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第22話 秘密にすべきこと


執事に伴われてやってきたジェンナ先生は、感謝のまなざしをお父様に向けると、胸に片手を当て頭を垂れて挨拶をした。


「お初にお目にかかります。エドアルド・ジェンナと申します。フィオーレ伯爵家の主治医を務めるエルネスト・ジェンナの息子にございます。この度は父を介して大変貴重な魔法具をお譲りいただき、誠にありがとうございました。お陰様で私たち家族も、大勢の街の人々も救われました」


「いや、私は何もしておりません。フィオーレ伯爵の計らいによるものですよ。どうぞ頭を上げて楽にしてください」


お父様に促されると、ジェンナ先生は頭を上げて、私たちの向かいの席に腰を下ろした。


「早速ですが、ジェンナ先生に相談したいことがあるのです」


「ご相談ですか?」


「ええ、実は、治療にどれ程の魔法具が必要になるのか見当も付かないのです。フィオーレ伯爵から譲り受けた魔法具で、何人くらいの治療が出来ましたか? それから、大きい方が使いやすい、もしくは小さい方が使いやすいなど、ご意見はありますか?」


「なるほど、そういうことですか。実は、あまりに大勢の患者が押し寄せたので、正確な人数は把握していないのです。しかし、おそらく50人以上は治療したのではないでしょうか。大きさについては、いただいたもので特に不自由は感じておりませんでしたが、あれより大きいとなると扱いにくく感じるかもしれません」


ふんふん。

私がカレンデュラに渡したラップは、15センチ幅の方だったな。

じゃあ15センチ幅の方で、10個出せば500人は治せるよね?


いや、さすがに500人分は多すぎるかな?


「一つで50人程を治せるのですか。患者はどれくらいいるのか見当は付きますか?」


「いえ、それは私の方では分かりかねますが、この街では7~8人に1人は病気にかかっているような印象です」


7~8人に1人って言われても……。

結局何個出せばいいのか全然わからない。


「アルジェの街の人口は、3万人よりすこし少ない位だよ。それで7人に1人が病気だとして、ええと……」


お、ヒントが来ました!

人口が分かれば大体計算できるね。


「人口2万8千人で7人に1人がびょうきとしたばあい、かんじゃは4千人ですね。一つで50人をちりょうできるのならば、80こあれば足ります。よそへくばる分を入れて、300こではどうでしょうか?」


300個は1万5千人分だ。

それだけあれば、いくらなんでも足りるよね?

もし余ったら怪我とか他の治療にも使えるし、無駄にはならないと思うけど。


シーン……。


あれ?

みなさん、どうかなさいましたか?

お父様たちがピクリとも動かず、固まったまま地蔵みたいになってますけど。


「チェ、チェリーナ? 計算が出来るのか?」


「えっ?」


「まだ学校にも通っていないし、計算の仕方なんて誰も教えてないだろう? それに筆記用具も使わずにどうやって計算したんだ?」


あっ、それで見てたんですか。

まいったなあ、つい前世のくせで暗算してたわ。

なんて説明しようか……。


「わかりません! ただ頭にうかんできました」


そう言って私はニコッと笑った。

もう、言い訳考えるのもめんどくさいから笑ってごまかす!


ーーーいや、ベールで顔を隠しているから、ごまかせてなかったかも?


私はベールを少しめくってニコッと笑い直した。

これでよしと。


「こんなに幼い子が、あのように高度な計算を……」


「その上、信じられないような短時間で答えを出しました……」


アルジェント侯爵とジェンナ先生は、呆然としながら独り言のようにつぶやいた。


「いや、ははは。そ、それでは、魔法具の準備をしますので、申し訳ありませんが私たち二人だけにしていただいても?」


お父様は乾いた笑いを漏らしながら、アルジェント侯爵たちに席を外してくれるようにと頼んだ。

そうだよ、早く終わらせて早く帰ろうよ。

私、お腹空いて来たよ。


アルジェント侯爵たちが部屋を出たことを確かめると、お父様は真剣な顔で私に言った。


「チェリーナ、本当にお前には神の声が聞こえるのではないかと思えてならないよ。しかし、あまり知らない人の前で迂闊なことを言わないでおくれ。お父様はチェリーナを遠くの神殿へなどやりたくないんだ」


神殿っ!?

えっ、なにそれ怖い!

そんなところ行きたくないよ、お父様、私を離さないでー!


「しんでんにつれて行かれるのですか? いやです、チェリーナは行きたくありません!」


うう、悲しくなってきた。


「大丈夫だ、お父様がチェリーナを守るよ。でも、自分でも気を付ける必要があることは忘れないでくれ。ほらほら、泣くな」


お父様はハンカチを取り出して、私の涙を拭ってくれた。

ズビ……、鼻水も出て来たからちょっと貸してください。


私は、チーンと音を立てて思い切り鼻をかむと、お父様にハンカチを返した。


「うわ……、ははは。さあ、早くやることをやって家に帰ろう」


お父様は濡れた面が内側になるようにハンカチをたたみ直しながら、私に早く帰ろうと言った。


うん、早く帰る。

よーし、ちゃっちゃと終わらせるよ!


「ーーーせーの、ポチッとな! おとうさま、さあ、かえりましょう!」


ドスンと重そうな音を立てて、300個のラップが一度に現れた。

縦横1メートルくらいのスペースに、私の腰位の高さまでラップが積みあがっている。

こんな量のラップ、初めて見たよ。


「おお、これは結構な数だなあ。アルジェント侯爵がここから各地への割り当てやら運搬作業を引き受けてくれて助かったな」


お父様はラップの小山を見てそう言うと、部屋の扉を開けてアルジェント侯爵たちを呼び戻した。


「お待たせいたしました。魔法具が揃いましたので、どうぞ中でご確認ください」


「おやおやー、これはすごい量ですね。これほどとは思わなかったなあ」


「ええ、これだけあれば多くの人が助かります。プリマヴェーラ辺境伯様、本当にありがとうございます」


ジェンナ先生は、患者を救う手立てが出来たことに目を輝かせている。

うん、後のことはお二人にお任せしました!


「それでは、私たちはこれで失礼いたします」


「昼食の時間だと言うのに何もお構いできず申し訳ありません。妻や子ども達は妻の実家に預かってもらっていて、執事と下男一人以外は皆休ませているのですよ」


「いいえ、どうかお気になさらず。このような緊急事態にもてなしてもらおうとは思っておりませんよ」


お父様は謝罪するアルジェント侯爵に向かってほほ笑むと、手招きして私を呼んだ。


「さあ、帰ろうか」




アルジェント侯爵家を後にして、私たちは快調にトブーンをブンブン言わせていた。

下を見ても、相変わらず人っ子一人いないね。


「それで、感想は?」


お父様はニヤニヤと笑いながら私に感想を求めてきたが、何のことだかさっぱりわからない。


「なにがですか?」


「アルジェント侯爵のことだよ。悪徳領主かもしれないから気を付けろって言ってただろう?」


「おとうさま、あくとくりょうしゅだなんて失礼ですよ」


人を疑うなんてよくないと思います。


「おっ、ころっと手のひら返したな? お前が悪徳領主だの悪人だのと言い出したんだぞ」


お父様は呆れたように言った。


「ええー、チェリーナが? おとうさまが言ったんじゃないかなあ?」


「お前なあ。自分の言ったことを人のせいにするなよ。しらばっくれる悪い子には、こうだ!」


お父様はそういうと、私を片腕でがっちり捕まえてお腹をこしょこしょとくすぐり始めた。

うきゃあああ、助けてー!


「あひゃひゃひゃひゃ! おとっ、おとーさま! もうっ、こうさん! ごめんなさい!」


「よし」


まったく、お父様は容赦がないな。

あー、暴れたらますますお腹空いてきたよ。


「おとうさま、おなかがすきました」


「そうだよなあ。お父様も腹が減ったよ。しかし、この街の状態じゃ料理屋なんてやってないぞ」


お父様は盛大にお腹をぎゅるると鳴らした。

うん、私より切羽詰まってる感じだね。


「そうですね……。どこかで止めて、チェリーナの魔法でたべものをだしましょう!」


「おお、それがいい。アルジェの街を出たらトブーンを止めよう」


「はい!」


私は何が出せるか、あれこれと考え始めた。

そして、見るとはなしに下を見て、細い裏通りの異変に気が付いた。



「ーーーおとうさま、あれは……?」





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