番外編 ハッピーウエディング①
結婚式当日の朝早く、不意に訪ねてきたクリス様と一緒に朝食を取っていると、まだ20代の若い執事が来客を知らせにやって来た。
「お食事中失礼いたします。クリスティアーノ殿下、お嬢様。王妃様付きの侍女の皆様がお見えでございます」
クリス様がいるせいか緊張の面持ちを隠せないのは、セバスチャンの孫のバスティアンだ。
2週間後に控えたお兄様とカレンデュラの結婚式を見届けて引退するセバスチャンに代わり、セバスチャンの息子のセスがプリマヴェーラ辺境伯家本邸の執事を務めることになったため、王都の屋敷での仕事は孫のバスティアンに引き継がれたのだ。
「ええっ、もうそんな時間? たいへんだわ! クリス様、私たちちょっとのんびりし過ぎてしまったみたいです」
「まだ8時を過ぎたばかりだぞ。こんな時間に来客が?」
クリス様は早朝の訪問客に訝しげな顔をしている。
あの、自分の方がもっと早く来たことを忘れてませんか?
「はい。実は、お母様の到着がお式の直前になるので、代わりに王妃様の侍女さん達が私の支度を手伝ってくれることになっているんです」
「そうなのか」
「ドレスは王妃様が懇意になさっている裁縫師に作っていただきましたし、ティアラとネックレスは国王陛下が贈ってくださいましたし、本当に何から何までお世話になりっぱなしです。こんなに頂いてばかりでいいのでしょうか」
王室御用達のドレスメーカーが作ったウエディングドレスなんて、きっととんでもない値段だよね……。
その上ティアラとネックレスまでって、いったいいくらかかったのかと想像すると倒れそうだ。
「そうだな。いずれ俺たちの領が落ち着いたら、お礼に父上と母上をバルーンの旅へ招待しよう」
「それはいいですね、素敵です! お二人の第二の新婚旅行になりますね」
バルーンは馬車とは比較にならないほど快適で安全だし、きっと楽しんでもらえると思うな!
私たちの領の名物料理もたくさん食べてもらいたい。
「とりあえず今は、式の支度をしなくては。さあ行こう」
「はいっ!」
私はクリス様の差し出した腕に掴まり、玄関ホールへと向かった。
「まあまあ、クリスティアーノ殿下! こちらにいらしたのですか? 殿下のお姿が見えないと侍女たちが探しておりましたよ」
たしなめるようにそう言ったのは、王妃様付きの筆頭侍女を務めるエステルだ。
今日のために王妃様が特別に派遣してくれたエステルは、凄腕揃いの王宮の侍女の中でも抜きんでたメイクアップアーティストなのだという。
担当している王妃様が元々すごい美人だから上手く見えるんじゃないかとも思ったけど、新人の侍女は必ずエステルのメイク研修を受けることになっている程の腕前だという話だから、今日の活躍に期待したいところだ。
「そういえば、誰にも言わずに出てきてしまったな」
「殿下もお支度がございますので、どうぞ王宮へお戻りくださいませ」
クリス様のお支度……、できれば程々にお願いしますね?
新婦より目を引く美しさの新郎になられては困ります。
「ああ、そうしよう。チェリーナ、また後でな」
「はい、クリス様」
「エステル、みんな、チェリーナを頼むよ」
クリス様は軽く私を抱きしめると、精鋭侍女軍団にそう声をかけた。
「お任せくださいませ。とてもお可愛らしい方ですので、腕が鳴りますわ。きっと王国一の美しい花嫁様になられますよ」
ちょ、勝手にそんな大風呂敷広げないでください!
「ははは、それは楽しみだ」
微笑みを浮かべたクリス様は、カツカツと踵を鳴らしながら上機嫌で屋敷を後にした。
「さあ、時間がありませんわ。急いで支度を致しましょう」
え……、まだ8時過ぎなのに時間がないの?
今日の予定は、まずは12時から大聖堂でクリス様の叙爵式があり、それが終わると同時に挙式が始まる。
そしてその後は王宮へ場所を移して、13時半から披露宴を行うことになっている。
30分前に大聖堂に着かないといけないとしても、まだ3時間以上あるのに。
「さあさあ、マルチェリーナ様。浴室へ参りましょう。お願いしておいたお湯の支度は出来ておりますでしょうか?」
「ええ、うちのお風呂はいつでもお湯が出ますので、それは大丈夫ですけど……。あの、どうして皆さんも付いて来るんですか?」
浴室へ向かいかけた私の後を、侍女軍団がぞろぞろと付いてくる。
本当は侍女さん達が着く前にお風呂に入っておこうと思ってたんだけど、クリス様と話してるうちにすっかり時間を忘れてしまったのだ。
「湯浴みのお手伝いをいたしますわ」
「えっ!? いえっ、私はいつも1人で入っておりますから!」
子どもの頃ならともかく、もういい大人なのに恥ずかしいよ!
「髪やお肌のお手入れもございますので。お湯には香油もたらしましょう。香りもよく、肌がなめらかになりますわ。さあさあ」
ひえええ!
有無を言わさずぐいぐいと背中を押すエステルに逆らえない!
そして裸に剥かれて浴槽にドブンと浸けられた私は、浴槽の淵に頭を乗せるよう指示された。
「お顔に保湿と美白効果のあるペーストを乗せますので、目を閉じていてくださいませ」
目を閉じる直前にチラリとエステルの手の中のボウルを見ると、なにやら緑色の怪しい物体が……。
泥パック的なものかな?
なんで緑なんだろう?
私が観念して目を閉じると、エステルは顔に手際よくペトペトとペーストを塗りたくっていく。
ぷ~~~ん。
どこからともなく、うっすら肥溜めの臭いがするような。
……なんか、このパック臭くないか!?
「あのー、いま顔に塗っているものは何なのでしょう?」
「こちらはほんの僅かしか取れないという、たいへん希少なーー」
ほうほう、たいへん希少な。
「鳥の」
と、鳥……?
「フンでございます!」
ホワッツ!?
「なななな、なんでフンなんですかっ!? なんでよりによって顔に!?」
結婚式の日に顔が鳥のフンまみれって、もう泣きたい!
「まあ、そんなに動かれては、お口の中に入ってしまいます。こちらは王妃様をはじめ、貴族の奥様方、ご令嬢方の間でたいへん有名な美容法なのですよ?」
えぇーーーっ、ほんとーにぃーーー!?
そんなこと一度も聞いたことないし、フンが美容に良いなんて信用ならないよ!
「マルチェリーナ様、こちらは中々手に入らない特別なもので、女性の憧れの美容法なんですのよ」
「結婚式前にこのようなお手入れが出来るなんて、本当に羨ましいですわ」
「ええ、私が代わりたいくらいです」
え……、そうなの?
まあ、みんながそこまで言うなら……。
私より、王妃様付きの侍女のほうが美容には詳しそうだしな。
どっちにしても、ここは信じるしか選択肢がない。
心を無にして侍女たちに身を任せるとしよう……。
「マルチェリーナ様、起きてくださいませ」
ハッ!
いつの間にか寝ちゃってた!
「さあ、髪を乾かしますので、お隣の支度部屋へどうぞ。鏡台の前にお座りくださいませ」
気が付くと、顔のパックが洗い流されており、髪も体も洗ってくれたようだった。
微妙にクサかったパックの臭いもすっかり消えて、いまはフローラルな香油の残り香だけが漂っている。
髪に手ぬぐいを巻かれ、バスローブをまとった状態で鏡台に座ると、私はなにげなく見た鏡の中の自分に驚いた。
「ええっ! 顔が、白い! それになんだか、光ってるみたい!?」
私史上最高につるつるだ!
ほっぺにツヤ玉が見えるよ!
今日から番外編を始めました。
不定期更新になりますので、気長にお待ちいただけましたら幸いです。
もう1つの長編の番外編と交互に投稿して、7月くらいに新作をスタート出来たらいいなと考えてます。
よろしくお願いいたします!