第24話 ささやかな救済
それから私は、ハンバーグ弁当を50個とゲンキーナを100個、それからマカダミアナッツチョコを200個とショートブレッドを200個出した。
今日中に消費しないと腐る危険のあるお弁当は少なめにして、日持ちするお菓子を多めに用意した。
あっ、あと見た目的に不評なりんごも100個出したよ。
ちゃんとビタミンCも取らないと栄養のバランスが悪いからね。
あとどれくらいの時間で、街のみんなにラップが行き渡るんだろう。
ほんの気持ち程度のことしかできないけど、ラップの効果が出るまで、街のみんなのお腹の足しになることを願う。
「みんな、いちばん年上の子はどの子?」
「たぶん、私…。12歳よ」
小さく手をあげた茶色い髪の女の子は、家に持って帰って分けるからといってお弁当を食べなかった子だ。
さっきは青白い顔をしていたけど、今はゲンキーナのおかげで顔色が良くなっている。
「大人はいないの?」
「ここにいる子たちは、親が死んでしまったの。病気で死んだり、飢えて死んだり……。元々住んでた家に帰れない子は、空き家に入り込んで暮らしてる。孤児院も門が閉まっているから、入れてもらえなくて、た、たべものが、ぜんぜん、なくて……っ! ううっ」
女の子は話してるうちにどんどん涙が溢れてきて、最後の方は嗚咽で言葉にならなくなっていた。
周りの子どもたちもつられてグスグス泣き出している。
「……そういう子は、他にもいるの?」
「ぐす……、親のいない子は、たぶんあの裏通りに集まってくると思う。あの通りは、料理屋がたくさん並んでる通りの裏だから、食べ残しをもらえるかもしれないと思って」
アルジェント侯爵は、不要な外出を禁止していると言っていた。
だから、親を失った子どもたちが大人に見つけてもらえずに困窮してしまったのだろう。
いや、もしかすると、たとえ気付いていても見て見ぬふりをするしかなかったのかもしれない……。
いつ病気が収まるのか、いつまで閉じこもっていればいいのか、他人に分けるほどの食料があるのか、誰にも分からないのだから。
「みんな。びょうきはもうすぐおさまる。もうすぐ大人がたすけにきてくれるから、もうすこしだけがんばって」
私は、子どもたちに希望を捨てないでいてほしかった。
うまく説明できなかったが、明るい未来がすぐそこまで来ていることを、精一杯みんなに伝えた。
「ほんとう?」
「本当なの?」
「なんでわかるの?」
子どもたちは半信半疑といった様子で口々に尋ねる。
「病気がまもなく収まるというのは本当だ。私達は今日、アルジェント侯爵に治癒の魔法具を届けにきたのだ。病気が収まれば、みんなも孤児院へ入れるだろう。私からアルジェント侯爵によく頼んでおくから心配するな」
お父様の言葉に、本当のことなのだと確信した子どもたちは、わあっと大きな歓声をあげた。
やはり大人の言う事は説得力がある。
「助けがくるまで、ここに出した食べ物を食べてしのいでいてくれ。もし他にも誰か困っている人がいたら、その人にも分けてやってくれないか」
「はい! わかりました!」
最年長の女の子が元気よく返事をした。
「あの、もしかして、神殿からいらした偉い方なのですか?」
「神殿……、ああ、いや……、まあ、そんなところかな」
お父様があいまいに答える。
「やっぱり! きっと神様が助けに来てくれるって、おかあさんが、おかあさんが……ううっ」
死んでしまったお母さんが、きっとあの子にそう言い残したんだろう。
こんな状況の中、子どもを残して先立たなければならなかったお母さんが、精一杯の希望の言葉を残したのだ。
私は胸がぎゅうっと締め付けられる思いがした。
体がカタカタと小さく震えてくる。
私の目から今にも涙が零れ落ちそうになっていることを察したらしいお父様が、私の背中を優しくさすってくれた。
「では、私達はそろそろ出発する。先を急ぐのでな」
「……おべんとうは、今日中にたべて。くさるかも、しれないから……」
「うん? みんな、おべんとーは今日中に食べてくれ。腐るといけないからな。誰かに食べさせる場合は、飲み物を先に飲ませることも忘れないでくれ。この飲み物は元気になる薬なのだ」
涙声で大きな声が出せない私の代わりに、お父様が注意事項を伝えてくれた。
子どもたちは真剣な顔で頷いている。
私たちはトブーンに乗り込むと、子どもたちに見守られながらゆっくりと飛び立った。
見送る子どもたちに手をふり、子どもたちの姿が見えなくなると、ついに我慢していた涙が零れ落ちた。
「ううっ……、うわーーーーん!」
私はお父様にしがみついて、声をあげて泣いた。
親のいない子どもたちは、プリマヴェーラ辺境伯領にもいることは知っている。
しかし、プリマヴェーラ辺境伯領では、親を亡くして親戚にも頼れない子どもたちは孤児院で保護されている。
料理屋の裏で、生きるためにごみ箱を漁る子どもを見たのは初めてのことだった。
私がのほほんと毎日を過ごしていたその時に、あの子たちはそこまで追い込まれていたのだ。
私はそのことに大きな衝撃を受けていた。
「チェリーナ……、よく頑張ったな。偉いぞ」
お父様が私を抱き寄せて慰めてくれるが、涙は一向に収まらなかった。
だって……、だってっ!
私がもっと早く助けてあげてたら、あの子たちのお父さんやお母さんはまだ生きていたかもしれない。
私がもっと上手く魔法を使いこなせたら、もっと上手く解決できたら、違う状況になっていたかもしれないんだ。
「なんで、もっと、はやく、まほうでっ……、ううっ」
「チェリーナ。お父様だけだったら、今にも飢え死にしそうなあの子たちを救うことは出来なかった。あの子たちを助けられたのはお前がいたからだよ。あの子たちを救ったのはお前なんだ。お前はよく頑張ったよ」
お父様の落ち着いた声と、背中をさする大きな手のおかげか、私はだんだん気持ちが凪いでいくのを感じていた。
ひとしきり泣いた疲れもあって、うとうとしかけたその時、とてつもない怪音が響き渡った。
ぐぎゅるるるるるるるるーーーー!
「ハ、ハハハ……、腹減った」
いや、鼓膜が破れるかと思ったわ。
すご過ぎる腹の虫です、お父様。
お腹で猛獣飼ってるんですか?
「ぷっ、あはははは!」
お父様の腹の虫パワーで、眠気も陰鬱な気持ちもいっぺんに吹き飛んだみたい。
「おっ、笑ったな。チェリーナは笑っている方がお前らしくていいぞ」
「ふふっ、おとうさま、どこかで下りておべんとうを食べましょう!」
「おお、そうしよう! 今なら5つはペロリと食えそうだ」
お弁当5つって……、フードファイターになるつもりかな?
やっぱり2メートルの体を維持するのは大変なんだね。
私たちは、山の中腹辺りでトブーンを下ろして休憩を取った。
二人ともだいぶ疲れていたので、ゲンキーナを一杯引っかけて体力を回復させてからハンバーグ弁当を食べ始めた。
お父様は宣言通りお弁当を5つと、それから私が食べきれなかった分まで平らげたよ。
食後にはりんごジュースも飲んでました。
「ふうー、食った食った。しかし、この肉は柔らかくて美味いな? いくらでも食えるのは、良いのか悪いのか分からんが」
「パンにはさんでもおいしいですよ」
「おお、それも美味そうだ。さて、眠気が来る前にもうひと踏ん張りして帰るか」
お父様はそう言うと、立ち上がってトブーンの方を向いた。
ちょっと待って、お父様。
食べ散らかしたゴミはどうするの?
「おとうさま、ごみはどうしますか?」
「ん? ああ、燃やして行くからそのままでいいぞ」
お父様はそう言うと、短く詠唱した。
「ファイアー・ボール」




