第145話 森の中の光景
ハヤメールは道を外れて森の中へと入り、それきり見えなくなってしまった。
青々とした葉が茂る森の中では、重なり合った枝が邪魔をしてトブーンを着地できそうもない。
「歩くしかなさそうだな」
「そうですね……。あっ! ガブリエル様、あれを見てください!」
よく見ると、道を外れてすぐのところに、繁みに突っ込んだ幌馬車が確認できる。
車体から馬が外されているところを見ると、盗賊たちが乗っていた馬にはこの幌馬車から奪ったものも混じっていたようだ。
「馬車だ! この辺りで間違いない! よし、トブーンを下ろせ!」
ガッテンです!
私たちが着地すると、毛布でぐるぐる巻きになったアディを抱えたオルランド様も少し遅れて到着した。
「オルランド様、この先は乗り物では進めません。ここからは歩きましょう」
「ああ、そうしよう」
オルランド様がひらりと馬から下りると、ガブリエルは誰に言われるでもなくアディを抱えて馬から下ろしてあげていた。
意外と子どもには優しいところがあるのかもね?
「あっ、あのばしゃー! おとうさーん! おかあさーん!」
自分の家の幌馬車を見つけたアディが、毛布をその場に落としてダッと駆け出した。
「アディ、ちょっと待って!」
1人で行ったら迷子になっちゃうよ!
オルランド様は馬を繋がないといけないし、後を追えるのは私しかいない!
「アディ……ッ!」
ちょっと何ここ、足元が悪すぎて走れないんですけど……。
うおッ、滑る!
はあはあはあ……。
「お前、それで急いでるつもりか……? 先に行ってるぞ」
気付かないうちに私の真後ろにいたガブリエルが、長い足で私を追い越して行った。
わ、私も早く行かないとッ!
「マルチェリーナ嬢、私の手に掴まって」
あ、オルランド様ももう追いついて来たんですね……。
「申し訳ありません。森の中を歩くとは思ってなかったので、靴が……」
なんて、靴のせいにしてみる。
私の足が遅いんじゃなくて、半分は本当に靴のせいでもあると思うし!
「確かに、その華奢な靴で森を歩くのは大変だ」
ええ、そうなんです。
「おとうさん! おかあさんっ! しんじゃいやあーーー!」
悲鳴のようなアディの声に、私はハッとした。
見つけたんだ!
「オルランド様、急ぎましょう!」
「いたぞ、あそこだ!」
背中に一太刀を浴びてうつぶせに倒れている母親のそばに、盗賊に抵抗したらしく無数の傷を負っている父親が這って近づいた跡が残っている。
2人が倒れている辺り一面が、おびただしい血に染まっていた。
「ひどい……! 酷いわっ! どうしてこんなことを……」
あまりの出血の多さに気が動転した私は、ガクガクと震えが止まらなくなってしまった。
「おい、しっかりしろ! 2人ともまだ息がある!」
「う、ううっ……」
ぺちん!
両頬に衝撃を受けた私は、痛みで我に返った。
ガブリエルが両手で私の顔を挟むようにして叩いたらしい。
「お前の魔法具で助けるんだろ! アディの両親を救えるのは、お前しかいないんだぞ!」
そうだった。
一刻を争うこんな時に、動揺してる場合じゃないんだ。
「ガブリエル様、まずはこれを2人に飲ませてください。回復薬です」
私はアイテム袋からゲンキーナを取り出した。
「よし!」
「オルランド様、治療のお手伝いをお願いします! この治癒の魔法具を、傷口に密着するように巻いてください。巻き切れない部分は傷口に貼り付けるだけでも効果があります」
「承知した」
オルランド様が出血の激しい父親の方に向かってくれたので、私は母親の元へと急いだ。
「う……、うう……」
仰向けに倒れていた父親の頭を起こして、ガブリエルが無理やり流し込んだゲンキーナのおかげで意識が戻ったようだ。
それを見届けたガブリエルは、今度は母親の口元にゲンキーナを押し付けている。
あの……、母親の方は体の向きを変えないと飲めないんじゃ……。
「おとうさん!」
「……アディ……? 無事だったのか? アニタは……」
父親は妻の様子を確認しようと頭を傾ける。
「意識が戻ったのだな。案ずるな、盗賊は捕まえた。ここに治癒の魔法具がある、きっと助かるぞ。がんばれ!」
「あ、あなた様は……、伯爵様の……?」
おじさん、おしゃべりは後にしてとりあえず今は安静にしててちょうだい!
私はアイテム袋からクリス様用のキャンディタイプの回復薬を取り出し、横から手を伸ばして父親の口に放り込んだ。
「ディノさん、安静にして、この回復薬を舐めててください! 動くと血が出ますから、治療が済むまでそのままで!」
「モゴ……。は、はい……」
とりあえず、父親の方は会話が出来るくらいだから安心していいだろう。
母親の方は……。
「上手く飲ませられないぞ」
うつぶせで、顔だけ横に向けてる状態だからね……。
私は母親の服を緩めて、背中の傷に直接ラップを貼り付けると、ゲンキーナを飲ませる手伝いをすることにした。
「ガブリエル様、背中の傷は処置しましたので、アニタさんの体の向きを変えましょう」
「よし、そうしよう」
私たちは協力して母親の体を仰向けにさせ、やっとのことでゲンキーナを飲ませることに成功した。
「う……」
「おかあさんっ!」
アディは母親の意識が戻ったことに気が付くと、胸の辺りにしがみついた。
「あ……、アディ……」
「おかあさん! うわあーーーーん!」
よかった……!
盗賊にこんな目に合わされたことは災難だったけど、3人とも命が助かったことに私は胸を撫で下ろした。
「ーーリーナ! チェリーナ! 返事をしろー!」
おや?
遠くで私を呼ぶ声が。
「はーい! チェリーナはこっちでーす!」
「チェリーナッ!」
「チェリーナ!」
おおー、クリス様とお兄様じゃないですか!
迎えに来てくれたの?
「おーい、おーい!」
もう私の姿を目視できる距離にいたけど、2人が迎えに来てくれて嬉しくなった私は両腕をブンブンふった。
「よかった、無事だったんだな……」
「盗賊だなんて、寿命が縮んだよ」
クリス様とお兄様は、私の顔を見てほーっと安堵のため息をついている。
私、心配させちゃったんだな……。
「ごめんなさい。ガブリエル様が急にリモコンを奪って盗賊を追いかけ始めて……。止められなかったんです」
「なに!?」
「ガブリエルが!?」
2人はキッとガブリエルを睨みつけた。
「お前ッ、俺だけのせいにするなよ! 連帯責任だろ!」
私、事実しか言ってないもーん。
「でも、クリス様、お兄様。ガブリエル様を責めないでください。おかげで盗賊に襲われた人たちを救うことが出来たんですから」
あの時ガブリエルがそうしなければ、アディの両親は助からなかったし、アディ自身もどんな目にあっていたかわからない。
そこは評価していいと思うから、一応フォローもしてあげるよ。
「クリスティアーノ殿下、プリマヴェーラ君、本当にガルコス君には大いに助けられたのだ。あまり怒らないでやってほしい」
「ジャルディーニ先輩!?」
「ここはジャルディーニ伯爵領でしたか」
オルランド様が登場したことで、クリス様とお兄様の態度が目に見えて軟化した。
「久しぶりに会えて嬉しいよ。ずうずうしい頼みで申し訳ないが、プリマヴェーラ君。君の乗り物で助けを呼びに行ってもらえないだろうか? 怪我人がいて、馬車が必要なのだ。それに、捕えた盗賊を街道沿いの木に繋いでいる」
オルランド様に言われて視線を下げたクリス様とお兄様は、遅ればせながら地面に横たわるアディの両親の姿に気が付いたようだ。
「ああ、それなら、ジュリオたちがこの先の街で待っていますから、連絡を取ってみましょう。ーーカレン、カレン!」
ポケットからさっと通信機を取り出したお兄様は、早速カレンデュラに呼びかけた。