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第170話 きみを見つけた日


「はあ……」


代わり映えのしない景色がどこまでも続く。

王都から馬車に揺られて、もう何日も過ぎた。


俺は、親に捨てられたんだ……。


滅多に顔を合わせることのない父、俺を見るたびに悲しそうな目をする母。

愛されていないことはわかっていた。


だけど、まさか王都から遠く離れた辺境の地へ追いやられるほど、そこまで疎ましく思われていたなんてな。


「はあ……、気持ち悪い……」


俺は乗り物が苦手なんだ。

いったいいつ着くんだよ。


俺は、これからどうなるんだろう。




目的地にやっと到着した。


領主夫妻に会ったが、馬車に酔って気分が悪かったせいでろくに話も出来なかったな。

この家にも子どもがいるらしいが、病気の潜伏期間を考慮して紹介は1週間後に改めてと言われた気がする。


ボスン……。


とりあえず通された部屋のベッドに横になってみる。

このまま少し眠ろうか……。


『きゃーーーっ!』


どこからか聞こえた悲鳴で、ウトウトしかけた目が覚めた。


『たすけてえ!』


割と近いみたいだけど、外から聞こえるのか?

気になってバルコニーに出てみると、バルコニーの手すりにしがみつく小さな手が見えた。


「たすけてえーーー!」


「何をやっている」


上から見下ろすと、赤毛の女の子が真っ赤な顔で必死に手すりにしがみついていた。


「あッ、たすけてッ!」


さすがに見殺しには出来ないから助けるけど。

お前、誰だよ?


「俺の手に掴まって。引っ張り上げるから、足をバルコニーに掛けるんだ」


「はやくー!」


「しっかり掴まってろ!」


俺が腕を引っ張り上げると、女の子はバルコニーに足を掛けることに成功した。

そして、体勢を整えたところを見計らって、一気にバルコニーの中に引きずり込む。


ドサッ!


「いたッ!」


女の子はしたたかに膝を打ち付けて涙目になっている。


「大丈夫かよ」


「ううん、大丈夫じゃない……。いたい!」


文句を言えるなら大丈夫だな。


「お前、誰だよ?」


「チェリーナはチェリーナだけど? きょうから王子さまがおとまりにくるって聞いたから、あそびにきたの。あなたは王子さま?」


チェリーナはチェリーナだけどって自己紹介の仕方があるかよ。

貴族令嬢にしては馬鹿っぽいけど、どうやらこの家の娘みたいだな。


「そうだ。俺はクリスティアーノ・ディ・フォルトゥーナ」


「やっぱり! きれいだから王子さまだと思った!」


顔は関係ないだろう。

見た目通り馬鹿なんだな。


「病気が移るかもしれないから、1週間は会わないようにと言われなかったのか?」


「うん、言われた! だから、ないしょであそびにきたの。あの木にのぼってバルコニーから入ろうとおもったんだけど、ちょっとしっぱいしちゃった。エヘヘ」


アホ過ぎる。

ここは2階だぞ。

病気が移る前に転落死していたかもしれないのに、エヘヘじゃないだろう。


「ハア……。まったく、お前は……」


「さっきげんかんでのぞき見したとき、なんだかクリス様の元気がなかったから、チェリーナがいっしょにあそんであげれば元気になるとおもったの!」


クリス様?

勝手に愛称で呼ぶなよな、俺は許してないぞ。


「別に元気がないわけじゃない。誰かに見つかる前に戻れよ」


「えーっ、でもおー。まだあそんでないし」


「お前……、仮にも王子に対してその言葉遣いは何なんだよ。俺は長旅で疲れてるんだから、もう戻れ!」


俺はもう10歳になったんだ。

こんな子ども、しかも女となんか遊べるか。


「つかれてるの? ごめんなさい……。じゃあ、クリス様がつかれてないときにまたあそびにきますね!」


いや、来なくていいぞ。

もう来るな!




冷たく追い返したというのに、あいつはあれから毎日部屋に忍び込んでくるようになった。

それにしても、危うく落ちるところだったのに、毎回バルコニー経由なのはなぜなんだ。


「クリス様! はやく外へあそびに行きたいですね!」


「別に……」


能天気なこいつと違って俺はいろいろ悩んでるんだ。

遊びに行くような気分じゃない。


「クリス様、どうしていつもかなしそうなんですか?」


「は? 別に悲しくないし」


「じゃあ、さびしい?」


「寂しくもない!」


俺は別に悲しくも寂しくもない。

親に捨てられたからといって、そんなこと俺は気になんかしていないぞ!


「……ふうん? えっとー、これからも毎日あそびに来ますね! チェリーナといっしょにいれば、嫌なことがあってもすぐにわすれちゃいますよ!」


だから俺は別に何とも思ってない!

思ってなんか……、いない……、嘘じゃない。


「毎日なんて……。ずっと一緒にいられるわけないじゃないか。どうせすぐに離れ離れになるんだ。それなら最初から仲良くならない方がましだ」


「じゃあ、チェリーナがクリス様のおよめさんになってあげる! そうすれば、ずうっと毎日いっしょにいられますよ!」


お嫁さん……、こいつを嫁に?

お断りだな。


「間に合っている」


「えんりょしなくていいですよ!」


遠慮じゃない。

断ってるって分かれよな。




そして次の日、あいつは姿を見せなかった。

毎日遊びに来るって言ったのに……、なんだよ。


俺もここに来てからずっと体がだるくて、遊んでる気分じゃなかったから別にいいけどさ。

でも、来るって言ったのに来ないのは少し気になる。


コンコン!


「失礼いたします! クリスティアーノ殿下、お加減はいかがでしょうか?」


ノックと共に、返事を待たずにいきなり扉が開いた。

先日医者だと紹介された男だ。

血相を変えてどうしたんだろう?


「別に……」


「失礼いたします」


医者は俺の額に手を当て、シャツのボタンを外して胸元を肌蹴させた。


「これは……! やはり……」


医者は悔やむようにギュッと目を瞑った。


「どうかしたのか?」


「クリスティアーノ殿下……、お体に赤い斑点が……。殿下は流行り病を発症しておられます。そして……、マルチェリーナ様も同じ病を発症されました」


「なッ!」


そんな……!

体の不調は、長旅の疲れだと思っていた。

それが実は流行り病で、しかもあいつに移してしまっただと……!?


この領では流行り病にかかっているものはいないと聞いていた。

ということは、予防薬を服用していた俺と違って、あいつに予防薬は処方されていない筈だ。

予防薬なしでは、重症化してしまう……!


「チェリーナ……!」


なんという事だ……。

俺がここへ来なければ、こんなことにはならなかった。


俺は、どこへ行っても疫病神でしかないのか……。




それからの俺は、罪悪感で押しつぶされそうになりながら、寝る間を惜しんで神に祈りを捧げ続けた。

だけど、チェリーナの容体は一向に良くならない。


「神様……。どうか、あいつを、チェリーナの病気を治してください」


この願いを叶えてくれるなら俺は何でもする!


そうだ、チェリーナは俺のお嫁さんになりたいと言っていた。

元気になったら必ずその望みを叶えてやるから!


だから……、元気になってくれ……!

死ぬな、チェリーナ!






「死ぬな……、チェリーナ……、チェリーナ!」


頬を伝う一筋の涙でハッと目が覚めた。


「夢か……」


そうだ、チェリーナは生きている。

俺たちは今日結婚するんだ。


昨夜は興奮して寝付けず、遅くまで昔の出来事を思い出していたせいか、しばらく見ていなかったこの悪夢をまた見てしまった。


……夢で本当によかった。

あの時の絶望感を思い出すと、いまだに冷たい手で心臓を掴まれたように胸が苦しくなる。


「早く、チェリーナの顔が見たいな」


まだ時間が早いけど、支度を整えてチェリーナに会いに行こう。




「チェリーナ」


「あっ、クリス様! おはようございます。ずいぶん早いですね? 私、まだ何も支度してないんですけど……」


18歳になったチェリーナは、見た目だけは大人びたものの、中身は子どもの頃からまったく変わっていない。

思ったこと、言いたいことをなんでも口に出し、泣いて笑って怒って目まぐるしく表情が変わる。


「ゆっくり支度すればいいよ。ちょっと顔を見たくなっただけなんだ」


「ふふっ、これからは毎日一緒なのに」


たぶん、チェリーナに飽きる日は一生来ないだろう。

退屈しない人生が俺を待っている。


こんなに愛おしく思える人に出会えるとは思っていなかった。

幼い頃は世の中の不幸を一身に背負っている気になっていたけど、人生を薔薇色に変える出会いがあった俺は、どうやら幸せな人間だったようだ。


願わくば、この幸せが永遠に続くように。

この手からこぼれ落ちないように、きつく握りしめておこう。





最後までお読みいただきありがとうございました!


平成最後の日となる今日、完結することが出来てとても嬉しいです。

これも、ブックマーク・評価・感想などで応援してくださった皆さまのおかげだと、感謝の気持ちでいっぱいです!


この後は、子ども時代のエピソードなどを番外編として不定期で追加していこうと思いますので、そちらもぜひお読みいただけると大変嬉しいです。

ありがとうございました!

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