第165話 押しかけボランティア
「本当に、あんなに小っこくてお転婆だったお嬢が、こんなにすごい魔法使いになるとはねぇ。俺も年を取るわけだぜ」
「ふぎゃっ」
重っ!
ちょっと、後ろから私の頭に手を乗せてぐりぐりかき混ぜるのは誰っ!?
「ユリウス? お前こんなところで何やってるんだよ」
なんだ、ユリウスかい。
手が重いから早くどけてよね!
身長が縮む!
「何って、チェーザレ様が応援を呼んだんでしょう?」
「俺は手の空いてる騎士を呼んだんだ。お前はエスタンゴロ砦の責任者なんだから、手は空いてないだろう」
お父様は、なんで来たんだと言わんばかりの口ぶりだ。
「今日と明日は非番なんです。仕事の報告だけ済ませるつもりでお屋敷に伺ったら、お嬢が住むことになる領地が大変だってんでこうして駆けつけてきたんですよ。ーーお嬢は俺に感謝したほうがいいな?」
「ユリウス! 気持ちはありがたいけど手が重いのよ!」
休みの日にわざわざ来てくれたのは嬉しいけど!
私の頭に体重かけないでよね!
ユリウスはやっと頭から手をどけると、私の横に並んでニカッと笑った。
「俺は感謝の気持ちは形で表してほしいタイプなんだ」
へー。
なんで私を見て言うのか分からないけど、そうなんだ。
どうでもいい情報をありがとうございます。
「ああ、休みがつぶれたなら手当てを払うよ」
休日出勤手当てを払うと言うお父様に、ユリウスは大袈裟に手を広げて首を振った。
どこの舞台俳優かな?
「いえいえ、金なんてそんな。俺はお嬢の一大事に金を要求するような男じゃありません」
……じゃあなに?
何が目当てなの?
怪しい……。
「ユリウス……、来てくれてありがとう。お礼を言うだけでいいの?」
どんな裏があるのか考えるのも面倒だし、本人に聞くのが一番だ。
「お嬢、感謝の気持ちは形で頼むぜ」
「感謝の気持ちってどんな形?」
丸かな?
それとも、人文字で”感謝”と綴るとか?
「ハアー、喉が渇いたなあ。エスタンゴロ砦からプリマヴェーラ辺境伯家に着いた途端に、水分補給する間もなく次の旅だったからなあ」
そ、そうだったんだ。
それは悪かったね。
「ユリウス、何か飲む? なんでも好きなものをーー」
「おう、ワインを頼むぜ! 催促したみたいで悪いな! ガッハッハ!」
これが目的かー!
まどろっこしい!
まさか、ワインをせびるために頼まれてもいないのに勝手にここに来たんじゃないだろうね……。
「今は働いてもらわないと困るわよ。ワインは帰る時に渡すから」
「仕事は任せろ。俺は信用できる男なんだ。ワインはアイテム袋に仕舞っておいて、砦に帰ってから飲むからよ。前払いで頼むわ」
ユリウスめ……。
「おい、ユリウス。あんまり無茶をーー」
「新しいワインを飲んでみたい。どうせなら、究極に美味いワインを頼むぜ!」
お父様が文句を言おうとしたところへかぶせるように、ユリウスが新しいワインを出せと要求して来た。
「ーー究極に美味いワイン。どんな味だ?」
お父様!
ユリウスの口車に乗せられてますよ!?
「気になりますよねぇ。お嬢、頼むわ」
「チェリーナ、頼む」
もーーーーー!
2人とも今の状況分かってるの!?
お腹を空かせた領民が私たちを待ってるっていうのに、こんな時に自分用のワインを出せなんて!
まったく、呆れてものが言えないよ!
議論してる時間がもったいないから今日のところは譲ってあげるけど!
この先の人生、TPOを考えて行動してほしいな!
「ーーポチッとな! 味はわかりませんけど、出しましたよ……」
今回は長方形の箱を描いて、箱に”究極に美味い赤ワイン”と”究極に美味い白ワイン”と書き込んである。
紙パックだと究極味が薄れるから、中身はボトル入りのワインです。
お父様とユリウス、それぞれ赤白10本ずつだよ。
ケンカしないでよね。
「おおー! こりゃ楽しみだ! ちと量が少ねえが、ありがとな、お嬢!」
ユリウスは箱を一つ開けてボトルを取り出し、満足そうに眺めまわした。
少なくないよ!
計ってないけど、見た感じ1リットルは入ってる!
「ほう、これはボトル入りか。いつものより高級感があるな。ありがとう、チェリーナ」
2人はウキウキしながらワインの箱を自分用のアイテム袋に仕舞いこんでいく。
「ところでお嬢。念のための確認だが、俺は今回、ワイン20本分の働きをすればいいってことだな?」
「え?」
どういう意味?
「本当にいいんだな? 例えば盗賊の残党がいたとして、そいつらが襲ってきても捕える必要はないと。ワイン20本じゃ、いま捕まえている盗賊の対応で終わりだよな」
は?
いいわけないでしょうが!
「何を言っているのよ! ちゃんと返り討ちにして捕まえてくれないと困るわよ!」
「チェリーナ、ワインは赤白50本ずつやっておけ……。ついでに俺にも」
お父様っ?
ユリウスをたしなめるどころか便乗してる!?
「さすがチェーザレ様は話が分かる。頼むぜ、お嬢! ガッハッハ!」
「ユリウス……」
ガッハッハじゃないよ!
エスタンゴロ砦の責任者になってなかったら、詐欺師にでもなってたんじゃないの?
まったく……。
仕方がないから今日だけは出してあげるけど!
きっちり報酬に見合う仕事してよね!
そして、私が魔法で各種食材を出しているところへ、代官や後続の騎士たちが到着した。
「みんな着いたのね、ちょうどよかったわ。この食材を領民に配りたいのだけれど、どうするのが効率がいいかしら?」
さすがに1軒1軒訪ねて歩くのは負担がありすぎる。
「これは全て食糧なのですか? これほどの量を短時間で用意できるとは、いったい……」
代官が目を丸くして食材の山を見上げている。
あの、びっくりしたのは分かるけど、まずは家族に会ったら……?
「代官さん、あちらにご家族がいらっしゃいますよ? みんな無事ですから、顔を見て来ては?」
私がそう言うと、代官はハッとした顔で家族の姿を探し始めた。
そして庭の片隅に妻子の顔を見つけると、今にも泣き出しそうに顔を歪ませる。
代官は家族の元へ駆け出しそうになった足を止め、私たちに向き直って改めてお礼を言った。
「プリマヴェーラ辺境伯様、それにお連れの皆さま方、本当にありがとうございました。皆さまのおかげで、この領は救われました……!」
もう、そんなの後でいいから、早く家族のところへ行ってあげなよ。
「いいのよ! 困ったときはお互い様ですもの! さあ、ご家族が待っていますよ」
「はっ。それでは、失礼いたします」
代官が家族の方へと歩き出すと、待ちきれない子ども達が駆け寄って来た。
「お父様!」
「おとうさま……?」
「ああ、お前たち、よくぞ無事で……! お父様に顔を見せておくれ」
代官は片膝を付いて子ども達の頬を愛おし気に撫でると、ぎゅっと胸に抱きしめた。
代官夫人はそんな3人にそっと近づき、再会できた喜びに嗚咽を漏らしている。
「あなた……!」
「カタリナ、子ども達を守ってくれてありがとう」
代官は立ち上がると、手を伸ばして妻を引き寄せた。
よかった……!
今日はもう、使用人たちもそれぞれの家族のところに返してあげたらどうかな。
みんな早く顔を見たいに違いない。
ふと気が付くと、お父様が駆けつけてくれたうちの騎士たちを前に何事かを悩んでいた。
「うーむ。うちの連中にはしばらく泊り込んでもらいたいが、こんな状況じゃ、代官宅に世話になるのもなあ……。町中で宿を取れるかな?」
そうか、泊まる場所が必要なんだ。
いくら盗賊を捕まえたといっても、うちの騎士が帰ってしまっては夜が不安だもんね。
「宿の主人も食うや食わずの状態なのに、営業させるのも気の毒だな……」
クリス様は無理に営業させるのは気乗りしない様子だ。
それもそうだよね……、働ける健康状態じゃないかもしれないし……。
「仕方がない。湖のほとりにでもテントを張って野営させるか」
テントかあ。
せっかく来てくれたのにテントじゃ申し訳ないな。
よーし、ここは私の出番だ!