第154話 お礼の押し売り
「けっ、結婚だあ!? ダニエルが? ティーナと!」
え……、この反応……。
もしかして聞いてなかった?
ど、どうしよう。
本人が言ってないのに私が勝手にばらしたらダメじゃん!
「あっ、あの」
「失礼。ダニエルのお父さんですか? 私はチェーザレ・プリマヴェーラの息子のチェレスティーノです。ダニエルはよく働いてくれるので、大変助かっているんですよ」
「へっ? あ、ああ、これはご丁寧に……。息子がお世話になっております。ダニエルの父親のダニーロと申します」
そうだそうだ、ダニーロさんって名前だったっけ。
「大事なことを妹が勝手に話してしまい申し訳ありません。きっとダニエルは、時期を見てご家族に報告するつもりだったのでしょう。何しろアゴスト伯爵領とプリマヴェーラ辺境伯領は遠いですから、気軽に帰省することも出来ませんしね」
「え、ええ、確かに遠いことは遠いですが……。いやしかし、ティーナは本当は貴族のお嬢様だったって話じゃなかったですか? うちのダニエルが、貴族のお嬢様と結婚を……!?」
寝耳に水の話に、ダニーロさんは目を白黒させている。
私がうっかり口をすべらせたせいで、本当に申し訳ないです……。
「ダニエルは正式にうちの騎士になりましたし、なにより、マルティーノ叔父上とティーナの命の恩人ですから。うちには結婚に反対する者など誰もおりませんよ」
「は、はあ……。いやしかし、貴族のお嬢様と……、結婚……」
ダニーロさんはもう放心状態だ。
「ティーナは5歳の時から一途にダニエルを思い続けているんです。どうか祝福してあげてください」
「はあ……」
その時、後ろからにゅっと伸びた手がダニーロさんの頭をスパンと勢いよく叩いた。
「なんでえ! おめえだって駆け落ち同然で大店のお嬢様と結婚したくせによ! 息子の結婚を反対できる立場かってんだ!」
「お、親父……」
おじいちゃん……。
サラッとばらしたけど、ダニーロさんも駆け落ち同然だったのね。
だからマルティーノおじさまにも良くしてくれてたのかもしれないな。
「ダニエルは幸い母親似だ。あいつならきっと上手くやっていけるさ。ごちゃごちゃ言わず祝ってやれよ」
「ああ……、そうだな。あいつはもう立派な大人だ。俺が心配するまでもなかったな」
ダニーロさんは自分に言い聞かせるように呟いた。
おじいちゃんはそんなダニーロさんの肩をぽんぽんと叩くと、クイッと顎をしゃくって、血抜き作業をしているソードフィッシュの方を見た。
「さあ、さっさと仕事に戻るぜ! こんなところで長話してたら、せっかくのソードフィッシュの鮮度が落ちるぞ」
「そうだな! 嬢ちゃんも早く着替えねえと風邪引くぜ! じゃあな!」
そして、ダニーロさん達は意気揚々と獲物の元へ戻っていった。
おじいちゃんが説得してくれたおかげで助かったけど……、それにしてもあんなに大きい魚、腐る前に食べ切れるのかな?
この場にいる全員で分けても食べ切れない気がするよ……。
「食べ切れるか心配だわ」
「そんな心配するより、風邪を引かないか心配してくれよ。まだまだ肌寒いんだぞ」
裏返しにした結界のマントを私の肩にかけながら、クリス様が呆れたように言う。
「私はだいじょうーー、っくしゅん!」
温度調節機能付きのマントの暖かさを感じたら、思い出したようにくしゃみが出てしまった。
「ほらみろ。俺達は先に屋敷に戻ろう。みんなは観光を続けるといい」
クリス様がそういうと、お兄様たちは遠慮するそぶりも見せずに頷いた。
あの、みんなで観光した方が楽しいよ?
「そうさせてもらおうか。じゃあ、クリス様、チェリーナをよろしくお願いします。行こう、カレン」
「はい」
ああっ、お兄様もみんなもくるりと背を向けてさっさと行っちゃった……。
「えーっ、私ももうちょっと見て回りたいです」
「そんなずぶ濡れじゃ、店にも入れないだろ」
それはそうですけどー。
なんかこう、一瞬で乾くような魔法具があればなあ。
「ーー海老好きのお嬢様ってあんたのこと?」
突然、ぶっきらぼうな声が私たちの会話に割って入った。
「えっ? あら、さっき助けてくれたダニエルの弟くんね! どうかしたかしら?」
私と同じくらいの年頃に見えるから、もしかすると前にダニエルの実家で会った子かもしれない。
あの食いしん坊のチビッ子が大きくなったものだ。
「なんか、海老海老って大騒ぎしてるって聞いたけど。海老が獲れたならあんたにやれってみんなが言うから聞きに来た」
大騒ぎって。
そう言われると、なんかちょっと恥ずかしい……。
「エヘヘ……。それで、獲れたのかしら?」
「ああ、伯爵様のお屋敷に納品する分以上に獲れたから。残りをあんたにやる」
「えっ、いいの? ありがとう! 嬉しいわ。お返しと言ってはなんだけど、ソードフィッシュはここの皆さんで分けてね!」
くれぐれも丸ごと私に渡そうとしないでね!
もらってもどうにも出来ないから!
「え、自分はソードフィッシュを食べないつもりなのか!?」
「え? それが何か?」
「海老よりソードフィッシュの方が貴重だろ!」
ええっ、そうなの?
基準が分からないな。
「へー」
「へー、じゃない! あれだけの大きさのソードフィッシュ、大金になるんだぜ!?」
「ほー」
どうやって大金になるんだろう?
あの大きさの魚を、腐る前に売り捌けるものなの?
「ほー、じゃないぜ……。うちの兄ちゃんはこういうお嬢様と結婚するのかよ……」
ええまあ。
マルティーナも私と感覚は大体一緒だと思うよ!
「魚が腐る前に全部売れるといいわねぇー」
「は? あの大きさの魚を、生のまま腐る前に売り切るなんて無理に決まってる。半分以上、オイル漬けや燻製なんかに加工すると思う。加工すると保存がきくからな」
魚のオイル漬け……?
どこかで聞いたことがあるぞ。
あっ、もしかして、ツナ!?
缶詰のツナじゃないの?
「あらっ、魚のオイル漬けはソードフィッシュでも作れるのね! クリス様、サンドイッチの具のツナみたいな感じですよ、きっと」
クリス様もミックスサンドに入ってるツナマヨ食べたことあるでしょ。
「ああ、あれか。あれは中々美味いな」
「せっかくですから、お土産に少し買って帰りますか」
誰かがツナで何か作ってくれるかもしれないし。
サラダに乗せるだけでもおいしいしね。
「そうだな。それより早く着替えを」
「あ、そうだ。私のアイテム袋に着替えが入ってるんでした。ーーねえ、ダニエルの弟くん。この辺りに着替えが出来るところはないかしら?」
アイテム袋の中に今回の1泊旅行のための荷物が入っていることを思い出した私は、ダニエルの弟に着替えが出来る場所を尋ねた。
火消し君スーパーでざっと海水を流したいから、お風呂場もあるとなおいいんだけど。
「ああ、向こうに洗い場があるぜ。港で働く連中が海水や魚の血で汚れたときに使うところだから、綺麗とは言いがたいけどな」
「大丈夫よ、そこでいいわ! あのね、あなたともう1人の男の子に船を贈ろうと思ってるの。だから、私の支度が済むまでそのへんで時間を潰しててほしいわ。まだ帰らないでね!」
2人には高速救助船チェリーナ号を進呈するから、ポルトの港を守る立派な救助隊員になってほしいな!
遠慮はいらないよ!
「ふ、船っ!? なに言ってんだ? 時間は潰さなくても、俺達はまだ仕事が残ってるからその辺にいるけどさ……」
ちょっとー、頭がおかしい人を見るみたいな目で私を見ないでほしいな。
でもまあ、説明するより実物を見たほうが早いから。
準備できるまでもう少し待っててね!
「わかったわ! じゃあまた後でね!」