第29話 おじいさまの歌
出迎えのために集まった騎士たちは、トブーンをもの珍し気に首を伸ばして覗き込んでいる。
お父様は、そんな騎士たちに向かって大声で言った。
「今日はお前たちにいいものを持って来たんだ。この乗り物、トブーンと言うんだがな。これがあれば魔の森の見回りがかなり楽になるぞ。座っているだけで目的地にいけるからな。このリモコンというもので操作をーーー」
お父様は早速、リモコンを片手に砦の騎士たちにトブーンの説明を始めた。
騎士たちもお父様を囲んで、ふんふんと頷きながら熱心に説明を聞いている。
「ーーーそして、これをこうすると着地する。どうだ、簡単だろう?」
ほうと感心する声があちこちから漏れた。
「これは素晴らしいですね! このような魔法具は初めて見ました。しかし、このような貴重なものを毎日の見回りに使ってよろしいのですか?」
ユリウスはまだ本性を現さずに演技を続けている。
この前はガッハッハって馬鹿笑いする、粗野ないかついおっちゃんだったのに……。
堅苦しい口調で話していると、本当に偉い責任者に見えてくるから不思議だ。
「いいんだよ。その方がチェリーナも喜ぶ」
「マルチェリーナ様が?」
騎士たちは突然私の名前が出たことにきょとんとしている。
「実はうちのチェリーナがすごい魔法を授かってな。このトブーンはチェリーナが魔法で出したんだよ。いやあ、俺に似たのか魔法の才能がすごいんだ。ひょっとしたら天才なのかもしれないな! はーーーっはっはっは!」
ちょ、お父様。
ドン引きするような親バカ発言はやめてー!
ほらあ、お父様の部下たちが生温かい目でお父様を見てるよ……。
「ははは、このプリマヴェーラ辺境伯領も安泰ですな」
ユリウスが頑張ってお世辞を言っている。
いかつい風貌に似合わず、お世辞も対応可能とは……。
なかなかデキる男だな。
「そうなんだよ。おお、それから治癒の魔法具、らっぷという名前なんだがな、それもチェリーナが作ったんだ。怪我した時に使うといい。それから緊急連絡用に、手紙を運ぶハヤメールという魔法具も置いていく。鷹の代わりに手紙を運んでくれるんだ」
お父様が次々と魔法具を紹介していくと、次第に部下たちの目が真剣になってくるのが分かった。
「治癒の魔法具まで!? 光魔法が使える者は希少だというのに、それはすごいですね!」
「ああ、どうも光魔法とは違うようなんだがな。チェリーナの魔法は見たことのない魔法だが、とにかくすごいんだよ」
部下たちの感嘆の声に気をよくしたお父様は、上機嫌でいつまでも娘自慢を続けた。
もう、いい加減恥ずかしいよ……。
ひとしきり自慢して満足すると、お父様は私たちの方に向き直った。
「さて。せっかく来たことだし、トブーンで上から魔の森を見てみるか? 本当なら子どもが立ち入れるようなところではないが、上から見る分には問題ないだろう」
ええっ、魔の森を見れるの?
本物の魔物が見えるかもしれない!
ちょっとしたサファリパークみたいだね。
「わあーーーー! みたい、みたい!」
話にはよく聞いているけど、実際に魔の森を目にするのは初めてだし、こんな機会でもなければ二度と見れないと思う。
「僕も見たいです!」
「俺も見る」
クリス様も行くの?
またトブーン酔いするかもしれないのに。
無理しなくていいんですよ?
「それじゃあ、まずはここに置いていくトブーンを出しますね! いくつひつようですか?」
「そうだな、まあ3機あればいいだろう。足りなければまた補充しよう」
「わかりました! ーーーポチッとな!」
ズッシーーーン!
3機のトブーンが空中にパッと現れ、そのまま地面に落ちるように着地した。
なんでいつもちょっと高いところから落ちるんだろう?
もしかして、私がペンタブを持つ高さに現れて落下するのかも。
複数同時に出すと結構地響きがするから、次に重いものを出す時はもっと地面に近づけて出してみようかな。
憶えてられたらの話だけど。
そんなことよりお父様、準備は万端です!
「さあ、魔の森へいきましょう!」
ふんふんふん~、楽しみだな。
森と言えば、小さい頃におじいちゃんが歌ってくれた森の歌を思い出すなあ。
「ひとりで森へ行ってはだめ~、
みんなで森へ行きましょう、
ちえりーちゃん。
森へ行ったら木をきって~、
草をあつめてそなえましょう、
ちえりーちゃん。
もうすぐそこまできているよ~」
らんらららんらんらん~ヘイ! そうそう、こんな感じの歌だった。
「……チェリーナ、その歌は一体なんだ?」
気が付くと、お父様が今までのにこやかな表情を一変させていた。
「これですか? これは、チェリーナのおじいさまが教えてくれたおうたですよ! 森へいくときのうたです。ロシアみんようですよ」
「なにっ、父上が!? いや、チェリーナのお爺様が? チェリーナ、お爺様に会ったことはないだろう? どこでその歌を教えられたんだ?」
はっ……!
よ、よく考えたら、おじいちゃんって前世のおじいちゃんだった!
一人で森へ行っちゃだめだよっていう内容の歌で、本当はロシア人の女の子の名前が入るんだけど、おじいちゃんはいつも私の名前に変えて歌ってたんだよね。
お母さんの実家は果樹園をやっていたから、広い敷地で私が迷子にならないようにと歌で注意してくれてたんだと思う。
どう考えても、迷子になるなよ以外の深い意味なんてあるわけない。
ど、どうしよう、なんて言おう。
「ゆ、ゆめで……」
もう、辻褄の合わないことは全て夢で済ませる!
「その夢で見たお爺様とは、しわがれた声で、白髪頭で、顔に皺がある背の高い男だったんじゃないか?」
お、お父様!
おじいちゃんは大体みんなしわがれた声で白髪頭で皺があるんですー!
「は、ハヒッ」
はい、としか言いようがないッ!
私たちを取り囲んでいる騎士たちから、先代に間違いないとどよめきが起こる。
え、あんな特徴で間違いないの?
「やはり! 父上は俺達に何かを知らせたくてチェリーナの夢に現れたのだ! 一人で森へは行くな……。木を切って、草を集めて備えろ……。もうすぐそこまで来ている……。どういう意味なんだ? チェリーナ、父上は他にも何か言っていたか?」
ひいいいい!
たまたま口ずさんだロシア民謡でこんな恐ろしいことになるとは……ッ!
これがほんとの……、
「おそロシア……」
「恐ろしや!? 父上がそう言っていたのか? 恐ろしいことが起こると! そのために備えろと言っているんだな!?」
ああっ、言えば言うほどっ!
タラッ……、タラタラタラ……。
冷や汗が止まりません!
いっそ気絶したいー!
「あ……、わからない。わかりません……、ごめんなさい、おとうさま……」
どうしたらいいのか分からないよ。
追い詰められて、じわりと涙が滲んできた。
お父様はそんな私の顔を見てハッとすると、私を抱き寄せて謝ってくれた。
「すまない、チェリーナ。チェリーナを責めているんじゃないんだ……。夢は目が覚めたら忘れてしまうものだからな。だが、もし何か思い出したことがあったら、お父様に教えてくれるか?」
「はい」
お父様は指で私の涙をぬぐうと、そのまま頬に手をあてて感慨深げに私の顔を見つめた。
「父上には……、チェリーナの名前がわかっていたんだな……。父上に子どもの顔を見せることが出来なかったと悔やんでいたが、いまも俺たちを見守ってくれているのだな……」
……お父様、感動中のところ申し訳ありません。
あの歌に出てきた名前、チェリーナじゃなくて、ちえりちゃんなんですー!




