第19話 ジェルソミーノおじさまの頼み事
カレンデュラとトゥリパーノお兄様は、驚きのあまりただ目を見開くばかりで言葉が出ないようだった。
トゥリパーノお兄様は、綺麗な見た目も穏やかな性格もジェルソミーノおじさまに瓜二つ。
12歳の男の子に言うのは変だけど、とても可憐でかわいいのだ。
「あらあらー、中へお通しせず何をなさっているの? プリマヴェーラ辺境伯様、ようこそいらっしゃいませ」
おっとりした口調で現れたのは、カレンデュラたちのお母様のビアンカおばさまだ。
ビアンカおばさまはカレンデュラと同じ金色がかったオレンジ色の巻き毛で、大きな茶色い目をしている。
ほわんとしていて、いつまでも少女のような雰囲気を持った人だ。
「フィオーレ伯爵夫人、お久しぶりですね。お元気そうで何よりです」
「プリマヴェーラ辺境伯様もお変わりなく。遠いところをお越しいただきありがとうございます。主人が無理を言ったのでなければよいのですが」
「いや、無理ではありませんよ。一刻も早くお力になれればと思い、こうしてやって来たのです。早速ご希望の品をお渡ししましょう。どちらに出せばよろしいですか?」
黙り込んでいたジェルソミーノおじさまは、お父様のその言葉を聞いて決心したように顔をあげた。
「なんともずうずうしいお願いでとても言いにくいのだけれど……、チェーザレ、その乗り物を貸して貰えないだろうか? それがあれば、馬車で運ぶよりもずっと早く他領へ運べると思うのだよ」
「それはそうだろうが、しかし、貸してしまっては俺たちの帰りの足がなくなってしまうからな……」
そうだよね。
貸すのはちょっと……。
ちゃんと操作できるのか心配だし、事故でもあったら責任とれないしね。
「我が家の主治医の息子一家が暮らすアルジェント侯爵領までは、山を迂回する必要があるから馬車で二日かかるのだけれど、その乗り物ならば道は関係ないだろう?
山を迂回せずにまっすぐに飛べば、日の高いうちに往復出来るのではないかと思うのだよ。アルジェント侯爵領は交通の便が良いから、我が家から各地へ運ぶよりも、そちらを拠点にしたほうが効率がいいと思ってね」
「なるほど。どうする、チェリーナ? 行けるか?」
「はい! チェリーナはだいじょうぶです! 早く行って、くるしんでいる人をたすけてあげましょう!」
私はこぶしをぎゅっと握ってやる気をアピールした。
「おお! ありがとう、チェリーナ! チェーザレ、心から感謝するよ。頼み事ばかりで本当に面目ないのだけれど、アルジェント侯爵領は妻の実家でね。妻も私も、病気が猛威を振るっていることに心を痛めていたのだよ」
「そうか、奥方の実家だったな。わかったよ。らっぷは必ず届けるから心配するな」
「急いで領主宛に手紙を書くから、しばらく中でお茶でも飲みながら休んでいてくれるかな」
はあい。
そうだ!
待ってる間に、みんなに魔法のおやつをご馳走しようっと!
私はフィオーレ伯爵家の居間に通されると、すかさずテーブルの上にりんごジュースとショートブレッドを出した。
「ビアンカおばさま! トゥリパーノおにいさま、カレン! 魔法のおやつを食べてみてください! おとうさまもどうぞ!」
紙パックの開け方を実演しながら説明すると、みんな器用に開けてごくごく飲みだした。
「あらー、おいしいわあ。この味はりんごね」
「つめたくておいしい!」
「本当だ、おいしいね。いくらでも飲めそうだよ」
お父様は、喉が渇いていたのか無言で一気飲みしている。
「ふうー、うまかった。チェリーナの魔法は飲み物や食べ物も出せるのか。これは不作の年には大助かりだな」
「はい! チェリーナはいつでもおとうさまをおおだすけします!」
「ははっ、おおだすけしてくれるのか。それは頼もしいな。」
お任せください、大いに助けるよ!
それから10分程して、手紙を書き終えたジェルソミーノおじさまが居間へとやってきた。
「やあ、なんだか甘い匂いがするね。そういえば、この前チェリーナが土産に持たせてくれた茶色い甘味はおいしかったなあ」
ジェルソミーノおじさま!
マカダミアナッツチョコ、食べてくれたんですね!
今日のおやつも自信作なんですよ。
「ーーポチッとな! はい、ジェルソミーノおじさまの分です」
「おお、ありがとう」
私は紙パックのりんごジュースを開けてあげてから、ジェルソミーノおじさまに手渡した。
「どれどれ。ーーーうん、おいしいよ。それにしても、チェリーナの魔法の腕は大したものだなあ。治癒の魔法具から空飛ぶ魔法具、それに食べ物までとは恐れ入ったよ」
えへへ。
そんなに褒められたら恥ずかしいよー!
私は隣に座るお父様の脇腹にぐりぐりと頭をねじ込んだ。
これからも、みんなの期待に応えられるように頑張らないとね!
なんか、やる気が漲ってきたよ!
「いてて。おい、あんまり煽てないでくれよな。チェリーナが調子に乗ったら、取り返しのつかないことをしでかしそうでヒヤヒヤするんだよ。そうそう、チェリーナの魔法のことは、他の人にはあまり言わないでくれないか。らっぷを作ったのはチェリーナだということは秘密にしたいんだ」
「秘密だったのかい? それは困ったな。治癒の魔法具のことは、もうプリマヴェーラ辺境伯家から貰ったと言ってしまったよ」
ジェルソミーノおじさまは困り顔になった。
うん、今更言われても困るよね。
「いや、気にしないでくれ。口止めしなかったのはこちらだ。うちは辺境だから、よその領で噂が広がるなんて全く想定してなかったんだよ。それにプリマヴェーラ辺境伯家から貰ったと言っただけなんだろう? チェリーナの名前が出てなければ、まあ大丈夫だろう。うちの領には魔術師が大勢いるからな」
プリマヴェーラ辺境伯領は、フォルトゥーナ王国で唯一の魔の森に隣接する土地だ。
だから、魔物目当ての冒険者たちが国中から集まってくる。
魔の森とプリマヴェーラ辺境伯領は、エスタンゴロ砦とそれに続く高い障壁で隔てられていて、砦に一番近いエスタの街が魔の森へ出かける冒険者たちの拠点となっているのだ。
私たちが住むマヴェーラの街は魔の森と離れているから、私は一度も魔物なんて見たことないし、冒険者たちもあまり見かけないんだけどね。
「そう言ってもらえると助かるよ。この手紙にも口止めのことは何も書いてないから、申し訳ないけれど領主本人に希望を伝えてもらえるかな? 領主はビアンカの兄上で、とても気さくな良い方だよ」
そう言ってジェルソミーノおじさまはお父様に手紙を託した。
「あらー、チェリーナが作ったと言うことは内緒なのね。それなら、念のために顔を隠して行ってはどうかしら? カレンデュラ、ベール付のお帽子があったでしょ? チェリーナに貸しておあげなさい」
「はい、おかあさま」
カレンデュラが頷くと、侍女の一人が帽子を取りに行った。
すぐに戻って来た侍女から手渡された帽子は、白薔薇をモチーフにした可愛らしいデザインだった。
ベールの部分は、シフォン地で花びらを重ねたようになっており、口元辺りまでを覆うようになっていた。
「チェリーナ、よく似合うわよ」
「そんな大人っぽい帽子は買ってやってことがなかったな。なかなか似合うぞ」
わあー、大人っぽいだって!
なんだか、お姉さんになったみたいな気分だな!