第169話 幸運の女神
遅まきながら失言に気付いたお父様は、慌てて言い訳の言葉をひねり出した。
「ヴァ、ヴァイオラ……! 違うんだよ、そういう意味じゃない」
「では、”年を考えろ”に他にどのような意味が?」
「うッ……」
あーあ。
怒ってる……、めっちゃ怒ってるよ……。
お父様ってば、女の人に年の話は禁句だって知らないのかな?
「こ、子どもは2人いれば十分だろう? あと3~4年もすれば孫が出来るかもしれない。俺たちが無理して子どもを作ることはないじゃないか」
「無理ですって……? 私はまだまだ子どもを産める年齢です!」
「ヴァイオラ……」
お父様は何とかお母様の機嫌を取ろうと試みるも、全く成功する兆しがない。
お父様、もっとがんばって。
しかたがないから私も協力してあげよう。
「あのー、もしよかったら私の魔法で回復ーー」
「チェリーナはちょっと黙っててくれ!」
ふぎゃっ!
回復薬を出しましょうかと言いたかっただけなのに怒られた!
理不尽過ぎる。
「そうだわ、チェリーナの薬があれば」
「ヴァイオラ! 頼むよ、どうか王妃様の頼みは断ってくれ! 俺はお前を失いたくないんだ」
「あなた……?」
お父様……?
心なしか青ざめてる気がするけど、どうしたんだろう。
「出産は命がけだ。必ず無事に子どもが産まれてくる保証なんてどこにもない。あともう1人と欲張ったばかりに、命を落とすようなことになっては……。俺は、俺の母が亡くなった日のことが忘れられないんだよ」
「あなた……」
「母は、マルティーノを産む日の朝まで元気そのものだった。それが、たったの数時間で……。俺が、弟か妹が欲しいなどと言わなければ。俺が欲張りさえしなければ、母は命を落とさなかったかもしれないと思うと……」
お父様はストンと力なく腰を下ろすと、俯いて両方のこぶしをギュッと握りしめた。
そんな……、お祖母様が亡くなったことを自分のせいだと思っていたなんて……。
お母様はそっと片方の手を伸ばすと、お父様のこぶしを自分の手で包み込んだ。
「お義母様がお亡くなりになったのは、あなたのせいではないわ。あなたが弟か妹が欲しいと言わなくても、お義父様たちは2人目の子どもを作ろうとなさったでしょう。跡継ぎのことを考えれば、どこの貴族家でも2人以上の子どもを作ろうとするのは普通のことですもの」
「ヴァイオラ……」
「そのことがずっとあなたの心を苦しめていたのね……。いままで気付かなくてごめんなさい。子煩悩なあなたが、3人目の子どもを欲しがらなかった時に気付くべきだったわ」
お母様は、気持ちに寄り添えなかったことを詫びるようにお父様の手を擦っている。
「ヴァイオラ、俺たちの子どもは2人で十分だ。どうか、命を縮めるようなことはしないでほしい。俺が死ぬまで傍にいてくれ……」
「わかったわ。あなたの言う通りにします」
お母様はお父様を安心させるように優しく微笑んだ。
「ヴァイオラ……」
お父様もホッとして微笑み返す。
「ーーなんだか、はた迷惑な話をして申し訳なかったな……」
クリス様は、手紙のせいでお父様たちが揉めてしまったことを謝罪した。
別にクリス様のせいじゃないのに。
「いいえ、迷惑だなどと。王妃様のご期待に沿えず、謝らなければならないのはこちらの方です」
そうだ、王妃様の頼みなのに、ただ子どもなんて無理と返事をしては角が立ってしまう。
何かいい手は……。
「そうだわ! クリス様、私たちからのお祝いとして王妃様に回復薬をお贈りしましょう! 回復薬があれば、万が一難産だったとしても命を落とすことはないと思います」
「それはいいな。魔法の薬があると聞けば、母上も安心されるだろう」
飴タイプのゲンキーナなら保存も利くし、小さいから常に携帯しておくことが出来る。
断る代わりに回復薬を差し入れるということで、ここは穏便に諦めていただこう。
「でも、クリス様。兄弟が増えるなら、昨日言っていた計画もだいぶ変わってくるんじゃないですか? クリス様1人にそんなにお金をかけられなくなるだろうし」
お兄様が兄弟が増える影響について指摘して来た。
昨日の話ではいくらでも援助してもらえるみたいなことを言っていたけど、よく考えてみたらさすがにいくらでもは無理だよね。
公平にしないと他の兄弟が不満を持つだろうし……。
「そうかもしれないなあ。町を一気に整備するのは難しくなるかもな。その場合は、自分たちで金を稼いで、少しずつやっていくしかないさ」
「お兄様、私が付いてますからご安心ください!」
大船に乗ったつもりで!
「……チェリーナにご安心くださいと言われると、逆に心配になってくるのはどうしてかな。まあ、試行錯誤しながらやって行きましょう。お互いに」
お互いって?
お兄様も何かやることあるの?
「チェレスも何か始めようと考えているのか?」
「そうですね、子どもの頃から考えていたことを実現出来たらいいなと思っていますよ」
「どんなことだ? 俺も白状させられたんだからチェレスも言え」
私としては、今後の計画を早めに聞けてよかったけどね。
結婚するまで蚊帳の外なんて嫌だもん。
「エスタンゴロ砦の強化ですよ。チェリーナが魔法で出した結界の布で跳ね橋を覆ったことで、ただ一人の犠牲者を出すことなく魔物に圧勝できたことがあったでしょう?」
「ああ、チェリーナが暴走して勝手にエスタンゴロ砦に行ってしまった時か」
ちょ、クリス様、そういう言い方って!
「そうそう、それです。今にも魔物が押し寄せて来るという時に、チェリーナは砦の建て替えを提案したそうなんですよ。結界のレンガを使って砦を建てれば、無敵の砦になると」
「はっ? そんな場合じゃないだろ」
「ふふっ、そうなんですけどね。結局その時は布で覆うことを考え付いた訳ですが、父上にその話を聞いてから僕は、いつか無敵の砦を建てられればいいと夢見ていたんです」
えーっ、そうだったの!?
こんなところに隠れ支持者がいたなんて。
自分でもあの案は格別だと思ってたんだよね。
「チェレス、そんなことを考えていたのか? しかし、エスタンゴロ砦の建て替えなどいくらかかるかわからん。今の状態になるまで百年以上かかってるんだぞ」
お父様がお兄様の話に割って入る。
「莫大な時間とお金がかかるでしょうね、もし全てを建て替えるのなら」
「どういう意味だ?」
ほんと、どういう意味?
お兄様、思わせぶりにしてないで早く説明してよ!
「何も全てを建て替える必要はないんですよ。結界のレンガの効力がどれくらいの範囲なのかを検証して、間隔をあけて砦の壁に埋め込んで行く。そうすれば時間もお金もかけずに、砦の補強が出来るんです」
おおおーーーっ、なるほど!
お兄様頭いいな!
「ふーむ……。うん、いいな。その案はいい。チェレス、よく考え付いたな」
「子どもの頃は、父上のように強くなれなかったらどうしようと、そればかり考えていましたから。万が一の時に、どうすれば領民や国を守れるかと頭を悩ませていたんですよ」
お兄様……、そんなこと考えてたんだ。
悩みなんて何もなくて、のほほんとした能天気なお坊ちゃまタイプだと思っていたのに意外だな。
「そうか、子どもの頃から……。チェレスは責任感が強いんだな」
「今はそれなりに魔物とやり合える自信が付きましたが、僕の子どもや孫たちの代になった時に、十分な戦力があるとは限りません。子孫のためにも、チェリーナがこのプリマヴェーラ辺境伯家に産まれてくれた幸運に、是非ともあやかっておきましょう」
「なるほど。俺の娘は幸運の女神だったのか」
いやあ、幸運の女神だなんてそれほどでも~。
「ひょっとしたら、チェリーナはフォルトゥーナ王国の未来を守るという使命のために、私たちの元へ産まれてくれたのかもしれませんわね……」
お母様までそんな。
もっと言って!
「女神かどうかは分からないが、チェリーナは俺にも幸せを運んで来てくれたな」
クリス様までー!
こんなにみんなに期待されてるなんて、困っちゃう!
「えへへ」
えー、ただいまご紹介に預かりました通り、わたくしマルチェリーナ・プリマヴェーラは、本日より幸運の女神に任命されました。
女神の名に恥じぬよう、これからもがんばっちゃうぞ!
私は褒められて伸びる子だからね!
次回、最終回です。