第168話 とばっちりの空騒ぎ
「アルフォンソー! アルベルトー! あーそーびーまーしょー!」
私とクリス様とお兄様は、久しぶりにアポなしでアルベルティーニ商会の店先を突撃した。
今日はクリス様がアルベルトに話があるんだって。
「あっ、チェリーナ! それにクリス様とチェレス様もお久しぶりです」
14歳になったアルベルトは、外見だけは兄のアルフォンソによく似ている。
だけど、小さい頃は2人とも優しげな感じだったのに、アルフォンソはいつの間にかやり手のビジネスマン風に成長し、アルベルトの方は相変わらずおっとりしたままだ。
「アルベルト、元気そうね!」
「うん、おかげ様で。だけど、遊びましょって言われても、僕仕事があるよ」
魔法を発動しなかったアルベルトは、魔法学院に入学することなく、15歳になったら本格的に実家であるアルベルティーニ商会で働くことになっている。
今はまだマヴェーラの街の学校に通っているけど、学校が休みの時はこうして家の手伝いをしているのだ。
「そうよね……」
「少しだけ時間を取れないか? 折り入って相談があるんだよ」
クリス様が少し強引に頼み込んでいる。
いつでも会えるわけじゃないもんね。
「そういう事ならお話を伺います。店の応接室でいいですか?」
「ああ。アルフォンソはいないのか?」
クリス様がきょろきょろと左右を見て、アルフォンソの姿を探している。
「僕なら後ろにいますよ、クリス様」
「うわっ、いつの間に?」
てっきり店の奥から出てくると思ったら、外から帰ってきたらしいアルフォンソが私たちの背後に立っていた。
びっくりしたあ。
「ははっ、そんなに驚かなくても。さあ、こちらへどうぞ」
私たちはアルフォンソの案内で応接室へと入って行った。
「クリス様、僕にお話とは何でしょう?」
どんな話をされるのか見当も付かない様子のアルベルトは、早速話を切り出した。
「ああ、実はな。俺がこれから賜る領地で、商会を立ち上げる気はないかと思って誘いに来たんだよ。アルベルトは次男だし、この店はアルフォンソが継ぐことになるだろう?」
「えっ、クリス様のご領地で?」
突然の話にアルベルトは目を丸くした。
「そうだ。食品に限らず、劇場経営や宿泊業、観光業などいろいろ手広くやるつもりだから、アルベルトに手伝ってほしいんだよ。アルベルト個人の商会を立ち上げるというよりは、俺の商会の会頭職を任せるといった立ち位置になるかな? まあ、どういう形態にするかは追々相談しそう。いい話だろう?」
「……」
「アルベルト?」
眉を八の字に下げて困惑しているアルベルトは、パクパクと口を開くだけで返事を出来ないでいる。
どうしたんだろう?
結構いい話だよね?
「アルベルト、私たちと一緒に行きましょう? クリス様の領地はここから近いし、トブーンならすぐに帰ってこれるわよ」
「チェリーナ……、ごめん……」
「えっ?」
何で謝るの?
「クリス様、ありがたいお話ですが、僕は行けません」
「え……、なぜなんだ?」
断られるとは思っていなかったクリス様が理由を尋ねている。
「それは……」
「アルベルトは隣の食堂の子が好きなんですよ」
えーっ、そうだったの!?
初耳なんだけど!
何で教えてくれなかったのかな!
「お兄ちゃん、勝手にばらさないでよ!」
「ふふふ、早く告白すればいいのにね。まあそういう訳ですから、そのお話は僕が引き受けましょう」
はっ?
なんですって?
「アルフォンソが? しかし、アルフォンソはこの店の跡取りだろう?」
「別に兄弟のどちらが跡を継いでも問題ありませんよ。クリス様の先ほどのお話、僕はとても興味を惹かれました。うちにいては経験できないような大きな仕事を任せてもらえそうだ。僕は自分がどこまでやれるか挑戦してみたい。クリス様、絶対に後悔はさせませんから、その話僕に引き受けさせてください」
アルフォンソはキラキラと目を輝かせて自分をアピールしている。
まあ……、アルフォンソに任せれば安心だけど。
でも、両親やラヴィエータに相談もせず決めて大丈夫なの?
「こっちから頼んでいることだし、俺に異存はないが、勝手に決めていいのか?」
「僕からよく説明しておきますのでご安心ください。アルベルトもそれでいいよな?」
アルフォンソは隣に座るアルベルトの顔を覗き込み、確認するように尋ねた。
「う、うん。僕はこの店を継げるなら嬉しいよ」
「よし、決まりだ!」
アルフォンソは嬉しそうにパンと手を打った。
「じゃあさ、僕がクリス様の領地を見に行く時、アルフォンソも一緒に行こうよ。僕もまだ見てないんだ」
話し合いを見守っていたお兄様が、さっそく領地見学にアルフォンソを誘っている。
「いいですね、ご一緒させてください」
「そうね、みんなで行きましょう!」
なんなら泊りがけで行ってもいいよね。
ついでに屋敷を建てる場所について、みんなの意見も聞きたいな!
私たちは昼食の時間になる前に、アルベルティーニ商会を後にして屋敷へ戻った。
食堂で席に着いて食事を待っていると、セバスチャンがトレイに手紙を乗せてクリス様の元へとやって来た。
「失礼いたします。先ほどお手紙が届きました」
「俺に?」
誰からだろう?
国王陛下への報告の手紙はアルベルティーニ商会へ行く前にハヤメールで送ったばかりだし、いくらなんでも返事が来るには早すぎる。
クリス様は封を開けてサッと内容に目を走らせると、普段のクリス様からは想像できないような間の抜けた声をあげた。
「……はあ!?」
「どうかしましたか?」
そんなに驚くようなことが書いてあったの?
私の質問をスルーして、クリス様は更に手紙を読み進めている。
「え……、ええーーっ!?」
なによ!?
「クリス様、どうしたんですか?」
「こ、子どもが……」
「子どもが?」
「出来たって……」
へー、そうなんだ。
誰に?
そんなに驚くってことは、まさか!
「もしかしてガブリエル様に?」
「いや……」
「じゃあ、アドリアーノ王太子殿下?」
もう3人目とはだいぶペースが早いようだけど、おめでたいことだよね。
「ちがう……」
「えっ、まさか、ファビアーノ殿下にお子様が!?」
式はまだでしょ!?
長年婚約してたのに、今更まさかのデキ婚ですか?
「そうじゃない……」
これも外れか。
そうなると、後は誰がいる?
子どもが出来そうな人はー、えーと。
「クリスティーノ殿下……」
「そんなこと……」
「まさか……」
お父様とお母様、それにお兄様が険しいまなざしでクリス様を見ている。
どうしたのかな?
「クリス様、落ち着いて説明してください。どこの誰に子どもが出来たんですか?」
お兄様が強張った声でクリス様を問いただしている。
「ち、違う、そうじゃないぞ!」
クリス様は慌てて否定する。
「誰の子なんですか?」
「父上と母上に子どもが出来たんだよ……!」
はあっ!?
クリス様の父上と母上って、国王陛下と王妃様じゃないの!
「「「「えええっ!」」」」
「そして、プリマヴェーラ辺境伯夫妻に、もう1人子どもを作ってくれと……書いて来ている……」
な、なんだってー!
「そんな無茶な!」
お父様はガタンと椅子を鳴らして立ち上がった。
「国王陛下にお子様が出来たことは心よりお喜び申し上げます。しかし! 私達夫婦にもう1人子どもを作れなどと!」
「いや、無茶な話だと俺も思うよ……。だが、母上が……、高齢になってからの出産は不安だと。同い年のプリマヴェーラ辺境伯夫人が一緒なら心強いし、子ども同士も友人になれると……、言っているらしい……」
お母様は36歳だけど、王妃様も同じ年だったんだ?
へー、じゃあ魔法学院の同級生だったんだね、知らなかったな。
でもさ、36歳ならそんなに怖がらなくても、まだ普通に子ども産めそうだけど。
「ダメだダメだ! 今から子どもなんて、絶対に無理に決まっている! 一体いくつだと思ってるんだ! 年を考えてもらいたい!」
お、お父様……、なんてことを!
お父様は混乱するあまり、自分の失言に気付いていないようだけど……。
「……年寄りで悪うございましたわね」
ほらあ!
お母様が般若の形相になっています!
間もなく完結予定です。
もうしばらくお付き合いくださいませ。