第160話 人質救出作戦会議
「いきなり突撃するより、まずは代官や騎士と接触して、家の間取りを確かめた方がいいんじゃないか? どの辺りに人質が捕らわれているか当たりをつけやすい。人質の安全を確保してからじゃないと、思うように攻撃出来ないだろ?」
えー、そう?
クリス様、考え過ぎじゃない?
お城じゃあるまいし、ちょっと探せば見つかると思うけどなあ。
「俺もそう思うぞ。隠し部屋や地下牢に閉じ込められていることも考えられる」
それもそうか……、いないことを確認したつもりで焼き払ったりしたら大変だ。
「それじゃあ、誰か代官のところへ案内してくれる?」
私はおじいちゃんたちの方を見た。
すると、一番背の高い男の子が控えめに手を上げた。
「あの、僕があんないする……、です。この近くのあき家にいる……、います」
なんかガチガチに緊張してるみたいだけど……。
大丈夫かな?
「普段どおりに話していいのよ? 子どもがそんなに気を使うものじゃないわ」
「は、はいっ」
そして私たちは、みんなの期待を背負っておじいちゃんの家を後にした。
盗賊は裏通りには来ないと聞いたものの、私たちは一応結界のマントで姿を隠し、先導する男の子に付いて行っている。
「この家だよ」
「ありがとう。あなたは家に帰って待っていてね」
「うん。おねえちゃん、がんばって……」
案内してくれた男の子は、手を振りながら来た道を戻って行った。
改めて向き直ったその家は、元は空き家だというだけあってあちこちが傷んでいる。
ガラスが割れて板が打ち付けられている窓が開いているところをみると、どうやら代官たちは在宅中らしい。
私たちは玄関先でマントを脱ぎ、早速コンコンと小さくノックした。
「誰だ……」
生気のない顔で玄関扉を開けたのは、かなり痛んだ制服を着た騎士だった。
おじいちゃんや子ども達同様、栄養が足りていないようで痩せこけてしまっている。
「助けに来たぞ。ここでは何だから中で話をさせてくれ」
「あ……、あなた様は……? そのお姿は、もしや……」
どうやらこの騎士はお父様を知っているようだ。
それなら話が早い。
騎士はくしゃりと顔を歪め、今にも泣き出しそうな表情になった。
「誰かに見られないうちに、早く」
「はっ」
お父様に促された騎士は、扉を大きく開け放って私たちを中へ通してくれた。
「ソスピーロ様! プリマヴェーラ辺境伯様が……っ! 助けに来て下さいました!」
騎士は扉を押さえながら、奥にいるらしい人物に声をかけている。
「えっ、プリマヴェーラ辺境伯様が?」
「おお、神よ!」
「助かった!」
わらわらと奥の部屋から姿を現わしたのは、代官と生き残りの騎士たちだ。
みんな一様に衰弱しているものの、期待に目を輝かせている。
「そんなに痩せてしまって……。今日はたまたま用事があってこの地へ来てな。道で偶然出会った老人に事情を聞いたんだ」
「おお……っ、神は我々を見捨ててはいなかった……!」
代官らしき男の人が、目に涙を浮かべて感極まっている。
「あのー、みなさんおなかが空いていらっしゃるでしょうから、よかったら食べながらお話しませんか?」
泣くと余計におなか空いちゃうし……。
ゲンキーナを人数分と、サンドイッチでいいかな?
「え、ええ……。それは大変ありがたいです」
「ーーポチッとな! さあ、みなさん。まずはこの飲み物を飲んでくださいね。これを飲めば体力が回復しますよ」
私は勝手にテーブルに近づいて飲み物を出し、みんなに勧めてからサンドイッチの箱を開けてあげた。
「チェリーナ。肉がないんじゃ力が出ないんじゃないか?」
あ、やっぱり?
私もちょっとそう思った。
「そうですね。ーーポチッとな! ステーキもありますから、食べられるようならこちらもどうぞ」
とりあえず10箱ほど出してみると、なぜかお父様まで席についてお弁当の蓋を開け出した。
「お父様も食べるんですか?」
「俺が食べないとみんなが食べ辛いかと思ってな。チェリーナ、冷たい紅茶も頼む」
そういうものなの?
それにしても、朝ごはんもしっかり食べたし、おやつだってさっき食べたばっかりなのによく食べられるな……。
「えーそれでは、人質救出作戦について会議を始めます。どうぞそのまま食べながら参加してください」
みんな了承して頷いてくれている。
「作戦はこうです! まず、私たち3人が家に忍び込んで人質を助けます。その後はお父様が盗賊をやっつけます。以上です」
「ぶはっ!」
ちょ、お父様、噴き出さないでください。
汚いよ……。
「ぶっくくく。作戦っていうからどんなすごいものかと思ったら、完全に行き当たりばったりじゃないか。チェリーナ、こういう時は、正面から何人で攻め入って、裏口では何人が待機して……というように具体的に決めていくものなんだぞ」
えー、決めたいなら決めてもいいですけど。
「各位置に配置する程の人員がいないと思って。だったら、お父様が一気に攻撃した方が早いですよね」
「まあな。この人数じゃな」
「プリマヴェーラ辺境伯、焼け野原は困るぞ」
クリス様が全力を出さないようにと念を押している。
領地を賜った時、復興からスタートって辛すぎるもんね。
「承知しております。敵の人数が多いとはいえ、ファイアーアロー程度で十分でしょう」
「そうだな。矢くらいなら問題ないだろう。俺もウォーターアローで参戦する」
「いえ、人質を救出したら、チェリーナと人質を守ってやってください。盗賊に狙われるかもしれませんから。攻撃は私1人で行います」
そうね、お父様かクリス様のどっちかは私たちを守ってほしいね。
せっかく助けたのに、また人質に取られたら元も子もない。
「わかった。そうしよう」
「あ、あの……。私の妻と子ども達の他に、使用人たちも捕らわれております。どうか、使用人たちも助けてやってはいただけないでしょうか」
代官は必死な様子で使用人の存在を訴えている。
そう言われれば使用人もいるよね。
その人達も助けないと!
「ああ、確認もせず闇雲に殺して回るような真似はしないから安心してくれ。それで、人質がどの辺りにいるか分かるか?」
「妻と子ども達は屋根裏部屋に閉じ込められております。使用人たちはあちこちで働いていますので、場所の特定は出来ませんが、厨房には常に何人かいると思います」
屋根裏部屋かあ。
じゃあいっそのことトブーンで……、って音でバレるな。
うーん、何か静かな乗り物があれば……。
「そうか。それだけ分かれば十分だ。じゃあ早速行ってくるよ」
「我々もお供いたします!」
騎士たちは決意を込めた目で志願してきた。
だけど……、その体じゃちょっと……。
いくらゲンキーナでも、ガリガリに痩せた体は膨らみませんよ?
「いや。気持ちは分かるが、その体では危険だ」
「しかし! 殺された仲間の仇を……ッ!」
「仇は俺が取る。せっかく今日まで生き延びたんだ。命を大切にしろ」
騎士たちは悔しげに唇を噛み締めているけど、今の体で突撃に加わっても命を落とすだけだという自覚はあるようだった。
逡巡するように仲間内で目配せをし合い、やがて諦めて肩を落とした。
「プリマヴェーラ辺境伯様……、どうか、よろしくお願いいたします」
「任せろ。誰か代官の家まで案内を頼む」
「それでは私が」
一番若そうな騎士が案内役を買って出てくれた。
「よし、じゃあ行こう」
……ちょっと待って。
すごくいいアイデアがここまで出かかってる。
「うーん……」
「チェリーナ? どうした?」
「いいアイデアがあるような、ないような」
「どっちなんだ?」
ううーん……、トブーンみたいに空から助けに行ける、静かな乗り物……。
「あーっ、そうだッ!」