第161話 屋根裏部屋の人質
案内役の騎士が、町を一望できる小高い丘の上から1つの家を指さした。
「あのレンガ造りの一番大きな家がソスピーロ様のお屋敷です」
私たちはいま、町から少し離れた丘の上に立っている。
これから人質を助けに行く筈がなんで丘の上にいるのかというと、私がひらめいちゃったからですね!
「わかったわ!」
「正門と裏門に見張りがいますのでご注意ください」
占拠して3年も経ってるのにまだ見張りを付けてるなんて、盗賊の割りに用心深いな。
いや、盗賊だからこそ用心深いのか?
でも見張りが何人いようと、こっちにはお父様がいるから関係ないけど。
「大丈夫よ、こっちの攻撃力は王国一ですもの! あなたは隠れ家に戻って、いまのうちに体を休めていてね。盗賊を捕まえたらきっと忙しくなるわ」
「はっ、かしこまりました。どうか、ご無事で」
騎士は私たちに向かって一礼すると、町の方へと歩き出した。
「よーし、じゃあパパッと描いちゃいますね! ちょっと待っててください」
まずは大きな風船状の布を描いて、その下に四角い籠を描く。
そして風船と籠をロープで繋いでと。
色は空になじむ水色で、操縦方法はトブーンと同じくリモコンでいいね。
スピードは最高速度が初期型トブーンと同じで、早い・普通・ゆっくりの3段階に切り替えられるようにしようかな。
それから、飛行音がうるさいと意味がないので”無音タイプ”と書いて。
飛行中に布が破れると墜落しちゃうから、”絶対に破れない”も追加しておこう。
「出来ました! ーーポチッとな!」
ババン!
気球モドキの登場です!
「うわ、なんだこれは?」
「大きいな」
すごいでしょう?
いやあ、気球を思い付くなんて、私さえてるな!
今日も絶好調だ!
「これはバルーンという名前の乗り物です! 高速トブーンより速度は落ちますが、静かに空を飛ぶことができますよ。それに、何人も乗れますから今回の救出作戦にうってつけです」
火を使ってないから気球と言うより飛行船のほうが近いのかもしれないけど、形は気球だからこれは気球でよし!
「何人も乗れるって、具体的に何人なんだ?」
「乗ってみれば分かります」
籠に入りさえすれば、たぶん飛ぶんじゃないのー?
知らんけど。
「またそれか……」
お父様が眉間にしわを寄せているけど、使ってるうちに追々判明すればよくない?
「お父様、そのうち分かりますよ?」
マニュアルなんてないんだから、使いながら慣れていってほしいな。
「助けに行ったはいいが、重すぎて飛ばないなんてことになったらどうするんだ?」
「その時はお父様に降りてもらって。お父様1人と、代官夫人と子ども2人の体重は同じくらいじゃないですか?」
どっちにしろお父様には戦ってもらわないといけないしさ。
入れ代われば問題なしだと思うな!
「まあ……、それはそうかもしれないが……。お前、俺を見捨てて逃げるとか……、意外と薄情なこと言うよな……」
お父様がしょんぼりと肩を落としている。
えーっ!
そんなつもりじゃないよ!
「違います! お父様の強さを信じてるってことですよ! 万が一お父様が怪我をしたり、敵に押されてたりしたら絶対に助けに行きます。当たり前ですよ。たとえ瀕死になっていたとしても、私の魔法で絶対に生き返らせますからね。簡単に死ねるなんて思わないでください!」
「ふはっ! ははは! そうか、俺は簡単には死ねないのか。それは大変だ」
お父様は私の頭にぽんぽんと手のひらを乗せた。
まったくもう、私の愛情に疑いを持つなんてひどいお父様だ!
だいたいお父様はマイトブーンがあるんだから、万が一のときは自力で飛べるじゃない。
「はい! 絶対死なせませんから! さあ、2人とも乗ってください!」
私は、籠の側面に付いている乗り降り用のドアを開けてバルーンに乗り込んだ。
「へえー、乗ってみるとけっこう広々しているな」
クリス様の言うとおり、中に入ってみると外から見るよりも広く感じる。
大人の男の人でも6~7人は乗れそうかな?
四角い籠の、ドアが付いていない面はベンチシートになっているので、早速腰を下ろしてみた。
うん、私が座ってもビクともしないし、耐久性もありそうだね!
「どれ、俺が操縦してやろう」
「俺もやってみたい」
お父様もクリス様も攻撃要員なんだからダメですよ!
「私が操縦します。2人には、それぞれ役割がありますから。クリス様は、見張りの上に雨を降らせてくれませんか? この前ガブリエル様がやっていた、なんでしたっけ、クラウド・バースト? あそこまでは降らせなくてもいいんですけど」
「ああ、雨が降れば見張りが家に入るか」
ほっ、クリス様も出来るんだ?
よかったー、出来ないなんて言われたら気まずい空気が流れるところだったよね。
「そうです! 見張りがいなくなったら屋根裏部屋の窓に近づいて、人質を救出しましょう。お父様、子ども達を抱っこして籠に乗せてあげてください」
「よし、わかった」
作戦会議は以上だ!
これより実戦に入る!
これは訓練ではない、繰り返す、これは訓練ではないッ!
「行きますよ! 作戦開始ー!」
私は代官の家を目指してバルーンを飛ばした。
とりあえず普通のスピードを選んでみたけど、高速トブーンに慣れてしまうとだいぶ遅く感じるな。
まあ歩くよりはずっと早いけどね。
そして私たちは、風に流されるように滑らかに飛んでいるうちに、代官の家の上空へと到着した。
「……いましたね。正門に2人、裏門にも2人いますね」
「ああ。じゃあ雨を降らせるぞ。ーークラウド・バースト」
クリス様が呪文を唱えると、灰色の雲が現れ正門の見張りをあっという間にずぶ濡れにした。
見張り役は悲鳴をあげながら家に駆け込んで行く。
次にクリス様はサッと指先を振った。
雲はクリス様の指差す方向にスーッと移動し、今度は裏門の見張りをずぶ濡れにしている。
「わあー、クリス様すごい! そんなことも出来るんですね」
こういう魔法は、普段の生活じゃ披露する機会がないから知らなかったな。
日照りの時に役に立ちそうな魔法だ。
「まあな」
「思ったとおり家に入りましたね!」
「今のうちに屋根裏部屋へ急ごう」
「はい!」
私はリモコンを操って屋根裏部屋にバルーンを近づけた。
「よく見えないな」
屋根裏部屋の小ぶりな窓から室内の全てを見ることは出来ない。
向こうに気付いてもらえないと、ちょっとこっちからは探せそうもないよ……。
「合図を送ってみましょう。えーと、小石とか……、ないですね」
「水の玉をぶつけてみるか」
あっ、それいいかも!
「優しくお願いしますね? 怖がらせたら隠れてしまうかもしれません」
「わかった。ーーウォーターボール」
クリス様が呪文を唱えながら指先をはじくと、小さな水の玉が現れて窓にパチャンとぶつかった。
気付いてくれたかな?
「もう1回……、あ!」
窓枠にへばり付くようにしながら、そーっと目から上を出しているのは代官の子どもじゃない!?
「気付いたみたいですよ! おーい、窓を開けてー!」
私は怖がらせないように、満面の笑みで手を振った。
すると、私につられたように子どもも手を振り返す。
えっ、いや、そうじゃなくてさ!
窓、窓を開けてっ!
「通じてないぞ」
こうなったら私のジェスチャーで伝えるしかない!
窓をこう、両手でバーンと!
バーンと開けて!
うん……、窓の向こうで私と同じ動きをしているね……。
「あっ!」
子どもの後ろに、少し年長の別の子どもが現れた!
これはいける。
バーンと!
ガチャ……。
「通じたぁ! 開きましたよ、クリス様、お父様!」
ふうー、いい仕事した……!
「君たちは代官の子ども達だな? 助けに来たぞ。母親はどこにいる?」
あ、助けるのはこれからだった。
達成感なんて感じてる場合じゃなかったよ。
「ーーお、お母様っ! 助けがっ、助けが来てくれました! ううっ、うわーん」