた。
みんなが見守る中、集中しながらペンを走らせる。
定規があれば楽勝楽勝、あとはイメージで乗り切るよ!
仕上げに、箱に『ラップ 50M』って書けば完璧……!
「ヘイヨー、セイイェー……、はいっ、出来ました! せーの、ポチッとな!」
言い終わると同時に、ぽすっとベッドの上にラップの箱が落ちてきた。
私はそれを手にとって意気揚々と先生の方に差し出した。
「ええと、……なかなか興味深い発動方法ですね……。非常に個性的な呪文です」
どうしたのかな?
心なしか先生の顔が引きつっている気がする。
「チェリーナ、それが魔法なの? 手元で何か書いてるふりをしたり、何もないところを見つめたり、なんかちょっと気持ち悪かったよ?」
えっ、気持ち悪いってひどいわお兄様!
「チェリーナには、てもとに紙とペンのようなものが見えるのです。ですが、そこに書いたものはてもとの紙にはうつし出されず、目の前のもう一枚の紙にうかびあがって見えるのです」
「へえ~! 変わってるけど面白いね!」
箱の切り取り線からぺりぺりと一部をはがして開封すると、ちゃんとギザギザの歯がついているのが見えた。
そして真ん中のシールを引っ張って、ラップの端を引き出してみる。
やだ、私、芸が細かい!
「ジルベルト先生、このとうめいなまくがラップというものです。これをかんぶに巻くと、うるおいが保てます。火傷だけでなく、切り傷にも使えますよ」
自分の完璧な魔法に酔いしれながら、先生に使用方法を説明する。
ピクニックにサンドイッチ持って行く時だって、これからはもうパサパサしないよ!
「これはすごいな、ツルツルしてて向こうが透けて見える! なにで作られているのか不思議ですが、早速治療を開始してみましょう」
先生はラップの箱を受け取ると、30センチほど引き出したラップをギザギザの歯を使ってピッと切り取った。
「あ、待ってください。まず、清潔な水でせんじょうしなくてはなりません。川などのよごれた水ではダメです」
「そうでしたね。水魔法で出した水が一番清潔なのですが、困りました。ここには水魔法を使える人がいないのですよ」
そうかあ。
たぶん井戸水もキレイだよね?
雑菌が入っていたらどうしようと考えていると、いままで沈黙していたクリス様が口を開いた。
「ーーー水は俺が出す」




