第163話 大岡裁き
「どうかしたんですか?」
「うーん……、どうしたものか……」
何の話なの?
あっ、あちこち壊しすぎて反省してるとか。
「多少の被害は仕方がないですよ。人質を全員救ったんですから、ここは喜びましょう! 家はまた建てればいいんですし」
「何の話だ?」
あれ、家の話じゃないの?
「プリマヴェーラ辺境伯、家の中で何かあったのか?」
「はい。実は……、女性と子どもが何人かおりまして……」
えっ、使用人とその子ども達がまだ中に残ってたのかな?
でも助かったなら困らなくていいじゃない。
「他にも人質がいたのか。無事なんだろう?」
「いえ、人質ではなく……。盗賊の妻と子ども達です……」
「なっ! 家族連れでこの町を襲ったのか!?」
えええ、なんとリスキーなことを!?
失敗したら、自分の妻子を巻き込んでの死罪かもしれないのに!
たとえ成功したとしても、町を乗っ取るなんてそんな生活が長く続く筈がない。
現にこうして3年で一網打尽にされている。
「この国では、正当防衛と任務以外での殺人は死罪と定められています。それは変えられない。ですが、家族をどう扱うかは領主に任されております」
「ああ……、そうだったな」
子どもに罪はないと考える領主であれば、親を亡くした孤児として孤児院に入れてもらえる。
だけど、罪人の家族も同罪と考える領主であれば、妻子も一緒に罰を受けることになるのだ。
「ここは王家直轄地ですので、本来は代官が判断するのが筋でしょうが……。今回の事件は代官本人も被害者です。おそらく、冷静に判断するのは難しいでしょう。幼い子どもまで殺されてしまうのはあまりに無体にも思いますが、かと言って、この領で盗賊の妻と子を養うことなど心情的に無理がある。いえ、私には判断する権限などありませんが、つい考えてしまって」
こ、これは悩む……。
お父様としては、出来ることなら妻と子は助けてやりたいのだろう。
私も、親が人殺しだからと言って、子どもまでその罪を償わなくてはいけないという考え方には賛成できない。
でも……、3年もの間、盗賊たちにさんざん苦しめられ、大切な人を失ってきた代官や領民からすれば、それじゃ気が済まないだろうな……。
「た、頼む……! 女と子どもは殺さないでくれ! あいつらは何も悪いことはしてねえ!」
裏口から片足を引きずりながら出てきた男は、お父様に近づくと地面に膝を付いて懇願し始めた。
「う……、うーむ……」
お父様、お人よしだからな。
盗賊が自分の命乞いをしているなら聞き流すだろうけど、子どもの命を助けてくれと言われては無下には出来ないようだ。
ひゅん……、ガツッ!
「痛ッ!」
どこからか飛んできた石が、懇願する男の額に命中した。
いったい誰が……?
辺りを見回すと、使用人の1人がわなわな震えながら盗賊を睨みつけている。
「私たちだってッ! 誰も何も悪いことなんかしてなかった! それなのに、あんたたちは突然やって来て、私たちから全てを奪って行ったじゃない! 今になって虫のいいことを言わないでよ!」
まだ20代前半くらいの若い使用人は、涙を流しながら胸の内をぶちまけている。
「……くッ」
「あんた達が殺した人、生き返らせてよ! それが出来ないなら殺さないでくれなんて言わないでッ! 私のリエトを返してよ! 返してよーーーッ!」
ああ……、この人の大切な人が盗賊たちに殺されてしまったんだ……。
「サルマ……、落ち着いて。私たちを救ってくださったプリマヴェーラ辺境伯様の前ですよ。プリマヴェーラ辺境伯様、取り乱してしまい申し訳ございません。サルマは、殺されてしまった騎士と婚約していたのです」
クリス様がお父様をプリマヴェーラ辺境伯と呼んだことに気付いた代官夫人は、使用人の女の人の背中を優しくさすって落ち着かせようとしている。
「それは……。取り乱すのも無理はありませんな」
お父様は、肩を震わせる使用人の女の人を気の毒そうに見た。
「盗賊たちの妻とされている女性たちの中には、元々は町の人間で、無理やり妻にさせられた人もおりますわ。あの……、この件は、プリマヴェーラ辺境伯様にお任せするわけにはいかないのでしょうか? 私たちを救ってくださったプリマヴェーラ辺境伯様のお考えであれば、どのような判断を下されても不満は出ないと思いますわ」
え……、無理やり連れて来られた人までいるなんて、どんどん話が複雑になってますけど……。
こんなの丸投げされてもお父様だって困るよね……。
「うーむ……」
お父様は腕を組んでチラリとクリス様を見た。
あの視線は、クリス様に判断してみろと言いたいのかも……。
クリス様はお父様の意図を汲み取り、了承するように小さく頷いた。
「プリマヴェーラ辺境伯領の孤児院には、子ども達を受け入れる余裕はあるだろうか?」
「はい」
「ならば、妻たちのうち、元々町の人間だった者とその子どもは無罪とする。それ以外の妻は、共犯者としてプリマヴェーラ辺境伯領で何年かの強制労働を課す。強制労働が終われば、孤児院から子どもを引き取ることを許す」
そうか、この領に居させるのが問題なら他に移せばいいんだ。
プリマヴェーラ辺境伯領に受け入れ態勢があるなら、妻子の命を助ける道がある。
クリス様、えらいよ!
こんな方法、よく思い付いた!
「妥当でしょうな」
お父様も、よくやったと言いたげに微笑んでいる。
「あ、あのう……。プリマヴェーラ辺境伯様、先ほどは失礼いたしました。あの……、盗賊たちですが、酒場に出かけた連中がまだ戻っておりません」
サルマと呼ばれていた使用人が涙を拭きながら、まだ捕まえていない盗賊がいると訴えてきた。
なぬ!?
まだいたの?
あっ、おじいちゃんを蹴り付けたアイツが出てきたあの店にいるのか!
「よし、ちょっと見てこよう。チェリーナ、チェレスに連絡して、騎士を10人ほどこちらへ寄越してもらってくれ。とても手が足りん」
「あっ!」
お父様が裏門の取っ手に手を掛けたところで、反対側から扉を開けた人がいる。
数人いる男たちの先頭の男、見覚えがあるぞ!
「お父様、アイツです! 盗賊の仲間だったんですよ!」
「ああ、そのようだ」
「なななな、なにもんだッ!?」
お父様に腕を掴まれギリギリと締め付けられた男は、痛みに顔を歪めながら再び名前を尋ねてきた。
「俺か? 俺の名はチェーザレ・プリマヴェーラ。ちょうど帰って来てくれたおかげで探しに行く手間が省けたよ」
「ププププ、プリマヴェーラ辺境伯ッ!? た、助けてくれえーーー! おかしらー!」
お父様の名前を聞いた盗賊は蒼白になると、声を限りにわめき始めた。
至近距離でわめく男に、お父様は鬱陶しそうに顔をしかめる。
「うるさい男だ。お頭とやらはもう捕えてある。先に言っておくが、この場から逃げ出した者は背中から火魔法で焼かれることになるからな。死にたいやつは逃げてみろ」
「「「ひいいいいーーー!」」」
お父様に凄まれて腰を抜かした盗賊たちは、へなへなとその場にへたり込んだ。
うん、逃げ出さなくて賢明だね。
焼死体を見るのはごめんだよ。
さてと。
のんびり眺めてないで早くお兄様に連絡して応援を呼ばないと。
「お兄様ー、お兄様ー! こちらチェリーナ隊員です、どーぞー!」
『ーーああ、チェリーナ。もうクリス様の領地に着いたの? それで場所はどこなんだい?』
お兄様、今そんなのんきな話してる場合じゃないんですよ!
「お兄様、大変なんです。急いで騎士を10人くらい寄越してください」
『え、なんで?』
「大変だからです」
通信機の向こうで、お兄様が大きなため息を吐いた。
『だからなんで大変なの?』
ため息吐きたいのはこっちですけど!?
説明してる暇がないくらい大変だってこと、察してほしいな!