第144話 袋の中には
辺りをキョロキョロと見回したけど、子どもの姿はどこにも見えない。
「子どもの声がしたようだが……」
オルランド様にも聞こえたようで、心配そうに周囲に視線を走らせている。
「さむい……、さむいよ……」
寒い?
初夏に向けてどんどん気温が高くなっているこの時期に?
もしや……。
「ガブリエル様! あの馬の上の荷物を下ろしてください!」
山賊風の男たちの馬に、不自然な大きさのズダ袋が積まれているのに気付いた私は、急いでガブリエルにその存在を知らせた。
「……まさか、あの中に子どもがいるんじゃないだろうな」
吹雪と豪雨でさんざん痛めつけた男たちに混じって、子どもがいたかもしれないのだと思い至ったガブリエルはサッと顔色を変える。
トアミンをよけるのに手間取りながらも、なんとか荷物を下ろして袋の口を縛っていたロープを解くと、思ったとおり中からブルブル震える5~6歳くらいの女の子が現れた。
「ううっ……、ふうっ……」
私たちを見て気が緩んだのか、女の子は小さな声ですすり泣き始める。
私は結界のマントをバサリとはだけて背中側に押しやり、これ以上女の子を怖がらせないよう完全に姿が見えるようにした。
「大丈夫!? かわいそうに、こんなにずぶ濡れになって……。ガブリエル様が非人道的なことをするからですよ!」
ついでにガブリエルのマントも引っ張って背中側に集め、裏地が見えるようにしておく。
マントの隙間分しか体がなかったら、子どもが驚くからね!
「うっ、悪かったよ。ごめんな。おい、俺の荷物から毛布を出してくれ」
その前に、この濡れた服と冷え切った体をどうにかしないと!
「まずは火消し君スーパー温水バージョンで温まりましょう。それからガブリエル様の着替えを着て、毛布にくるまればだいぶ温かくなると思います」
「温水……、ああ、この春お前が学院に寄付したあの魔法具か」
そうです!
うちの浴室に取り付けた火消し君スーパー温水バージョンと離れ難かったから、魔法学院でも使えるように男子寮と女子寮に10本ずつ寄付したのだ。
これさえあれば、いつでもどこでもシャワーを浴びれるんだから!
ちなみに温水バージョンは回転しないように改良済みなので、四方八方に飛び散る心配もないよ!
「ーーポチッとな! さあ、そこの木の陰で濡れた服を脱いで、ここのボタンをポチッと押してね。温かいお湯が出てくるわ。十分温まったら、体を拭いてこのシャツに着替えてね。自分でできるかな?」
ガブリエルの荷物の中にあったシャツと手ぬぐいを手渡しながら、私は女の子に尋ねた。
内心呆れていた大荷物だったけど、こうなってみると大活躍だな。
まだまだいろいろ入っている。
「ぐすっ……、うん、できる……」
さてっ、女の子がシャワーを浴びている間に、捕えた男たちを事情聴取するよ!
キツく取り調べてやるんだから!
「あなたたちッ、」
「一体どういうことなのだ! お前たちがどこかから攫ってきたのだな! あの子どもをどうするつもりだったのだ!」
先ほどまでの優雅な王子様然とした態度をガラリと変え、オルランド様は男たちの服を掴んで次々と馬から引きずり下ろした。
「ひいっ!」
「い、命ばかりは!」
「見逃してくれえ!」
トアミンに絡まりながらも、オルランド様の剣幕に震え上がった男たちは逃げ出そうと這いずり回っている。
スラリと剣を抜いたオルランド様が大きく振りかぶったとき、木の陰から女の子が顔を覗かせ私たちに訴えた。
「あっ、あの! おとうさんとおかあさんをたすけてっ! その人たちにきられて、ちがいっぱい……! ううっ、うわあーーーー!」
どうやらこの怪しい男たちは、見た目どおりの盗賊で間違いない。
この子の両親を襲って、この子を攫ってきたんだ……!
「オルランド様、この子の前で人を斬るのはどうかお止めください。それより、急いでこの子の両親を助けに行きましょう!」
「ああ……、そうだな。この者たちは、とりあえずそこの木にでも縛り付けておこう。後でうちの騎士に回収させる」
「はい!」
そして私たちは、協力して盗賊を木に括り付ける作業に取り掛かった。
「しかし、あの子の両親をどうやって探したものか……」
「それは私にお任せください! 私、人探しは得意なんです!」
ブーブーブーブー!
突然、私たちの会話を断ち切る呼び出し音が鳴り響いた。
「はい、こちらチェリーナ隊員です、どーぞー!」
『チェリーナッ!』
「あ、クリス様」
焦った声で連絡してきたのは、クリス様だった。
もう、やっと私がいないことに気付いたの?
遅いよ!
『あ、クリス様じゃないだろ! いったいどこにいるんだッ! 勝手にいなくなったらみんな心配するだろう!』
「クリス様、大変なんです。盗賊が女の子を攫って、それで私たちが助けたんですけど、その子の両親がまだ見つかってなくて。だから私、ちょっと探しに行ってきますね!」
『盗賊だとッ! おい、ちょっと探しに行くって。あぶな』
ブチ。
いま急いでるからまた後でね!
長電話してる場合じゃないんだから!
シャワーを浴び終わってガブリエルのシャツを着た女の子が、おずおずと近づいて来る。
私はニッコリ笑って手招きした。
「こっちへいらっしゃい。そのシャツはちょっと大きすぎるわね……」
ガブリエルのシャツが大きすぎて、裾を引きずってしまっている。
私は髪につけていたリボンを解いて女の子のウエストに結び、ワンピース風にして長さを調節した。
「さあ、これでいいわ。お父さんとお母さんを探しに行きましょうね」
私が言った言葉に、女の子はぱあっと顔を輝かせてコクンと頷いた。
髪はまだ湿っぽいな。
なるべく寒くないように、頭からすっぽり毛布で覆ってと。
この子はオルランド様の馬に乗せてもらおう。
「オルランド様、この子をお願いできますか?」
「ああ、任せてくれ」
私はペンタブに保存しておいたハヤメールの絵を呼び出すと、女の子に両親の名前を尋ねた。
「お父さんとお母さんの名前は何ていうのかしら?」
「おとうさんのおなまえはディノ、おかあさんはアニタ……。アディのおなまえは、アディ。アディは5さい……」
うん、幼児特有の、名前を聞くと年齢まで教えてくれるシステムですね。
「ディノとアニタ。それから、あなたはアディね。ちゃんと憶えていてえらいわ」
私はプロペラの文字を、”ディノとアニタ行き。馬が追いつけるスピードで飛ぶ”と書き換えた。
ブブブブブ……。
動いた!
いまも生きてるんだ!
「生きているようです! 早く行きましょう!」
正直に言うと2人とも生きているとは限らないけど、私たちが行くまでなんとか持ちこたえてほしい。
私は、願いを込めてハヤメールを空に放りあげた。
「さあっ、追いかけますよ!」
ガブリエル、ぼさっとしてないで、早く乗った乗った!
私たちは急いでトブーンに乗り込み、ハヤメールの後を追った。
どうやら、盗賊たちが逃げていた方向にアディの両親がいるようだ。
「あの魔法具は人探しもできるのか……。あれもいいな……」
あーあー、何も聞こえません!
「無事だといいですけど……」
「いや、斬られて血がいっぱい出たって言ってるんだから、無事じゃないのは確定だろ」
それはそうですけど!
「命さえあれば、私の治癒の魔法具で助けられるかもしれませんし!」
「そうか……、助かってほしいな……」
まだ幼いアディが、両親を一度に失ってしまうようなことにはならないでほしい。
親子3人で旅をしていただけなのに、突然こんなことになるなんて……。
「あっ、ハヤメールが下降します! きっとこの近くにいるんですよ!」