第167話 クリス様の未来予想図
「そ、その話……、だよな、やっぱり……」
クリス様にとってもこの質問は想定内だったようで、驚いてはいない。
「あそこよりも豊かな領地をいくらでも選べるというのに、なぜわざわざあのようなところを選ぶのですか? クリスティアーノ殿下は、チェリーナに金の苦労はさせないとおっしゃいましたが、私には可愛い娘が苦労する未来しか思い浮かびません」
「……まあ、俺の想像と少し違っていたことは事実だ……」
私の想像とも違ってたよ……。
まさかプリマヴェーラ辺境伯領より田舎を選ぶとは思ってなかった。
景色が綺麗な場所ではあるけれど、公爵領に相応しいかと聞かれれば、100人中100人が相応しくないと答えるだろう。
「今からでも遅くはありません。盗賊の件もありましたし、国王陛下にご相談なさってはいかがでしょうか」
「……しかし、これから始める事業のこともある」
え……、まだ始めてないんだし、別にどうにでもなるんじゃないの?
お父様の言うとおり、他を当たってみた方がいいんじゃないかな。
「クリスティアーノ殿下。なぜあの土地にこだわるのか、納得の行く説明をお願いいたします。それに、税収が見込めなくてどうやって生活していくおつもりですか。今後の生計についてどのような展望を描いているのか、ぜひともお聞かせいただきたい」
「え……っと、結婚まで内緒にして、驚かせたかったんだけど……」
クリス様……、今現在、クリス様があの土地を選んだことにみんな驚いてるよ!
ここまで不穏な雰囲気のお父様に、サプライズとかそういう茶目っ気は通じないから!
「クリスティアーノ殿下!」
ひえっ!
クリス様、早く説明して!
「わかったよ……」
クリス様はチラリと私の方を見て、ため息をつきながら渋々話を始めた。
「ーーあの土地を選んだのは、チェリーナのためだ。チェリーナは幼い頃から、結婚しても家族と離れたくないと言っていたから。プリマヴェーラ辺境伯領に一番近いのがあの土地だったんだ」
「えっ……?」
私のためにあの辺鄙な場所を選んだの?
クリス様の身分に相応しい土地が他にいくらでもあるのに……。
その前に、身分で言えばクリス様は次期国王になるべき人なのだ。
もしかして私のために、王位まで放棄してくれたんだろうか。
なんだか申し訳なくなってきた……。
「クリスティアーノ殿下、家族と離れたくないというチェリーナの気持ちを尊重してくださることはありがたい。私も出来ることなら離れたくはありません。しかし、物理的な距離にこだわるよりも、まずはチェリーナを幸せにすることを考えてはいただけないでしょうか。貧乏暮らしで苦労させては本末転倒だ」
「もちろん幸せにしようと考えている。あの領は観光業で発展させるつもりでーー」
「あのような田舎へ観光に来る物好きがいるとでも?」
お父様はクリス様の話をピシャリと遮った。
あの、せっかく説明してるんだから、話くらいは聞いてあげてほしいな……。
「プリマヴェーラ辺境伯、客は必ず来る。客を呼び込むために、まずは街中に劇場を建てるつもりだ。劇場では、歌劇やコンサートなどの上演を計画している。週に何回かは映画を上映するのもいいだろう。料理店や土産物屋などの店を増やして、湖のほとりには観光客が泊まるための宿も建てるつもりだ。この辺りは海から遠く離れているから、泳いだり、小船に乗ったり、釣りをしたりといった水辺を楽しみたい観光客を集められると思う」
クリス様は立て板に水のごとく、流れるように一気に説明する。
「そんなに上手くーー」
「そして、観光事業の一番の目玉は魔の森だ。そのためにも、あの領の立地は重要なんだ」
「ええっ!」
クリス様、気は確かなんですか!?
魔物がウヨウヨいる魔の森を観光って。
「それはいくらなんでも、危険では」
「歩くには危険すぎるということはわかっている。だから当初は、トブーンを使って魔の森の上空を飛行しようと考えていたんだ。俺が最初に魔の森へ連れて行ってもらった時は本当にワクワクしたし、安全性が保証されているなら、魔の森を見てみたい人は他にも大勢いると思う。それに、トブーンではなくバルーンを使えば、家族みんなでのんびり魔の森の上空を遊覧することもできる」
なるほど、サファリパーク感覚かあ。
「クリス様、バルーンとはなんですか?」
お兄様、あとで見せるから空気読んでもうちょっと黙っててくれるかな。
「今日チェリーナが新しい乗り物を考え付いたんだ。大人数で空を飛べる。揺れが少ないし、飛行中に乗り物の中を歩くことも出来るんだ。チェレスもあとで乗ってみるといい」
「へえー! 楽しみだなあ!」
お兄様、のんきだね……。
お父様もお母様も、まだ全然納得していない顔してるのに。
「クリスティアーノ殿下。せめてもう少し豊かな近隣の伯爵領などではいけませんの? 夢のあるお話ですが、現実的な問題はどうなさるのです? そこまでの事業を行うとなれば、莫大な資金が必要ですわ」
さすがお母様は現実的だ。
ほんと、お金の問題はどうする気なんだろう。
屋敷も新築するって言ってたし、劇場やら宿やらとてつもないお金が出て行くばっかりで、あんまり儲かる気がしないよね……。
そもそも観光客って言ったって、あんな場所じゃ人が来るとは思えないよ。
「金は心配いらない。父上の援助がある」
あ、そう。
国王陛下がスポンサーか。
それは資金力に問題なしですね。
「ですが、どんなにお金があっても、使う一方ではいつかは底が尽きますわ。この先子どもが産まれたとしても、確実に残せるものが何もないようでは子どもに苦労させてしまいます」
不労所得の税収と違って、商売の売り上げは確実とは言えないもんね……。
「子ども達に十分なものを残せるよう、必ずあの領を発展させる!」
クリス様……。
そこまで腹をくくってるなら、私は何も言わないよ!
クリス様に協力する!
「お父様、お母様。クリス様は本当ならどんな贅沢でも出来る人なのに、自分のことは後回しにして私のために領地を選んでくれました。私もクリス様のそのお気持ちに報いたい。何が出来るかわかりませんが、私も精一杯クリス様の事業のお手伝いをしようと思います。私たち、絶対に幸せになりますから、どうか見守っていただけませんか?」
いざとなったら私の魔法で黄金を出してしのぐし!
私がクリス様を守ればいい!
「チェリーナ……!」
「クリス様、力を合わせてがんばりましょうね!」
私がそう言うと、クリス様は花が綻ぶような笑顔を見せて私の手を取った。
うん、相変わらず美人だ。
「ああ、2人で頑張ろう」
お父様とお母様は、手を取り合う私たちの様子に顔を見合わせてふーっとため息をついた。
「……これ以上俺たちがとやかく言っても仕方がないな。何かあったら助けてやればいいさ」
「そうですね。近くにいるならすぐに助けることが出来るわ」
どうやらお父様とお母様も認めてくれたようだ。
「クリス様、さっき言ってたバルーンとかいう乗り物で送迎もやってみたらどうですか? 馬車で何日もかけて旅をするのは大変だけど、空を飛んで数時間でいけるとなれば行きたい人もいるでしょう」
あっ、お兄様、それいい!
バルーンなら移動時間も節約できるし、盗賊に襲われる心配もしなくていい。
「そうだな。最初はトブーンで送迎できないかと考えていたが、バルーンなら一度にたくさん運べるしな。王都やアゴスト伯爵領、フィオーレ伯爵領など、集客が見込めそうなところを発着地点にしよう」
王都発着バスツアーならぬバルーンツアーか!
王都ならお金持ちもいっぱいいるし、たくさんのお客さんを呼べそうだ。
「それに、宿ならさっきチェリーナが出した家を使えば新しく建てる必要もない。……案外上手く行くかも知れんな」
「はい、お父様!」
みんなが応援してくれればきっと上手く行くと思います!
「家って? チェリーナ、今日はいろいろ思い付いたんだね? 僕がいないときに限っていいアイデアが出る気がするんだけど」
いやだな、そんなことないですって。
僻まないでよ、お兄様!