第147話 ケンカするほど仲がいい、のか
「アディはひとりであるけるもん」
アディはそう言うと、たたっと母親の後ろに回り込んで隠れてしまった。
ぷぷ、ガブリエル、ふられたね。
「そ、そうか」
つれなく断られたガブリエルはバツが悪そうだ。
「こらっ、そんな失礼な言い方をしてはダメでしょ! 申し訳ありません、せっかくのご厚意を」
アディの母親は慌ててガブリエルに謝っている。
「いや、別に……」
クリス様とお兄様は、そんなガブリエルたちにくるりと背を向けたかと思うと、なにやら声をひそめて話し始めた。
なになに、何の話?
私は2人の会話に耳を傍立てた。
「ーーガブリエルはジャルディーニ先輩のことが好きだったのか? 知らなかったな」
「魔力が強くてガブリエルを怖がらなくて、顔もかわいい人がタイプってジャルディーニ先輩のことを言っていたのかも……。かわいいと言うよりは美人だけど、それは主観によるからね。先輩は家を継がなくてはならない立場だったから、気持ちを押し殺していたとか」
えっ、そうだったの?
「ありえるな。密かに先輩のことを思っていたから、いままで婚約者を作らなかったのかもしれない」
「ガブリエルにそんな一途な一面があったなんてね」
クリス様とお兄様は納得したようにうんうんと頷き合っている。
ちょっとちょっと、そこで応援ムードにならないでください!
「でもッ! ガブリエル様はいいかもしれませんけど、オルランド様にも選ぶ権利があります! ガブリエル様本人の性格の時点で一筋縄じゃいかないのに、結婚したらガルコス公爵まで付いてくるんですよ! オルランド様にはもっと良い方がーー、イデデデデ!」
ほっぺが痛い!
もー、急に引っ張らないでよね!
「お前は人の悪口をよくもそんな大声で……」
あ、ガブリエル、聞いてたの?
私はほっぺをさすりつつ、ガブリエルをキッと睨んだ。
「痛いですよ! ほらっ、こんな暴力的な人でもありますし、やっぱり結婚するなら優しい男性じゃないと! 私、こう見えても男性にはちょっと詳しいんです!」
「は?」
「私の父が男性なものですから!」
気は優しくて力持ち!
これぞ理想の男性像ですよ!
「馬鹿だ馬鹿だとは思っていたが、本物の馬鹿だな。生きとし生けるもの全てに男の父親がいるに決まってるだろ! いなきゃこの世に生まれてない!」
あ、あれ?
ちょっと私の意図が伝わらなかったかも?
「そうじゃなくてっ! 言葉足らずでしたが、私の父のような人が理想的な男性だと言いたかったんです。誰よりも強くて優しくて、妻も子も領民も愛する懐の大きな男性ですから! 私調べでは、こういう男性を選ぶ方が絶対幸せになれるんですよ」
「……まあ、プリマヴェーラ辺境伯が素晴らしい人物だということは否定はしない。だが、俺だっていつかそうなれるかもしれないのに、お前が勝手に可能性を否定するなよ!」
ガブリエルって自己評価が高すぎだと思うな!
ガブリエルがうちのお父様みたいになる日は絶対にこないし、ガブリエルの将来の姿はどう考えてもガルコス公爵でしょ。
睨み合う私とガブリエルに、周りからやれやれといった雰囲気が漂い始めた。
「ははは、ガルコス君とマルチェリーナ嬢は仲がいいんだな」
「よくありませんわ!」
「誤解だ!」
「ガルコス公爵は王宮魔術師長を務める立派な人物だろう? それにガルコス君本人もガルコス公爵家の嫡男であり、成績優秀な好青年じゃないか。一緒に旅に出るほど仲の良い友人同士なのに、なぜ言い争いになるのか不思議だな」
オルランド様の中では、ガブリエルの評価は意外といいようだ。
ガブリエルめ、素の性格を隠してるな。
でも、言われてみたら、人前で言い争いをするなんてちょっと大人げなかったかも知れなーー。
「別に友人じゃない」
ムカッ!
こいつはこういう奴なんですよ!
ちょっと反省して損した!
「私だってガブリエル様を友人とは思ってないです! 言っておきますけど、私の方が先にそう思ってましたから!」
「なんだとっ!」
「2人ともいい加減にしなよ。幼い子どもが見てる前で子どもっぽい言い争いをするなんてみっともない。そんなことより、早く街道に出ないと本当にすれ違いになってしまうよ」
お兄様が言い争う私たちに呆れて割って入った。
チラリとアディを見ると、無垢な瞳がじいっと見返してくる。
……うん、やっぱり子どもの前でケンカはよくなかった。
「ごめんなさい……」
「よし。じゃあ、行くか」
ガブリエルはシレッとした顔で街道に向かって歩き始めた。
お前も謝れよ!
「さあ、僕の背中に乗ってください」
お兄様はアディの父親に近づくと、背中を向けてしゃがみ込んだ。
「いえ、どうやら私も歩けるようです。もう助からないと思いましたが、お嬢様からいただいた薬で命を救われました。皆さま、この度は私どもをお助けいただき、本当にありがとうございました」
アディの父親はヨロヨロと立ち上がりながら、お兄様に背負われることをやんわりと断って、私たちにお礼を言った。
あんなに血が出たんだから無理することないのに。
「いいのよ! 困ったときはお互い様ですもの! それにしても、盗賊に出くわすなんて災難だったわね」
「はい……。それが、どうも命を狙われていたようなのです。このような街のすぐ近くに盗賊が出るなど、聞いたことがありませんし……」
「えっ、なんですって!」
命を狙われていたですと!?
「私もおかしいと思っていたのだ。街の近くは騎士や兵士が頻繁に通る。現に私も通りかかっているし、こんなところにわざわざ現れる酔狂な盗賊など今までいなかった」
「それに、斬られて意識が朦朧としていましたが、娘をどうするかで言い争っていたようでした。殺せと言われただろうとか、売った方が金になるとか、そんなようなことを」
アディ一家を皆殺しにしようとするなんて……、これは得する人間が黒幕で間違いない!
実行犯が欲を出したおかげで命拾いするとは、何が運命を変えるか分からないものだ。
「ディノさん、失礼ですが、割と財産がある方なのでは? ディノさん家族が亡くなることで得をする人物に心当たりはありませんか?」
「はあ……、皆さまの前で財産がある方などとは言いにくいのですが……。私は小さな商会を営んでおりまして、店が財産といえば財産です。今日は仕入れがてら妻の実家に顔を出そうと、隣町に行くところでした」
どうやらアディの父親は、私たちが貴族だということに薄々気づいているようだ。
まあ、オルランド様を知っているようだったしね。
「なるほど、商会ね。そうなると、あやしいのは親族か、店の従業員か、商売敵といったところね。ディノさん、もしディノさん一家が亡くなっていたとしたら、お店は誰が相続したかしら?」
「私の親や兄弟は既に亡くなっていますので……。妻の両親は年ですし、姉妹は遠方に嫁いでいます。店をもらっても持て余すだけでしょう。おそらくは、うちの番頭が店を引き継ぐことになるかと……」
番頭ー!
あなたは第1容疑者に選ばれました!
めでたくはないけど!
「ふむ……、番頭ならば主人の外出の予定は把握していて当然だな。その話はうちの騎士たちにも伝えておこう。それにしても、マルチェリーナ嬢は頭が切れるね。見事な推理に感心したよ。ガルコス君は認識を改めるべきだな」
そう言ってふわりと微笑むオルランド様は、天界の住人のようにキラキラと輝いていて目がくらみそう……!
そうか……、私って頭が切れるんだ……、知らなかった。
初めて言われたけど嬉しいな!
「そんな、それほどでーー」
「おーい! 迎えがもうそこまで来てるぞー!」
もうっ!
せっかくオルランド様に褒められてたのに!
遠くから聞こえるガブリエルの声を無視したいけど、迎えが来たならそういうわけにはいかない。
「ではみなさん、急ぎましょう!」