第158話 暗雲立ち込める町
ええと……、地味にショックなんですけど……。
顔を見て逃げられるなんて初めての経験だ。
私、どっちかというと、子どもには好かれる方だと思ってたんだけどな。
「すごい怯えようだったな。こっちは女の子もいるんだから、あんなに怯えなくてもよさそうだが……」
「どうも様子がおかしい。いくら見知らぬ大人でも、一目見ただけであんなに怯えるものか? まさか大人から暴力を受けてるんじゃないだろうな。あんなにやせ細って、ろくに食事を与えられていないのかもしれん……」
クリス様とお父様も、子ども達の反応を不審に思ったようだ。
もしかして、親を亡くした孤児たちが、意地悪な大人に暴力を振るわれながらも身を寄せ合って健気に生きているとか……?
なんてことだ!
この領には孤児院がないのかもしれない。
それなら、私たちがあの子ども達を守らないと!
「クリス様、お父様、助けに行きましょう! とても見て見ぬふりはできません!」
「ああ、もちろんだ。あの子たちは俺たちの領民になるんだからな」
「子どもは大人が守らなくてはな。これは見過ごせない。クリスティアーノ殿下、チェリーナ、まずは現状を把握する必要がある。結界のマントで姿を隠して、町中へ行ってみよう」
まずは現状把握からか。
よーし、悪者は見逃さないからね!
見つけ次第、お父様に捕まえてもらうんだから!
そして私たちは、湖のほとりから細い道を辿って町中に足を踏み入れた。
ここは町……、なのかな?
ずいぶん小さいし、店もほとんどないから、もしかすると村なのかもしれない。
それはとりあえず置いておくにしても、道行く人々がみな一様にやせ細っているのが気がかりだ。
「お父様……、町の様子がおかしいですね……」
私は隣にいる筈のお父様に小声で話しかけた。
「一体どうなっているんだ?」
「さっぱり分からないな……」
お父様もクリス様も、異変は感じつつも理由が分からないようだった。
あッ、もしかして、悪代官の年貢の取り立てが厳しすぎて食べる物がないとか!?
そうだ、そうに違いない!
「きっと悪代官がーー」
「あっ!」
私が自説を述べようとしたところで、クリス様が声をあげた。
もう、どうしたの?
「老人が転んでしまった」
そう言われてきょろきょろ見回してみると、酒場らしき店の前で転んだおじいちゃんが目に入った。
両手を付いて立ち上がろうとしている。
その時、バタンと勢いよく酒場の扉が開き、中から出てきた男が蹲っていたおじいちゃんに足を取られてしまう。
「うおっ!」
もんどりうって地面に激しく叩きつけられた男は、激高しておじいちゃんをなじり始めた。
「痛てえッ! このクソじじい、こんなところで何してやがる!」
「ひいッ、お、お許しを……!」
「このくたばり損ないが!」
ゆらりと立ち上がった男は、腹立たし気におじいちゃんを蹴りつけた。
ただでさえフラフラだったおじいちゃんを、そんな勢いで蹴ったら死んじゃうよ!
助けないと!
「ちょっと! やめーー」
「止めろ!」
私よりも一足早くおじいちゃんのところに駆けつけたお父様が、男の前に立ちはだかった。
結界のマントをはだけて姿を現しているお父様は、男よりも一回りも二回りも大きい。
仁王立ちになったお父様に圧倒された男は、おじいちゃんを踏み付けようとしていた足を空中でピタリと止めた。
「なっ、なにもんだ!」
「お前に名乗る名などない。喧嘩したいなら俺が相手になるぞ」
「なんだとっ……!」
男は精一杯威嚇しようとするも、ザッと一歩前に踏み出したお父様を見て、瞬時に勝ち目がないと悟ったらしい。
男は脂汗をたらしながらじりじりと後ずさり、お父様の手の届かない距離に逃げてから捨て台詞を吐いた。
「フン、今日のところはこれくらいで勘弁しといてやる!」
……コントかな?
勘弁してくれなくて結構って言い返されたらどうする気なんだろうか。
「大丈夫か?」
お父様はおじいちゃんに手を差し伸べた。
「は、はい……。危ないところをお助けいただきありがとうございます」
お父様の手を借りながらヨロヨロと立ち上がったものの、蹴られたところが痛むらしく、おじいちゃんは脇腹に手を当てている。
「家はこの近くか? よかったら家まで送ろう」
「それはご親切に……。ありがとうございます。家は、そこの角を曲がった裏通りにございます」
おじいちゃんに腕を貸しながらゆっくり歩くお父様の後ろを、私とクリス様も付いて行った。
「ここです……。お茶の一杯もお勧めできず、申し訳ありません……」
小さな一軒の家には、”薬師”と看板がかかっている。
このおじいちゃんは薬師だったのか。
田舎のおじいちゃんにしては、どことなく知的な印象があるのはそのせいかもしれない。
「お茶ならありますよ! ご一緒にいかがですか?」
私が声をかけると、おじいちゃんは驚いて辺りを見回した。
「どこから女の子の声が……?」
「はは、中で話をさせてもらっても?」
おっと、つい声を出しちゃったけど、姿が見えなかったらびっくりしちゃうよね。
「ええ……、どうぞお入りくださいませ」
そして私たちは、おじいちゃんの後に続いて玄関をくぐりぬけた。
「びっくりしないでくださいね」
私とクリス様は、おじいちゃんに一声かけると、結界のマントを脱いで姿を現わした。
「ええっ、これは一体……?」
「驚かせてごめんなさいね。私たちは魔法使いなの。さあ、これを口に入れてゆっくり溶かして。痛みが治まるわ」
私はセバスチャン用のミント味の回復薬を一粒手渡した。
おじいちゃんはキョトンとしながらも、言われたとおりに口に入れている。
「……おや? なんだか、本当に痛みが引いていく気がします。それに、力が漲るような……?」
「よかった! 効いているわね」
「どうも町の様子がおかしいようだが、よかったら俺たちに事情を話してみないか? 何か力になれることがあるかもしれない」
お父様は穏やかに話を切り出した。
「しかし……、話してしまえば、親切にしてくださったあなた方にご迷惑をおかけするやもしれません」
「なに、これでも腕に覚えがある方でな。100人や200人が束になってかかってこようが、負ける気はしない」
「ひゃっ、100人!?」
おじいちゃんは目を剥きながらも、お父様の逞しい姿をしげしげと見つめて納得したようだった。
分かります、見た目の説得力がすごいですもんね。
おじいちゃんはコクリと頷くと、私たちに椅子を勧めた。
「長い話になりますので、どうぞおかけください」
そうだ、お茶とお茶菓子を出さないと。
喉がカラカラじゃ話しにくいからね。
「ーーポチッとな! 今日は暑いですから、氷を使った冷たい飲み物にしてみました。新作の、いちご味の飲み物ですよ」
いちごヨーグルトのベースに、いちごソースと荒く刻んだ生のいちごをトッピングしたフラッペです。
お茶菓子は、ポルトの町で買った木の実のクッキーがまだ少し残っていたから、これでいいか。
「こっ、これは……!」
「遠慮しないでどんどん飲んでくださいね!」
私はおじいちゃんのためにグラスに移し替えて、スプーンを添えて渡してあげた。
紙パックのままじゃ飲みにくいとのガブリエルのわがままに応えて出したグラスだけど、余ったグラスがアイテム袋に残っていたのが役に立った。
「おっ、グラスとスプーンがあるなら俺にもくれ」
「俺も。ちょっと飲みにくい」
2人はクッキーをぽいぽいと口に放り込みながら、紙パック入りの飲み物と格闘していた。
うん、この飲み物はスプーンが必需品だったかもしれない。
それと、お茶菓子が足りなそうだから、いちごのロールケーキも追加しとくか。
「はいどうぞ。さあ、これで準備はいいですね。おじいちゃん、どうぞお話を始めてください」
「えっ、ええ……。では……。ーーあれは、3年ほど前のことでした」
ほうほう、3年前ね。
「この町は、一夜にして全てが変わってしまいました。この町は……」
おじいちゃんはそこでいったん言葉を切り、無念そうに目を瞑った。
「ーー盗賊に乗っ取られた町なのです」