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第25話 長い一日の終わり


お父様の手から放たれた小さな炎の玉は、あっという間に積みあがった弁当ガラを焼き尽くした。


「わあー、おとうさまの魔法をみるのはひさしぶりです!」


「本当は山の中で火魔法は使わない方がいいんだがな。まあ、これくらいならすぐに消えるし問題ないだろう」


お父様はそう言いながら焼け跡に近づいて、くすぶる煙を靴底で踏み消した。

山火事になったら大変だから、火種が残らないように気を付けないといけないのだ。


でも魔の森では、魔物相手にどうやって戦ってるんだろう?

山がダメなら森もダメだよね。


「おとうさま、魔の森では魔法でたたかわないのですか?」


「いや、もちろん魔法は使うよ。魔物相手に魔法なしではとても太刀打ちできないからな。ただ、森に燃え移ってもすぐに消せるように、大きな魔法は使わないようにはしている。的が動くから、狙って打ってもたまに外れて木に当たるんだよ」


「そうなんですね」


思いっきり力を出せずに魔物と戦うのは大変だろうな。

お父様が思う存分魔法を使える方法って何かないのかなあ?

私が水魔法を使えれば、たとえ火事になっても消火できるのに。

でも、ペンタブで描きようがないよ……。


「さて、そろそろ行こうか」


「はい」


消防車は難しすぎるし、消火器じゃたき火程度しか消えない気がする。

消火剤を撒く飛行機の代わりにトブーンで散布するとか?

でも、消火剤ってどんなものなんだろう。


間違えて燃料投下しちゃったら大惨事だし……、やっぱり水が一番いいよね。

うーん、これだという物が思い浮かばないよ……。


そうして、消火方法についてあれこれ考えを巡らせているうちに、私たちはあっという間にフィオーレ伯爵家へ到着した。




「やあ、チェーザレ、チェリーナ、お帰り! ずいぶんと早かったね」


私たちがフィオーレ伯爵家の正面玄関前に降りると、トブーンの音に気付いたジェルソミーノおじさまたちが出迎えてくれた。


「ああ、思ったより近かったよ。ーーー出発したのは10時半くらいだったか? 今は3時だから、4時間半で往復できたな」


お父様は懐から出した懐中時計を見ながら言った。


「やはりその乗り物は素晴らしいな。それで、アルジェの街の様子はどうだったかな?」


「……人がまったくいなかったな。ジェルソミーノ、少し話があるんだ」


「えっ? ああ、では私の執務室で話そうか」


お父様が二人だけで話をしたい様子なのを察したジェルソミーノおじさまは、自分の執務室へとお父様を招いた。


お父様は私に背を向けて、ジェルソミーノおじさまの後について、私から離れていこうとしている。


ーーーいやだっ!


「おとうさま! いかないでーーー!」


私はお父様の足にしがみつくと、夢中で引き留めていた。

何故かじわりと涙が溢れて来て、わんわんと声をあげて泣き出してしまった。


「えっ!? ど、どうしたの、チェリーナ!」

「あらあらっ? チェリーナ?」


周りのみんなが唖然としている。 


「大丈夫だ、チェリーナ。お父様はここにいるぞ。お前を置いて行ったりはしない」


お父様はかがんで私をひょいと抱き上げると、背中を優しくぽんぽんと叩いてくれた。

私はそんなお父様の首にぎゅうっとしがみついた。


「ーーーアルジェの街で、親を亡くした子どもたちを見つけてな……。大人に保護されずに、子どもたちだけで飢え死に寸前だったんだ。料理屋の裏で食べ残しを漁って必死に生きようとしていたんだが、街全体の人間が家に閉じこもっているから、食べ残しすら出ない状況でな」


お父様がジェルソミーノおじさまに説明していると、ショックを受けたようなビアンカおばさまの声がした。


「そ、そんな……! アルジェの街には孤児院がある筈ですわ」


「子どもたちは、孤児院の門が閉じられていて、入れて貰えなかったと言っていました。アルジェント侯爵は病気がうつるのを防ぐために、人々の不要な外出を禁止しているのです」


そう穏やかな口調で話すお父様は、非難していると取られないように気を使っているようだった。


「外出を禁止……」


ビアンカおばさまはそれ以上言えずに、呆然としてしまった。


「しかし、治療法が見つかった今は、外出禁止が解けるのも時間の問題でしょう。その子たちには、食料を与えて、大人が助けにくるまで頑張るようにと言い残してきました。どうか子どもたちを保護して、孤児院で暮らせるように、こちらからアルジェント侯爵へお伝え願えませんでしょうか?」


「え、ええ。もちろんです。プリマヴェーラ辺境伯様には、何から何までお世話になってしまい、本当に申し訳ございません。親を亡くした子どもたちのことは、わたくしが責任を持って兄に伝えますわ」


ビアンカおばさまはそう約束してくれた。


「そうだったのか……。チェリーナ、ごめんよ。私が無理を言ったばかりに、辛い思いをさせてしまったね」


ジェルソミーノおじさまは責任を感じているのか、悲痛な顔をしていた。


「いいえ。チェリーナは、行ったことをこうかいしていません。ざんねんなのは、もっと、はやくたすけてあげられなかったこと……ううっ」


私はアルジェの街の健気な子どもたちのことを思い出して、また涙がこみ上げてきてしまった。


「よしよし。さあ、家に帰ろう。お母様やチェレスもきっと心配しているぞ」


「ぼうしをカレンに……。それから、ラップをジェルソミーノおじさまに」


「ああ、そうだったな」


お父様はそう言うと、使いかけだがと断って、アルジェの街でマスク代わりに少しだけ使ったラップをジェルソミーノおじさまに渡した。


「チェリーナ、ぼうしはチェリーナにあげる。よくにあっているから。元気をだしてね」


私がカレンデュラに帽子を差し出すと、カレンデュラは首を振って受け取らなかった。


「でも……」


こんなに高級そうな帽子なのに、いいのだろうか。


「いいのよ、チェリーナ。辛い思いをさせてごめんなさいね。でも、ありがとう。チェリーナのおかげで大勢の人が救われたわ」


私は頷いて、ありがたく帽子を受け取ることにした。


「ありがとう、カレン、ビアンカおばさま」


「そろそろ行こうか。では皆さん、失礼します」


「うん。チェーザレ、チェリーナ、本当にありがとう。気を付けて」


私はお父様に抱かれたまま、トブーンに乗って飛び立った。

そして、どうやらそのまま眠ってしまったようだ。


私が目を覚ました時には、プリマヴェーラ辺境伯家の玄関前にちょうど着地したところだった。


「お父様、チェリーナ! お帰りなさい!」

「遅かったな」

「お帰りなさい。帰りが遅いから心配していたのよ」


私たちが戻ってくるのを今か今かと待ち構えていたらしく、お母様たちはドローンが着地する前に外に出て待っていてくれた。


私は半分寝ぼけながら、まだお父様の首にしがみついている状態だった。


「あらっ、チェリーナはお父様に甘えているの? ふふっ、よかったわね、あなた?」


「いや、まあ……」


優しく微笑むお母様の顔を見たら、また涙が出てきてしまった。

家族を失いたくない。

ずっと、ずっと一緒にいたい……!


「おかあさまーーー! うわーん!」


「え、ええっ!? どうしたの?」


お父様は私をお母様の元へ連れて行き、その場に下ろしてくれた。

私はそのままお母様にしがみついて、ドレスに顔を埋めた。

お母様は困惑しながらも、私の背に手を回してさすってくれた。


「事情は後で話すよ。いまは抱きしめてやってくれ。ふう、今日はいろいろあって気疲れしたな」






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