第159話 悪夢の夜
私たちは、予想もしていなかった話に青褪めた。
空から見たときは美しいと思ったこの土地で、そんな恐ろしい事が起きていたなんて……。
「なんだって!? ここには王都から派遣された代官と騎士がいる筈だろう!」
クリス様は、騎士がいながら町を乗っ取られてしまったとは俄かには信じがたいようだ。
「その通りでございます。代官様と騎士様方のおかげで、3年前のあの日までは、私たちはつましいながらも平穏な日々を過ごしておりました。フォルトゥーナ王国は裕福な国であり、当代国王陛下は慈悲深いお方ですので、王家直轄地であるこの土地は最低限の税のみで許されていたのです。ですが……」
どこか昔を懐かしむような口調だったおじいちゃんは声を詰まらせると、こみ上げてきた涙を堪えるように目を瞬かせた。
「ある夜、30人ほどの盗賊の一団が一斉にこの町に襲いかかってきました。町の至る所から悲鳴があがり、逃げ惑う人々を盗賊が斬り付け……、あの光景は今思い出しても恐ろしさに震えるほどです。騎士様方が駆けつけてくださいましたが、王都から派遣された騎士様は全部で10人、多勢に無勢とあって半数が殺されてしまいました。
そして、盗賊どもは騎士様方が出払ったところを狙い、代官様のお屋敷を奪い取ったのです。奥様とお子様方はそこで人質に取られたまま……、今も……」
おじいちゃんはそこまで話して、はあ……と力なくため息を吐いた。
あまりの話の内容に、かける言葉が見つからない。
「代官様と生き残った騎士様方はなす術もなく、盗賊どもに命じられる通り、私たちから全てを取り上げるしかありませんでした。盗賊どもは、国へ納める税以外を全て自分たちの物にしています。国への納税は代官様が行いますので、いままで怪しむ者は誰もいなかったのです」
「そんな……! 全て取り上げるなんて、人間なんだから食べなくては死んでしまうわ!」
この国の税は、どの領に住んでいるかで大きく変わる。
国に納める税金を所得税とすると、領主に納める税金は住民税にあたり、所得税は一律15%と決まりがあるものの、住民税の税率をいくらにするかは領主に一任されているからだ。
所得税15%と住民税15%の合計30%がこの国の最低税率で、王家直轄地や、暮らしやすいと言われている裕福な領、そしてプリマヴェーラ辺境伯領などは最低税率の30%を課している。
盗賊生産地とも揶揄される、重税で悪名高い北部地域でさえ税率は合計で50%なのだ。
所得税15%に住民税を85%も取られたら、とてもじゃないけど生活が成り立つわけがない。
「だから町の者がみんなああもやせ細っているのか……。それにしても食べる物が何もなくて、一体どうやって生き延びているんだ?」
「はい……。野生の木の実や山菜やきのこなど森で採れるものと、あとは盗賊に見つからないように夜中に魚を獲ったり……。みんな食うや食わずの状態ですので、体力のない者からバタバタと命を落としております」
「そうか……。事情を聞いたからには盗賊どもを野放しにはしておけないな。ここは俺に任せておけ」
お父様はおじいちゃんの目をまっすぐに見つめてそう宣言した。
「お父様、家ごと焼き払うのはダメですよ? 代官さんの奥さんとお子さんが人質に取られてるんですから、まずは人質を助けないと」
「じゃあ水攻めはどうだ? ちょっと苦しいかもしれないが、火よりは人質が安全だ」
いやいや、クリス様、溺死することもありえるからね!?
水の刃で斬り付けたり、水の矢が刺さったりしても血が出るし。
うっかり人質を殺したら、ゴメンじゃ済まないですよ?
「私たちには結界のマントがあるじゃないですか! 盗賊たちが住処にしている家に忍び込んで、まずは人質を助ける。その後はお二人で存分にやっちゃってください」
「いや、存分にやられたらこの辺り一帯が火の海になるだろ。できるだけ手加減してもらわないと」
「それもそうーー、んっ?」
ふと部屋の奥の扉を見ると、薄く開いた隙間からたくさんの目が覗いているのが見えた。
「お前たち、こっちへおいで。こちらのみなさんは私たちを助けてくださる方々だよ。ご挨拶しなさい」
おじいちゃんにそう促されると、子ども達は扉の影からおずおずと姿を現わした。
あれ……、この子達、さっき逃げていった子ども達じゃない?
「あ、あの……。こんにちは」
「こんにちは」
「こ、こんにちは」
5歳から10歳くらいの年頃の5人の子ども達は、みんな折れそうな程ガリガリの体をしている。
「こんにちは! みんな、おなかは空いてるかしら? ーーポチッとな! よかったら、これを食べて」
私は魔法でミックスサンドを出すと、蓋を開けてテーブルの上に並べた。
あ、急に食べたらおなかを壊すかもしれないから、その前にゲンキーナを飲ませないといけないな。
「みんな、サンドイッチを食べる前に、一口でもいいからこの飲み物を飲んでね! どうしたの? 遠慮しないでいいのよ」
子ども達は呆然と立ちすくんだまま、微動だにしない。
あれ、おなか空いてるんじゃないの?
「この子達は生まれて初めて魔法を見たので驚いているのでしょう」
「あら、そうなの。おじいちゃんは魔法を見たことがあるの?」
「ええ。王都でたくさんの魔法使いを見ましたよ。私は若い頃、王都の薬師に弟子入りして、10年ほど王都に住んでいたのです。そうは言っても、このような魔法は私も初めて見ましたが……」
そうでしょうねぇ。
創造魔法は滅多に見れないよね、なんせ生存する創造魔法使いは私1人だけという話だし。
「このサンドイッチはパンがふわふわで美味いぞ? どれ、俺が見本を見せてやろう」
お父様はそう言ってヒョイっと一切れつまみ上げた。
サンドイッチを食べるのに見本は必要ないと思うけど……?
私のそんな思いとは裏腹に、子ども達はお父様がサンドイッチを口にしたのを見て、安心したようにわっと手を伸ばし始める。
うんうん、たんとお食べ。
「この子達はおじいちゃんのお孫さんですか?」
「いいえ……。この子達は親がいないのです。盗賊に抵抗して殺されたり、飢えて亡くなったり……。みんな身寄りがないので私の家に住まわせております。食べる物はありませんが、1人でいるよりは良いかと思いまして」
そうだったんだ……。
盗賊がこの町に来たことで、この子達は孤児になってしまったんだ。
この子達のためにも、盗賊は1人残らず捕まえないと!
「私が来たからにはもう安心よ! 盗賊のことも食べ物のことも心配しないでちょうだい!」
30人くらい、ちょちょいのちょいなんだから!
「お嬢さんが戦うのですか?」
「いいえ? 戦うのはお父様よ? 私は攻撃魔法を使えないもの。それに、餅は餅屋と言うでしょう?」
私は深窓の令嬢なんで、そういう血生臭いのはお父様にお任せしてるんです。
「はあ、なるほど……? モチハモチヤと言うのは呪文でしょうか……?」
「餅っていうのは、白くてもちもちしててビョーンと伸びる食べ物よ。餅は餅屋が作ったものが一番おいしい、つまり、物事はその道の専門家に任せるのが一番という意味なの」
「モチ……?」
「モチ」
みんな首を傾げているけど、話だけじゃ想像しにくかったかも……。
魔法で出してもいいけど、おじいちゃんと子どもって、喉に詰まらせそうなメンバーだから心配だな。
「モチってなんだ?」
クリス様まで興味を持ってしまった。
うーん、どう説明しようか……。
あっ、そうだ!
クリス様の好物を使ったアレがうってつけじゃない!
「ーーポチッとな! さあどうぞ! この白い部分が餅という食べ物ですよ。中にいちごが入っています」
「どれどれ」
早速クリス様が1つ手に取った。
「んっ……、美味いな。うん、これは中々いける」
「いちご大福ですよ! みんなも食べてね」
私も1ついただこう。
うん、モチモチの皮と甘さ控えめの餡と甘酸っぱいいちごが三位一体となり、絶妙なハーモニーを奏でているね。
「ーーそれで、代官の家というのはどこかしら?」
いちご大福も食べたし、早速突撃しましょう!