第26話 新たな気持ちで
ーーーちえり! ちえりー!
私が横たわるベッドを取り囲んで、家族が必死に私の名前を呼んでいる。
お父さん、お母さん、お姉ちゃん、悲しませてごめんなさい……。
コンコン。
私はノックの音でハッと目が覚めた。
侍女のカーラが起こしに来たのだ。
「お嬢様、朝ですよ。そろそろ起きてください」
「まだねむい……」
アルジェの街で親を亡くした子どもたちに会ったせいか、私は前世での家族との別れの場面を夢で見たようだ。
みんな、今どうしてるんだろう……。
しかし、もう少し感傷に浸っていたかった私の抵抗は綺麗にスルーされ、シャッと音を立ててカーテンが開け放たれた。
「朝食の支度が出来ておりますよ。今日はお嬢様のお好きなチーズ入りのオムレツですよ」
なぬ!?
チーズ入りオムレツは私の大好物じゃないですか。
私はガバリと飛び起きた。
洗面器の水でぱしゃぱしゃと顔を洗って、カーラが用意したドレスにずぼっと頭を突っ込む。
そして、カーラが髪を梳かしてリボンを付けてくれるのを、されるがままになって出来上がりをじっと待つ。
「さあ、出来ましたよ」
「ありがとう、カーラ!」
私は一目散に食堂へと走り出した。
食堂が近づくにつれ、朝食のいい匂いがふわりと漂ってきた。
「おはようございます!」
元気に挨拶をしてテーブルを見ると、なんと!
私の好物ばかりではありませんか!
チーズ入りオムレツにトマトのスープ、卵液に浸したパンを焼いてはちみつをかけたもの、そして色とりどりの果物などがずらりと並んでいた。
パンは、丸パンを分厚く切って卵液に浸してから焼くんだけど、フレンチトーストみたいな味で、中がふわとろでとってもおいしいのだ。
今日は私の誕生日だっけ?
「おはよう、チェリーナ」
「おはよう」
「……はよ」
先にテーブルに付いていたお母様とお兄様、そしてクリス様が挨拶を返してくれた。
「わあー! チェリーナの好きなものばっかり! うれしいなー」
「ははっ、すっかり元気になったな? チェリーナ、おはよう」
私のテンションがマックスになっているところへ、お父様がやってきた。
「おとうさま! おはようございます」
ーーーもしかして、私を元気づけるために私の好物ばかり用意してくれたのかな?
昨日は、いつまでもグズグズと涙が止まらなかった。
長旅の疲れもあったのか、暗くなるとすぐに夕食も食べずに寝てしまった。
どうやら、お父様もお母様もそんな私を心配してくれていたみたいだ。
でも、もう大丈夫。
一晩経ったら気持ちがすっきりしたというか、もっと建設的に考えようと頭を切り替えられるようになった。
私には、ペンタブ魔法がある。
もう後悔しないために、この魔法の腕を最大限に磨く。
いま私が出来ることはそれしかないのだ。
「お腹が空いただろう? さあ、食事にしよう」
「はい!」
私は早速チーズ入りオムレツにフォークを入れた。
断面からチーズがとろりとあふれ出てくる。
パク。
んんー、おいしーい!
ぱくぱくと食べ進めていると、お父様が話しかけて来た。
「チェリーナ、トブーンなんだがな。昨日一日乗ってみたが、あれはとても役に立つ。今まで魔の森の見回りをするのは危険な仕事だったのだが、トブーンがあれば安全に出来るようになるだろう。それで、エスタンゴロ砦にいくつか置いておきたいのがだ、協力してくれるか?」
ええーっ、お父様のお仕事に私のトブーンが採用されたっ!?
すごいすごい!
「もちろんです! おとうさまのおしごとのお役にたてるなら、いつでもきょうりょくいたします!」
嬉しいな、嬉しいな。
「おお、ありがとう、チェリーナ。とても助かるよ」
お父様はニコッと爽やかに微笑んだ。
あれっ、なんだか違和感が……。
あっ!
「おとうさま! おひげがないー!」
「ああ……、まあな。剃ったんだ」
「おひげがない方がかっこいいです! これでもう、さんぞくと間ちがわれないですね!」
髭がないと5歳は若く見えるよ、お父様!
なんだか髪の毛も、いつもよりさっぱり整えられているように見える。
「ぶはっ! さ、山賊っ? プリマヴェーラ辺境伯が、山賊……くくく」
黙々と食事をしていたクリス様が、急にお腹を抱えて笑い出した。
「チェリーナ。お父様に向かって山賊だなんて。そんなことを言うのは失礼ですよ。やっぱり家庭教師の先生を探してマナーを身につけさせるべきね……」
やば。
お母様が静かに怒っている。
家庭教師なんて絶対嫌だ、遊ぶ時間がなくなっちゃうよ!
「おかあさま、ごめんなさい」
「お母様に謝ってどうするのです。失礼なことを言った相手が誰なのか、よく考えてごらんなさい」
そうだ、お父様に謝らないと。
「おとうさま、ごめんなさい。もう、おもっても言いません……」
「チェリーナ!」
ひいい、余計に怒った!
どうすればいいのー?
「まあまあ、いいじゃないか。子どもは正直なのが一番だ。それに、親子なのに思ったことも言えないなんておかしいだろう? チェリーナ、お父様には何でも思ったことを言っていいんだぞ」
「はあい! おとうさま、だいすきー!」
やっぱりお父様は話がわかるね!
「お父様! 僕もお父様が大好きです!」
「そうか、そうか。二人ともお父様が大好きか、はっはっは!」
お兄様まで便乗して大好きと言うと、お父様は嬉しそうに笑い声をあげた。
「もう……、子どもたちを甘やかしてばかりで困るわ」
お母様はため息をつきながらも、顔はにこにこと笑っていた。
お母様も機嫌もあっという間に治しちゃって、お父様はすごいな。
「そうそう、クリスティアーノ殿下。もうまもなく流行り病は収束しそうな見込みですよ。アルジェント侯爵領から送ったらっぷが各地に届けば、遅からず流行り病も癒えるでしょう。そうなれば、王都へ帰れますよ。楽しみに待っていてください」
お父様が笑顔を湛えたままでそう言うと、クリス様の顔はみるみる曇っていった。
どうしたんだろう、嬉しくないのかな?
「……帰らない」
「はっ? いま何と? 申し訳ありませんが、よく聞こえませんでした」
「俺は、帰らない! 魔法学院に通う年になるまでここで暮らす!」
クリス様は、バンッと手をついて立ち上がると、大声で帰らないと宣言した。
「「「「え、ええっ!?」」」」
魔法学院に通う年って、15歳まであと5年もうちにいるってこと!?
そんなの子どもが勝手に決められるの?
いくら王子だからって、人のうちに居座り過ぎだと思うな……。
「し、しかし、クリスティアーノ殿下。このような辺境では、王族にふさわしい教育が受けられません。陛下がお許しになるとはとても思えませんが……」
「父上には俺から手紙を書く。父上は断らない。俺に関心がないからな」
クリス様はそう言うと、唖然とするプリマヴェーラ辺境伯一家を置き去りにして、さっさと自室へと引き上げてしまった。
「お、おとうさま……」
「15歳まで、5年間もお預かりするのか……? こんなド田舎のどこをそんなに気に入ってくれたのか分からないが、ここには王族を教育できるような家庭教師などいないぞ。どうしたものか……」
クリス様の爆弾発言にお父様が頭を抱えてしまった。
「あなた、まだ決まったわけではありませんわ。王子を辺境で育てるなど前例がありませんし、きっと陛下がクリスティアーノ殿下をお諫めになるのではないでしょうか」
お母様がとりなすも、お父様も顔は晴れない。
「しかしな……、陛下はチェリーナとの婚約もあっさり認めているんだぞ。王族なら、他国の姫や公爵家の令嬢を娶るのが普通だろう」
「……そうですわね」
クリス様のせいでお父様とお母様が深刻そうな顔になってしまった。
まったく、あのお騒がせ王子め!




