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第162話 空中の救出劇


すぐに状況を把握した10歳くらいの女の子は、安堵のあまりポロポロと涙を零している。


「おねえさまー! うああーん」


6歳くらいの男の子も、姉が泣いているのを見て声をあげて泣き始めた。


「さあ、泣くのはもう少し我慢して。今はここから逃げることを考えてくれ。まずは君の弟をこちらへ」


お父様が優しくほほ笑みながらそう言うと、弟を助ける使命感に駆られた女の子はシャキッと背筋を伸ばした。


「はいっ!」


この屋根裏部屋の窓は腰高窓だ。

男の子の身長では、一人で窓枠に上るのは難しい。


女の子は、弟の脇の下に手を差し入れると、力を込めて持ち上げ窓枠に足を掛けさせた。


男の子は窓枠にしがみつき、片手を精一杯お父様の方へ伸ばす。

お父様は男の子の伸ばした小さな手を掴むと、危なげなく籠の中に引き入れた。


「次は君だ」


「よろしくお願いしますっ」


女の子は窓枠に片足を掛け、身を乗り上げようと頑張ってはいるものの、中々上手くいかない。

そこへ、フラフラの代官夫人が現れ、力を振り絞って女の子の背中を押し上げた。


「よし、いいぞ!」


女の子の手がお父様に届き、弟に続いて無事に引っ張りあげることに成功する。


「……どうか、どうか、子ども達をお願いいたします……」


「さあ、次はあなたの番ですよ。あと一踏ん張りです」


お父様が励ますと、代官夫人は諦めきった目で首を振った。


「いいえ、私はもう駄目です……。体が言うことを聞いてくれません」


「お母様っ!」

「おかあさまー!」


子ども達はベンチに膝を付き、籠の淵から顔を出して必死に母親を見ている。


「私がいては足手まといになるだけですわ。どうか、子ども達を……」


代官夫人は2人の子ども達よりも衰弱が激しく、立っているのもやっとの様子だった。


町の人たちと違って、この母子は外へ食べ物を採りに行くという選択肢がなかった筈だ。

盗賊たちが十分な食べ物をくれるとも思えないし、もしかすると、自分の分まで子ども達に食べさせていたのかも……。


ううっ……、ズビ……、自分を犠牲にしてまで子ども達を生かそうとする代官夫人を、ここで見捨てられる訳ないじゃない!

絶対に助ける!


「お父様、これを。これを渡してください!」


私は飴タイプのゲンキーナを取り出すと、お父様の手に押し付けた。


「よし!」


お父様は飴を窓の中へ投げ入れ、懸命に代官夫人を説得する。


「諦めないでください。ご主人もあなた達の帰りを待っていますよ。さあ、その飴を口に入れて。体力が回復します」


代官夫人はよろめきながら腰をかがめて飴を拾うと、包み紙を開いて口の中へ入れた。


「……あ……、なんだか、本当に気力が戻って来た気がしますわ」


さっきよりも顔色が良くなっているところを見ると、気力だけじゃなくて多少なりとも体力も戻っている筈だ。


「さあ、窓枠へ足を掛けて。こちらへ手を伸ばしてください」


「はい」


代官夫人は窓枠に掴まりながら、なんとかよじ登ることに成功した。

体を起こして片手で窓枠の上部を掴み、もう片方の手を限界まで伸ばす。


2人とも、頑張って……!


お父様は空中で代官夫人の手を捕えて、ぐいっと体を引き寄せ籠の淵に掴まらせた。

そして、すかさず身を乗り出して腰の辺りに腕を回し、一気に引き上げる。


ドサッ……。


さすがのお父様も、足場の悪い中で大人の女の人を引き上げるのは容易ではなかったらしい。

2人は体勢を崩して籠の中に倒れこんだ。


「大丈夫ですか?」


「はっ、はい。大丈夫でございます」


お父様の上に乗り上げる形になっていた代官夫人は、顔を赤らめてパッと体を離した。


「さてと。じゃあちょっと一暴れしてくるか。すぐに終わらせるから、お前たちはここで大人しくしてろよ」


お父様はそういうと、ひらりと屋根に飛び移った。

そして、開いていた窓からするりと体を中へ滑り込ませる。


お父様、そんなに大きな体なのに、猿並みの身軽さも持ち合わせていたんですね……。


「じゃあ待ってる間にサンドイッチでも食べましょうか。ーーポチッとな! さあ、まずは元気になる飲み物を飲んで、それからサンドイッチを食べてくださいね」


私はベンチシートにゲンキーナとサンドイッチを3つずつ乗せた。

代官の家族は魔法に驚きながらも、おいしそうなサンドイッチを前に笑顔を見せている。


「……静かだな」


「静かですね。あ、きっと結界のマントで姿を隠して、使用人を探しに行ったんじゃないですか?」


「ああ、なるほど」


私たちが籠の淵から下を見下ろしていると、裏口から使用人らしき人物が1人、また1人と外へ出てきた。

上を見上げて口に手を当てているところを見ると、どうやらお父様が使用人たちとコンタクトを取ることに成功したらしい。


使用人たちが庭の片隅で一塊になったところで、耳をつんざく悲鳴が響き渡った。


「ぎゃあああーーー! あちいーーーッ!」


「あ、始まったみたいです」


ドタンバタン、ドタドタドタと激しい音が聞こえてきたかと思うと、勢いよく正面玄関の扉が開け放たれ、中から盗賊たちが我先に逃げ出してきた。


「ウォーターアロー」


「ぎゃあッ!」


クリス様が呪文を唱えると、水の矢が先頭を走っていた男の足に命中した。

男が悲鳴をあげて蹲ると、後続の盗賊たちも足をとられてドドッと地面に倒れこむ。


「わあ、クリス様、お見事です! 逃げられないようにトアミンで捕獲しときましょう」


「そうだな」


私はリモコンでバルーンを移動させ、アイテム袋からトアミンを出してクリス様に手渡した。


ふぁさっ……。


うん、一丁上がりです!

お次は裏口へゴーだ!


あっ、盗賊たちが裏門を開けようとしているのが見える!

ああーっ、外に逃げられちゃう!


「ウォータースピア」


ヒューーー……、ズドンッ!


「ひいッ!」


裏門の取っ手に手を伸ばそうとしていた男の目の前で、すごい勢いで飛んできた水の槍が音を立てて地面に突き刺さった。


「おおー、間一髪! 間に合いましたね、クリス様!」


すっごーい!

クリス様、いつの間にこんなに強くなってたんだろう?


「ウォータースピア、ウォータースピア、ウォータースピア」


ドスドスドスッ!


呪文に合わせて、盗賊たちを閉じ込めるように次々と水の矢が現れた。


さっきから立て続けに魔法を使っているのに疲れる様子もないし、かなり手加減してる感じがする。

もしお父様がいなかったとしても、きっと余裕で盗賊たちに勝てるに違いない。


「おーい!」


「あっ、お父様が呼んでます」


「バルーンを下ろして、こいつらを縛り上げるのを手伝ってくれー」


はいはい、承知いたしました。

さすがに1人で何十人も縛るのは大変だもんね。


私がバルーンを裏庭に着地させると、使用人たちが駆け寄ってきた。


「奥様! お嬢様、お坊ちゃま、よくご無事で!」

「ああ、よかった!」


「みんな無事だったのね! 嬉しいわ」


代官の家族と使用人たちは、涙を流しながらお互いの無事を確認し合い、開放された喜びを噛み締めている。


ちょっと縛るの手伝ってとは頼みにくい雰囲気……。

よし、こうなったら一人ひとり縛るんじゃなくて、トアミンで大雑把に捕獲しとくか。


「そーれ! うん、これでよしと」


「なッ、なんだこれは!?」

「助けてくれえ!」

「死にたくねえ!」


死にたくないと思うなら、最初から盗賊になんてなるべきじゃなかったよ。

今更後悔しても、もう遅い。


さて、正門の方はもうトアミンで捕えてあるし、裏門もOKだし、あとは室内にいる残りを捕まえるだけだ。


「お父様ー、家の中はもう大丈夫ですか?」


「ああ……、それなんだがな……」


なぜかお父様が困った顔をしている。

どうしてそんな顔?

いまは喜ぶところじゃないの?





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