第155話 まだ見ぬ領地
簡素な洗い場で海水を流して着替えを済ませた私は、手ぬぐいを使ってまだ湿っている髪の毛の水分を搾り取った。
うーん、やっぱりすぐには乾かないなあ。
さすがに、濡れた髪のままで観光をするのは恥ずかしい。
私これでも一応お嬢様だしな……。
よし、魔法でドライヤーを出そう!
とりあえず温風が出ればいいけど、強風、弱風くらいは分けようかな。
「できた! ーーポチッとな! どれどれ」
私は早速ドライヤーの強風ボタンを押した。
ゴオオオオーーー!
思ったより勢いがすごいけど、中々いい感じかな!
クリス様が待ってるし、早く乾くようにわしゃわしゃかき混ぜてと。
「クリス様、お待たせしました!」
じゃん!
どうですか、このワンピース?
淡いブルーも爽やかでいいでしょ!
「おわっ、なんだ、その頭は?」
「え? 頭がどうかしましたか?」
ちゃんと乾いてると思うけど。
「爆発してる」
「ええっ!」
まさか……、アフロにっ!?
赤毛のアフロなんてインパクトありすぎだよ!
ドライヤーの温風が熱すぎたんだろうか。
普段からくせっ毛気味なのに、梳かしもしないで適当に乾かしたからかなあ……。
「ボサボサになってるだけだ。リボンはないのか? ちょっと貸してみろ」
クリス様はそういうと、リボンを受け取って私の後ろに回り込んだ。
そしてササッと手ぐしで髪を梳かし、手際よく髪を整えていく。
「よし、出来たぞ。まあまあだな」
指先でそっと髪の表面をなでてみると、どうやらゆるい編みこみにしてボリュームを押さえてくれたようだ。
「クリス様、すごい! こんなに器用だったなんて知りませんでした」
「大げさだな。これくらい誰でも出来る」
クリス様がクスッと笑って腕を差し出してくれたので、私はその腕に掴まって並んで歩き出した。
「えーと、まずはお礼の船を出して。それから海老を焼いてもらって、魚のオイル漬けを買って、あとはー」
「珍しいジャムも買いたい。前にお前が土産で買ってきたやつが美味かった」
そうそう!
アゴスト伯爵領には、王都やうちの領にはない珍しいジャムがたくさんあるんだよね。
「そのお店の、木の実のクッキーもおいしかったですよね」
「そうだったな。父上から賜る俺たちの領も、料理自慢の領にしたいよな」
「はい! クリス様、料理のことなら私にお任せください! 私の得意中の得意分野ですから!」
おいしいものは大好きだし、試食も大好き!
アイデアも泉のごとく湧き出てくるし、私に任せてもらえれば料理自慢の領になること間違いなしだ。
「ああ……うん。えーと、船を描かなくていいのか? あの辺りの小船を真似して描いたらどうだ?」
あれ、急に話が変わりました?
気のせいかな。
「あれならパパッと簡単に描けそうですね。高速で移動できて、転覆しない船にしましょう。あ、それからあんまり揺れないのも追加で。贈り物だし、高性能な船がいいですよね」
「へえ。高速で移動できて転覆しない上に揺れが少ないのか。そういえば、俺たちの領にも大きな湖があるそうだ。高性能な船があれば、そこでも役立つかもしれないな」
ふーん、大きな湖があるのかあ。
いったいどこなんだろう?
「クリス様、どの辺りに住むことになるのか、私にも早く教えてください」
「うーん、結婚するまで内緒にして驚かせたかったんだけどなあ……。そんなに長い間秘密にしておくのも無理な話か。よし、俺もまだ下見をしていないから、夏休みにでも一緒に見に行こう」
え、下見もまだなのに領地を決めちゃったんですか?
何が決め手でその領を選んだの?
それはともかく、結婚するまであと3年も待ってるなんて耐えられないし、クリス様が折れてくれてよかったぁ。
できれば今すぐ知りたいけど、3年待つよりは夏休みまでの方がずっとましだよ!
「わあっ、夏休みならもうすぐですね! 私、楽しみにしています!」
「その領にも宿くらいはあるだろうから、しばらく滞在して、どの辺りに屋敷を建てるか考えようか」
「ええっ、新しくお屋敷を建てるんですか!?」
さすが王子。
まだ働きもしないうちから羽振りがいいですなあ。
こっちの世界では先祖代々の屋敷に住むことが普通だから、まさか新築に住めるなんて思ってなかったよ。
「そこには貴族の屋敷はもうないそうなんだ。元々は領主が治めていたが、だいぶ前に血が絶えてしまったそうでな。長いこと王家直轄地になっていて、いまは代官が任されているらしい」
へえー、代官がいるのかあ。
じゃあ、これからもその人に領地経営に関わる煩雑なエトセトラはお任せして、私たちは領地を発展させる方法に注力するって方向でいいのかな!
なにしろ私たちは素人だし、ベテランがいてくれるのは頼もしいね。
「眺めのいい場所に素敵なお屋敷を建てましょう! 自分たちの好みでお屋敷を建てられるなんてワクワクしますね!」
「そうか。俺も楽しみだよ」
私たちは、近いうちに訪れるであろう将来を夢見て微笑みあった。
「あっ、いたいた! ダニエルの弟くん!」
捜し回るまでもなく、ダニエルの弟たちはソードフィッシュのすぐそばで見つかった。
「……俺はデニーロ、兄ちゃんはダビードって名前なんだけど」
「あらそう。私はチェリーナよ! 船を出すのはこの辺りでいいかしら?」
私が笑顔で尋ねると、デニーロとダビードは怪訝そうに顔を見合わせた。
あの……、二人でコソコソ何を話してるの?
聞えるように話してよ!
「返事をしないならここに出すわ! ーーポチッとな!」
バッシャアーーーーンッ!
「うわっ!」
「なっ、なんだッ!」
「うわあ!」
どこからともなく現れた2艘の青い小船に、港の人たちが騒然としている。
「この船は、高速で移動できて転覆しない上に揺れが少ないのよ。気に入ってもらえたかしら? 2人とも、慣らし運転をしてみたら?」
「はっ? い、一体どこから……」
「えっ……、この船は本物なのか?」
まだ呆然としているデニーロとダビードはふらふらと船に近づき、手で触ってその存在を確かめると、恐る恐る船に乗り込んだ。
「丸い輪が舵なのは分かると思うけど、その横のボタンは速さを調節するものよ。一番上が最高速度で、下に行くほどゆっくりになるわ。一番下は止める時に使うのよ」
「簡単そうだな」
デニーロとダビードはゆっくりと船の方向を変えて、沖の方へ向かってびゅんびゅん飛ばし始めた。
おおー、いいじゃないの!
2人ともどうやら気に入ってくれたみたいだね!
じゃあそろそろ町中のお店に行くことにしますか。
私たちは調理してもらった海老を受け取り、アイテム袋に仕舞うと大満足で港を後にした。
夕方アゴスト伯爵家の屋敷に戻ると、ちょうど帰ってきたお兄様たちと玄関先で鉢合わせになった。
ガブリエルとオルランド様は先に戻っていて、居間でみんなの帰りを待っていたそうだ。
「明日のことだけど。俺達はジャルディーニ伯爵家へ寄っていくから、みんなとは別で帰る」
「あらっ、婚約の申し入れをなさるのですね! がんばってください」
オルランド様のお父様の前でモジモジしないように!
見守っててあげられないけど、決めるところはビシッと決めてよね!
「それから、チェレス。俺は数日休むから先生方に伝えておいてくれないか。ジャルディーニ伯爵の次は俺の両親にも挨拶する」
「わかった。伝えておくよ。それにしても、学院を休んでまで婚約の話を進めるなんて、ガブリエルは意外とせっかちだったんだね」
お兄様がからかうように言うと、ガブリエルは居心地悪そうに座り直した。
あの……、おめでたい話に水を差すのもなんだけどさ。
学院を休んでまで婚約の話を進める意味あるのかな?
どうせ結婚するのは卒業してからでしょ?
ガブリエルめ、きっとオルランド様とイチャイチャしたいだけに違いない。
婚約にかこつけたサボりだな!