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番外編 花嫁の父


シーンと静まり返った部屋の中、俺は1人ソファに身を沈めグラスを傾けていた。


「とうとう明日か……、はあ……」


明日は、かわいい娘の結婚式が執り行われる。

様々な準備に追われ、忙しさにかまけて考えるのを避けてきたが、もう限界だ。


……今からどうにかブチ壊せないものか。


「だいたい、チェリーナに結婚はまだ早い!」


俺は一気に酒をあおり、サイドテーブルにガンと打ち付けるようにグラスを置いた。

酒が足りない。


セバスチャンは……、いや、もう夜中だしな。

それにもう息子に代替わりしたから、呼ぶならセスのほうだ。


「あなた。まだ起きてるんですか?」


「ヴァイオラ……」


ナイトガウン姿のヴァイオラが、いつまでもベッドに行かない俺の様子を見に来たようだ。


「明日は早いわ」


「分かってる……」


明日は日の出と共に起きて王都へ行く。

娘の結婚式があるからな!


それが分かってるから飲まずにはいられないんだ。

俺はアイテム袋から、チェリーナが魔法で出した紙パックのワインを取り出した。


「もう。それで最後にしてくださいね」


「……」


それは約束できない。


「チェリーナが結婚するからといって、そんなに落ち込むことはないでしょう? これからすぐ近くに住むのですもの。今までよりも頻繁に会えるくらいよ」


ヴァイオラは俺が座るソファのすぐ傍まで来て、肩にそっと手を置いた。


「それはそうかもしれないが……。だが……、だが……」


「だが、どうしたの?」


「俺の娘だったチェリーナが、他所の男の妻になってしまうんだぞ! 名前だってマルチェリーナ・プリマヴェーラから、マルチェリーナ……、何になるんだろうな?」


名前も分からないような男に嫁がせることになるとは!

俺は紙パックに口をつけ、ゴクゴクと半分ほど飲み干した。


「あなた、飲みすぎよ。他所の男って、クリスティアーノ殿下の妻になるんでしょ。そんな見ず知らずの赤の他人に嫁がせざるを得ないみたいな言い方して」


「王族と結婚など! かわいいチェリーナがこれからどんな苦労をする羽目になるか……、くうッ……」


ああ、出来ることなら、チェリーナが苦労しないように俺が一生守りたい!


「ほら、涙をふいて。結婚しても、チェリーナがあなたの娘だということは変わらないわ。確かな血の繋がりがあるんですもの」


ヴァイオラは俺の隣に腰を下ろし、安心させるように優しく微笑んだ。

……チェリーナが生まれたときにも、こんな風に優しい笑みを浮かべていたな。


「チェリーナは、とても小さい赤ん坊だったな……。俺の両手にすっぽり収まるほど小さくて……。よく無事に育ってくれたよ」


誕生を祝う暇もなくすぐ戦いに出かけたチェレスのときと違って、チェリーナのときは生まれてからずっと片時も離れずにその日を過ごした。

小さな手の小さな指に小さな爪が生えていて……、あまりの精巧さに、神の奇跡を感じたほどだ。


「ふふっ、あなたの手が大きいのよ。チェリーナは普通の大きさの赤ちゃんだったわ」


「俺と同じ赤毛で、天使のように可愛らしい赤ん坊だった……。他の子を見ても、チェリーナより可愛い赤ん坊には会ったことがないな」


みんな俺にそっくりだと言って褒めてくれたっけ。


「ふふふっ。チェレスがチェリーナを見て『しわしわで変な顔』と言って、あなたに叱られていたことを思い出したわ」


初日こそ変な顔などと言っていたチェレスだが、小さな妹をよく可愛がっていたよな。

兄妹仲がよくて、2人とも天使のように愛らしかった。


すくすくと元気いっぱいに育ち、2人の子どもの寝顔を見るだけで一日の疲れも吹っ飛んでいったっけ。


「本当に、よく元気に育ってくれた……」


幸せな毎日を過ごしていたある日……。


俺が国王陛下の頼みを断れなかったせいで、恐ろしい悪夢のような出来事が起こってしまった。

あの頃は毎日、その事態を招いた自分自身を呪っていたな……。


頼られるとつい安請け合いしてしまうんだよ、俺ってやつは……。


「そうね……。たとえ誰かの妻になって一緒に暮らせなくても、私たちの娘は元気に生きている。生きていてくれるだけでいいと思うことにしましょう?」


「そう……、そうだな……」


本当に、ヴァイオラの言うとおりだ。

チェリーナが生きている、それ以上の望みなんてなかった筈だ。


「明日は笑って送り出してあげてください。あなたが先に涙を見せては、チェリーナが堪えられるわけがないもの。せっかくの結婚式なのよ、綺麗な花嫁姿で嫁がせてあげましょう」


「ああ、そうする……、ううっ……」


祝福したい気持ちは嘘ではないが、どうしても寂しさが先に来てしまう。


「さあ、こちらへ来て。涙は今夜だけね」


俺はヴァイオラの広げた腕の中に頭を預けた。

愛しい妻の匂いに包まれ、少し気持ちが落ち着いてくる。


「私はこれからもずっとあなたの傍にいるわ」


「ヴァイオラ……。俺は弱い男だ……」


「それは違うわ。あなたは愛情深いだけよ」


愛情深いだけ、か……。

俺は家族を失うことが一番恐ろしい。

こんな俺に呆れることなく、寄り添ってくれる妻には感謝しかないな……。





翌朝、激しい喉の渇きで目が覚めた。

頭がガンガンする。

完全に二日酔いだ……。


何とかベッドを這い出てゲンキーナを飲み、顔を洗うと気分がすっきりしてきた。


「おはよう、あなた。早いのね」


「ああ、おはよう。喉が渇いてな」


「ふふっ、かなり飲んだものね」


手早く着替えと朝食を済ませ、王都へ発つ準備を整える。

最速トブーンにヴァイオラの風魔法を使えば、午前中のうちに余裕で着くだろう。





王都の屋敷へ着くと、チェリーナは支度の最中だという。


俺達も結婚式用の衣裳に着替えなければならないな。

顔を出すのは着替えを済ませてからにするか。


「チェリーナ」


「お父様、お母様、いま着いたのですか?」


ノックの音に気が付き、こちらを振り向いたチェリーナは輝くばかりの美しさだった。


常日頃から周りに俺に似ていると言われていたし、自分でもチェリーナは俺似だと何の疑いもなく思っていたが……。

こうして見ると、チェリーナはヴァイオラにそっくりだったんじゃないか!?


「チェリーナなのか!? これは驚いた! 結婚した頃のヴァイオラに瓜二つじゃないか」


あの頃のヴァイオラは初々しくて、儚げな美少女だった。

この子を一生守ると誓ったものだ。


「本当に綺麗だよ、チェリーナ」


まさかチェリーナがこれほどヴァイオラに似ていたとは……、いままでなぜ気が付かなかったんだろう。


それにしても、ヴァイオラの言ったとおりチェリーナが今にも泣き出しそうだな。

せっかくここまで綺麗になったのに、みんなにこの姿を見てもらう前に台無しになってはもったいない。


チェリーナのためにも、俺は絶対に涙を見せないぞ!





「しかし……、まさかチェリーナからプロポーズしていたとはな」


「ええ、私も驚きました」


無事に挙式と披露宴が終わり、王都の屋敷へ戻って来た俺達は、ソファに倒れこむようにドサリと体を預けた。

目まぐるしい一日を無事に終え、肩の荷は下りたが……。


俺の娘は、木に登って王子の部屋に忍び込み、自分からプロポーズをしていた。

病気の感染を防ぐために会わないようにと事前に言っていたのに、そんな対策には何の意味もなかったと今更ながら知り、ヴァイオラと俺は愕然とした。


「部屋を3階にすればよかったのか……」


「やめてください、それこそ死んでいたかもしれません」


そうだな……、1階分高くしたくらいで諦める娘じゃなかった。


バルコニーから転落するところを助けてもらった上に、病気を移した責任を取らなければならないような筋合いでもなかったのに、嫁にもらってくれたクリスティアーノ殿下……、いや、アメティースタ公爵には言葉がない。

なんと言えばいいのか分からないが、とりあえずは謝りたい気分だ。


「マルチェリーナ・アメティースタか……」


「クリスティアーノ様の瞳の色から取ったんでしょうね。素敵な名前」


「そうだな」


紫水晶(アメティースタ)……、確かに宝石のように印象的な瞳だからな。

うん、なかなかいい名前だ。


これからあの貧しい男爵領を、アメティースタ公爵領の名に恥じないような領地にしなくてはならない。

口で言うよりずっと大変な仕事になるだろう。


若い2人だけではきっとどうにもならない。

ここは俺が一肌脱ぐしかないだろうな。


そう、仕方なく手伝うんだ。

決して娘離れが出来ないわけじゃないからな!






最後までお読みいただきありがとうございました。


続編ですが、チェリーナが結婚したことにより「辺境伯令嬢」ではなくなってしまいましたので、シリーズものに分けることにしました。

『公爵の新妻はペンタブの魔法使い』というタイトルで、今日から領地改革編を始めました。

しばらくはそちらに集中したいと思いますが、子ども時代など、結婚前の番外編はこちらに投稿させていただきたいと思います。


そして……、今更ですが、登場人物紹介を作りました。(遅くてすみません)

この後投稿させていただきます。


それでは、領地改革編もぜひお読みいただけましたら幸いです。

どうぞよろしくお願いいたします!


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