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番外編 ハッピーバンケット②


他の来賓や友人たちのスピーチも滞りなく終わり、王宮料理長が腕を振るってくれた料理も、あとはデザートを残すのみとなったところで宰相から再び声がかかった。


「さて、みなさんお待ちかねのエイガがいよいよ始まります。新郎新婦に向かって左側の壁にエイガが映し出されますので、そちらにご注目ください。会場が暗くなりますが、どうぞご心配なきようお願いいたします。それでは、どうぞ!」


宰相の合図で右側の掃き出し窓に一斉にカーテンが引かれ、披露宴会場が薄暗くなった。


ちなみに左側の壁だけど、豪華絢爛な王宮内にシンプルな白い壁などある筈もなく、そこには私の魔法で出したスクリーンが取り付けられている。

出しっぱなしでは悪目立ちしてしまうので、今は元々そこにあったカーテンで目隠ししてあるのだ。


「あはははは」


どこからか小さな子どもの笑い声が聞こえてきて、そちらに顔を向けると、スポットライトの中に赤毛の女の子がパッと現れた。


女の子は楽しげな笑い声をあげながらタタタと走り、映画が上映される壁の脇に作られていたセットの木によじ登り始める。


あの子、チェリーナ役の子だよね?

な、なにしてるのかな……?


そして、ダララララララララーとドラムロールのような効果音と共に、女の子は弾むように前後に体を揺らす。


「エイッ!」


女の子は、掛け声と共にぴょんと飛んでカーテンの裏側に隠れた。

それと同時に、壁にかかっていたカーテンがシャーッと勢いよく開け放たれる。


タイミングよく空中を飛ぶ女の子がスクリーンに映し出されたことで、まるで女の子が映画の中に入り込んだかのようにして物語が始まった。




--


クリスティアーノは部屋の中で1人、ため息をついていた。


「病気から逃れるためとはいえ、こんな遠くにやられるなんて……。王都へはいつ帰れるんだろう……」


ポスンとベッドに倒れこむ。


「父上……、母上……」


まだ幼いクリスティアーノは、両親を呼びながら枕に顔をうずめた。


「きゃーーー! たすけてえ!」


「この声は……?」


クリスティアーノは不思議に思い、バルコニーに出て外の様子を窺ってみることにした。


「だれかー!」


目を凝らすと、バルコニーの手すりに小さな手が見える。

上から覗き込むと、赤毛の女の子が真っ赤な顔をして必死に手すりにしがみついていた。


「君は……?」


「たすけてー!」


「さあ、僕の手に掴まって。引き上げるから、そこに足をかけるんだ」


クリスティアーノは女の子に手を差し出した。

思い切り引き上げると、女の子はバルコニーの中にドサリと倒れこんだ。


「きゃあっ」


「大丈夫かい? 君は誰なの?」


クリスティアーノは小さな侵入者に名前を尋ねた。


「マルチェリーナ・プリマヴェーラです……。あなたは、王子様……?」


「そうだよ、僕はクリスティアーノ・ディ・フォルトゥーナ。今日から君の家に住むことになったんだ。でも、病気が移るかもしれないから、しばらくは会わないようにと言われてない?」


ほんの少し前にプリマヴェーラ辺境伯に言われたことを思い出す。


「言われました……。でも、さっき下でクリスティアーノ様のお顔が見えて、かなしそうに見えたのでしんぱいになってしまって。だから、外からこっそり入ろうとおもったのです」


「僕を心配してきてくれたの?」


「はい」


「そうか。でもご両親の言うことを聞かなければいけないよ。今日はもう戻ったほうがいい」


クリスティアーノは、マルチェリーナに言い聞かせた。


「またあそびに来てもいいですか?」


「いいけど、しばらくはダメだよ?」


「わかりました! また遊びに来ますね!」


本当にわかったのかと疑わしく思いながらも、クリスティアーノはバルコニーの手すりから木に飛び移って帰っていくマルチェリーナを見送った。




窓ガラスをコツコツと叩く小さな音が聞こえる。


「クリス様! あそびに来ましたよ!」


「チェリーナ……、どうして毎回木に登ってくるんだい? 危ないよ?」


「お父様とお母様に見つかったらしかられてしまいますから」


どう考えても、木に登っていることのほうがもっと叱られそうである。


「しばらくの間来なければ叱られないと思うよ?」


「でも、クリス様もずっとへやの中に1人じゃつまらないでしょう?」


「そうだけど……。危ないからしばらくこない方がいいよ」


何回目になるか分からなくなるほど言った言葉を、もう一度口にする。


「わかりました! じゃあ今日は何をしてあそびますか? はやく外であそびたいですね!」


いつも返事だけはいいよな、とクリスティアーノは呆れ顔でマルチェリーナを見た。


「僕は外で思い切り遊んだことなんてないんだ。ずっと部屋に1人でいるのが当たり前だったから……」


マルチェリーナはいつも1人だというクリスティアーノの言葉に目をみはったかと思うと、悲しげに顔を曇らせた。


「クリス様……。わたし、ずっとクリス様のそばにいます!」


「ずっとなんて無理だよ。僕が王都へ帰れば離れ離れになるんだから」


クリスティアーノはそう言って俯いた。


「じゃあ、わたしがクリス様のお嫁さんになってあげる! そうすれば、ずっと毎日いっしょにいられますよ!」


「えっ……。いや、それは」


「はやく大きくなりたいな!」


「……」


満面の笑みを浮かべるマルチェリーナに、クリスティアーノは拒否する言葉を飲み込んだ。

いままで自分の周りにこんな子はいたことなかったな、とクリスティアーノは考える。


かしましいマルチェリーナの存在で、憂鬱だった気持ちがいつの間にか晴れていたことに気が付くクリスティアーノだった。




次の日、マルチェリーナがクリスティアーノの部屋を訪れることはなかった。

血相を変えた医師が部屋へとやって来て、クリスティアーノの診察を行い、沈痛な面持ちでマルチェリーナが病気を発症したことを告げた。


「そんな……! チェリーナ、死なないで!」


病気を移してしまった罪悪感に押しつぶされそうになりながら、クリスティアーノは必死に祈る。


「ああ、チェリーナが助かるなら何でもするのに! そうだ、チェリーナは僕のお嫁さんになりたいと言っていた。病気が治ったら必ず叶えてあげるから! だから神様、チェリーナを助けてください!」


溢れる涙を拭いもせずに、クリスティアーノは神に祈り続けるのだった。




「ーーお嬢様が目を覚ましました!」


廊下の方から侍女の声が聞こえて来た。

クリスティアーノは喜びを押さえきれずに駆け出した。


「チェリーナ!」


「……あなたは誰ですか?」


マルチェリーナはきょとんとした顔でクリスティアーノを見る。


病気のせいで、マルチェリーナは記憶を失ってしまったのだ。

愕然とするクリスティアーノだったが、たとえチェリーナが憶えていなくても、約束を違えることはするまいと背筋を伸ばす。


こうして命が助かったのだから、また最初からやり直せばいいだけだ。


「僕はクリスティアーノ・ディ・フォルトゥーナ。チェリーナは僕のお嫁さんになるんだよ」


クリスティアーノはそう言ってマルチェリーナに優しく微笑んだ。


プリマヴェーラ辺境伯夫妻の驚く顔が目の端に映っていたが、そんなことはどうでもよかった。


マルチェリーナが生きている。

ただそれだけで、クリスティアーノの胸にじんわりと暖かさが広がっていくのだった。


--




こ、これは本当の話……?

クリス様は本当にあの時、こんなに私のことを思ってプロポーズしてくれていたの?


「クリス様、本当にいまの映画の通りだったんですか? あんな風に出会って……、クリス様はあんなに辛い思いを……?」


ドラマティックなエンディングテーマと相まって、今にも涙腺が決壊しそうだ。


「俺たちの言葉遣いが少し脚色されていたけど、大筋は合っているよ」


「私からプロポーズしたんですか? なのに、それを忘れて……?」


私ときたら完全に忘れたどころか、軽々しく何度も婚約破棄を口にしてしまった。


「まあ、そういうことだな」


「ごめんなさい……っ」


私はもう、どうしても溢れる涙を止めることができなかった。

海に落ちたとき、ふとクリス様に助けられたことがあるような気がしたのは、出会ったのときの記憶だったんだ……。






結婚式のエピソードはあと1回です。

次回は新作も同日に投稿する予定です。

よろしくお願いいたします!

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